フライ婆の探し物ー旧訓練所にて
「連れてってやってもいいが、こっちの質問に答えてくれたらな」
「ほう」
フライ婆がにやりと笑う。ポックもにやりと笑い、
「あんた、何者だ?」
と訊ねた。
100歳ぐらい(?)で、超貴重な浮遊魔法、リーフ市に知り合いが多く、バレたくはない、森のなかにある旧訓練所を知っている。何ものだ。
「ひゃっひゃっひゃ。ひゃっひゃっひゃっひゃ」
「カイ、帰るぞ」
とポックは踵を返す。
「待て待て、わかったわかった。ちょっとだけ教えてやろう。ヤング、ヤングは知っとるな?」
「ヤング先生のことですね?校長の」
で、我がクラスの担任で庭師でカウンセラーも兼任している。
「そうそう。ヤングに、勇者学校を建てろと言ったのはあたしよ」
「訓練所へ行きたいのはなんでだ?」
「ポック、あの訓練所はな、あたしが建てた。ちょっと忘れ物があるからとりにいきたい、ってことさ。答えられるのはこんぐらいさな」
とフライ婆はふんふんと上機嫌で浮かぶ。訓練所の設立者で、ヤング先生に学校の設立を指示した。めちゃくちゃすごい人なんじゃ。なんでそんな人が空から落ちてきたんだ。が、すごいすごくないに関わらず、ポックの口調は相変わらずため口である。
「まあいいだろう。行くぜ、カイ」
「おお」
と俺はポック隊長に従った。
「フライ婆、あの訓練所ってのは何なんです?」
道中、フライ婆に訊ねる。
「あれか?40年以上前さな、横暴な勇者が増えとったでな、勇者をライセンス化しようって案が出たんさ。そのときあたしが建てたもんよ」
「ぼろぼろになってましたが」
「なんもしらんのか?およそ10年前にモンスター大恐慌があったの?そのときに襲われた場所さね。どこから情報が漏れたか、訓練所はモンスターにバレんようにしとったはずなんやが。大量のリピッドデッドに、雷とともに現れた人型モンスター、シャンゴの急襲さね」
「人型モンスター!?人型が襲ってきたのですか!?」
「当時あたしはまあ色々あって現場にいなかったが、目撃者の話ではそうさな。それまで4体やと思われてた人型がそのとき5体になったんさ。シャンゴはこの500年近く、政府に見つかることなく姿をかくしてたんさね。ほんとになんもしらんようやの。リーフ市の情報統制も行き過ぎてる気がするさなあ」
情報統制も致し方ないというか、近くで人型が出たとなるとそりゃ引っ越しするだろう。というか、とんでもない情報をぽんぽんとこの婆さんは。
「で、婆さんはここに何の用事を残して来たんだ?」
とポックは、開けた場所に抜けると、婆さんに訊ねた。4ヶ月ぶりぐらいか。雑草の伸びたグラウンド、夕日に照らされたぼろぼろの建物。ネギリネが壊したんではなく、あれは戦いのあとだったんだな。そういえば、今日はネギリネはいないな。
夕日がフライ婆の顔を照らす。しんみりと学校を見ている。色々思うこともあるのだろう。気持ちを切り替えるようにぽんと手を叩くと、
「ひゃっひゃっひゃ、とりあえず向かうよ」
とフライ婆はふわふわと動き出した。グラウンドを抜け、ぼろぼろの建物を横目に、その脇にある小屋へ入っていく。
乱雑に置かれた机と椅子、右側には棚があり、古びた剣や盾が置いてあった。
「なんか臭うな」
とポックが鼻をひくひくさせる。「アサの香か、この香りは」とさらにひくひくさせる。埃ぽいのはわかるが、変な匂いまでは感じないが。
「ほう、いい鼻を持っとるな」
フライ婆も鼻をひくつかせながら言った。
「微かにだが、アサの香で間違いねえ。アサの香っていやあ、興奮作用があるんじゃなかったか。ここにこぼしたんだな多分。最近って感じもしねえな」
とポックは床の変色した部分に鼻を近づける。
「ポック、よう勉強しとるな。そうさな、使用禁止薬物に指定されておるはず。しかし簡単に手に入るようなものでもないがのう」
簡単に手に入らない薬物の香りをなぜポックは知ってんだ。
「まあこの4ヶ月内に誰かがここに来たってのは事実だぜ。婆さんの探し物を狙ってかもしれねえ」
そういえばネギリネと初対峙したときから4ヶ月たつんだな。
「そうさな」
とフライ婆ははたと止まった。
「どうした?」
ポックの問いに、フライ婆は「はて、あたしは何をさがしてたかね」と俺たちを見た。
「いや、知らねえよ!」
強い風が小屋を揺らす。
風が止むと、音が消える。森の声が消えている。
ポックと目が合う。不自然な静けさ。
ゆっくりと開いた扉の方へ向かう。入道雲が夕日を隠し、辺りは影に覆われている。
「な、なんだ!?」
ポックが天井を見た。
甲高い鳴き声が響いたかと思うと、屋根に何かが落ちたような音がした。その音が、どすどすと増えていく。
「逃げるぞ、つぶれちまう!」
ポックが外へと出る。俺も、フライ婆を捕まえて外へ。
小屋の屋根が崩れる。10ほどの赤黒い大きな鳥が、その大きな嘴で屋根を破壊していた。血走った目、体から発せられる赤い瘴気。
「リピッドデッドさな」
と暢気にフライ婆が言った。100歳近くにもなると落ち着きが違うな。なんて悠長なことは言ってられない。
その血走った目をこちらに向けると、リピッドデッッドが襲ってくる。
「建物に逃げるぞ!」
ポックを先頭に、旧訓練所に逃げ込む。




