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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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初めてのモンスター学

 俺は、部屋に届いていた男子用の小さな制服を渡す。


「なんだ、これ」


「明日から座学も始まるし、クラスにも入るから制服着用だとさ。なんでお前のは今日届いたんだ」


「知らん。小さすぎたか?サイズが」


 ああ、そうか。小さいのはいじっていいんだな。


「そうだな、わははは」


「うるせえ!」


「いってええ」


 すねを蹴ってきた。切れんのかよ。痛がる俺を見て、ポックはけらけら笑っている。最早かわいくもなんともない。

 翌日、制服姿に寝癖をぴんと跳ねさせたポックは、かわいかった。


ーーーーーー


「えー、それでは、えっと、何から決めるんやったかいのう」


 と白髪まじりの男が、おでこにかけた老眼鏡を目元に戻しプリントに目をやる。


「ヤング先生、室長を決めるんでしょう!」


 とロゼが立ち上がり言った。

 還暦ぐらいに見えるヤング先生が、初々しい我がクラスの担任である。


「そうやったそうやった。で、ええっと、室長を」


「はい!私が、なります!」


 とロゼが手を挙げる。


「ええっと、みんな、いいかな?」


 しーんとするクラス。決定かと思われたそのとき


「ふふふ、君、僕よりも目立っちゃあいけないよ」


 と立ち上がった男がいた。俺の隣の席のやつ。金髪をかきあげ、「僕も立候補しよう」と白い歯をきらりと光らせる。


「はい、ええっと、ロゼくんが室長で、アルトくんが、ええっと、副室長でいいんかな」


「いや、ちがいます先生!僕も、室長に」


 ホームルームの終わりをつげるチャイムが重なり、なし崩し的に室長と副室長が決まった。休み時間、机に伏せるアルトの肩を叩き「まあ、さっきは結構目立ってたぜ」と言った。「ほ、ほんとうかな?カイ」とアルトは涙目をにっこりとさせ、俺の方を見た。


「お、おう」


 切り替え早いな。


「君は勇者らしいね。でも、僕よりも目立ったらいけないよ」


「はあ、まあ、俺は勇者ではないんだが。どちらにせよ、最初だけだよ俺は」


「そうかい?昨日は結構目立ってたけど」


「昨日の剣技演習か?お前も目立つならあそこで目立てばよかったんじゃ」


「え?ああ、僕はね。攻めるのはあまり得意じゃないからね」


 となぜかアルトはウインクした。顔はかっこいいんだが、なんだかそれを感じさせない天然さがあるな。

 ふと窓の方を見ると、ポックが窓から出ようとしている。三階だぞここ。まああいつには関係ないが、しかし黙って見ているわけにもいくまい。


「こら、ポック!」


「なんだよ、カイ」


「普通はこっちから出るんだよ、馬鹿」


「こっちの方が近いんだよ」


「どこへ行くんだ?」


「おしっこ」


「トイレ、な。トイレならドアから出た方が」


「どうせ一階に用があるし、あそこの木影らへんで」


 とポックは中庭を指差した。一応木に隠れてしようとはしてたんだな、と小さな感動を覚えつつも、「トイレはちゃんとあるんだよ、トイレは」と廊下に出て、トイレの場所を示し「男の方に入れよ」と言った。


「わかってるよ、うるせえなあ」


 ポックは渋々教室を出た。

 席に戻ると「目立ちたがりが多いな」とアルトが嘆いていた。何を競っている。


「カイ!」


 紫の髪の毛を揺らし、シュナがやってくる。


「髪下ろしてるのか」


「うん、ロゼがね、座学のときは下ろしてもいいんじゃないって」


 シュナは、後ろにいるロゼを見た。

 ちなみにロゼも髪型を変え、ツインテールにしている。


「ロゼと仲良くなったのか。意外だな」


 昨日あれだけ戦ったあとなのに。熱いヤンキーみたいなやつらだな。


「昨日寮のお風呂で一緒になってね」


 うむ、妄想がはかどる。

 ロゼが顔を出し、言う。


「カイ、勇者と煽って悪かったわね。でもね、説明会で寝るのはダメよ」


「ああ、なんだ、それで怒ってたのか」


「私はね、不真面目が嫌いなの」


 面倒なのが室長になったな。


 ポックがトイレから戻って来た。開口一番


「おう、昨日の夜は悪かったな!」


 とロゼとシュナに言った。


「外で水を浴びるなんて、破廉恥にもほどがあるわ。男だからといってそういうことをしていいというわけではないわ」


 とロゼはポックに言い放った。

 昨日ポックの業水を見た女子ってのはこの二人か。ポックが女だとはばれてはいないらしい。


「全く、問題児が多すぎる。私がしっかりしなくては」


 いや、ロゼよ、お前も昨日の感じだと結構やばいやつだったが。

 チャイムが鳴った。ぞろぞろと席に戻る。

 一限目、モンスター学が始まる。


「モンスター学を担当するトーリだ。一応先生ということになっているが、私は他の先生と違い、別の研究施設から来ている講師だ。流星群のみんな、よろしく」


 とトーリ先生が爽やかに言った。すらっとした立ち姿、筋の通った鼻、優しそうな目尻。女子学生のうっとり率よ。ちなみに、流星群というのは俺たち世代の呼称である。俺たちが生まれた年に、100年に一度の流星群があったらしい。その星がそのまま子どもになったんだということで流星群なんだとか。まあ、記憶のない俺は正確にこの年代なのかもわからないんだが。


「この中で、モンスターを見たことがあるものは?」


 トーリ先生の問いに、数人の生徒が手を挙げる。俺は、一応見ているはずなんだが、しかし記憶がない。拾われてからは、聖令都市であるクノッテン市に住んでいたのでモンスターに遭遇することはなかった。シュナとポックは、手を挙げている。二人はオークター地方とトネリコ地方から来ているので、納得である。地方は、モンスターに対する防備が低いのだ。トネリコ地方に関しては、モンスターの実害が有名でもある。意外なところで、アルトも手を挙げていた。なんとなくシティボーイだと思っていた。


「では、人型にあったものは?」


 二人だけ、手を挙げたままだった。アルトと、そして、その前に座っているロングヘアーの女。アルトと同じ金髪だ。


「ふむ。まずは、二人ともよく生き延びたね。モンスターを退治する。その為に勇者がいる。しかし、実際はそのモンスターと遭遇することは、聖令都市ではまずない。けど、少し外に出ればモンスターとの遭遇率は格段に上がる。クラスメイトにも、すでにその恐ろしさを知っているものがいる。それをみんなに知っておいてもらいたい。そして、特に恐ろしいのが人型だ。さて、モンスターとは何だろう。他の動物との差は何だろう」


 ずばりと、ロゼが手を上げる。「ふむ、ロゼ」とトーリ先生が指名する。


「はい。モンスターとは、魔王が生み出した、人にあだなすものです。人を襲い、人を食らう。モンスターは動物と違い、目は充血し、体は赤黒くなり、全体から薄く瘴気を発しています」


「素晴らしい。特徴もしっかり捉えているね。では、魔王とは?」


「魔王とは、人になりたかったモンスター、と習いました」


「そう。だから魔王は人型をしている、と言われている。そして、それに近い人型のモンスターは、他のモンスターを統率し、また、凄まじいパワーを持っている。とされている。けど、人になりたかったモンスターが魔王だ、というこの説は、最近では間違っているという見方が強くなっている。そもそもモンスターの発生からの話になってくる。動物とモンスターの比較発生学、比較進化学がこの15年で再び見直されはじめた。しかし、いまだに古くからある還元的アプローチからの脱却がなされていない。魔王の正体も、モンスターの発生、進化についても、未だに解明されていないことが多い。最近の学説では、モンスターはこの500年以内に発生したと考えられているしね。まあ、なにが言いたかったかと言うと、とにかくわかっていないことが多いんだ。そんな難しくて学術的な勉強は、リーフ大学の学生に任せて、だね。君たち勇者は、もっと実践的なことを学んでいこうということだね。モンスターの生態を知り、実際に相対したときにどういった対処をするべきか。では、モンスター図鑑の2ページを開いて」


 ペラペラと生徒たちはページをめくる。


「さて、モンスターは5等級に別れている。5が最も危険で、そこから危険度が下がっていく。人型は、もれなく5。まず、逃げる。逃げられたら、の話だけどね」


「今の俺たちは、どれくらいのレベルなのでしょうか」


 となんとなく疑問に思ったので質問する。


「カイ、どれくらいだと思う?」


「うーん、2?」


「はははは」


「1?」


「そうだな、1でやっと戦いになるだろう」


「1、ですか」 


 と肩を落とす。魔王を倒した光の先にいたものと、どれだけの差があるのだろう。


「いじわるをしたね。1対1なら、の話だ。モンスターは、単独で行動するものが多い。勇者になる君たちは、3人、ないしは4人で行動することになる。全国各地から選りすぐって集められた君たちだ。今のままでも、しっかりとチームワークを取れさえすれば、1ならまあ倒せるはずだ。2になるともう少し練度が必要かな。ただ」


「ただ?」


「モンスターにも兵隊のように統率のとれた集団がいる。その場合は、その場で勝てそうであってもまずは退避し、勇者組合に連絡だ。間違いなくその背後には人型がいるからね。やつらは知恵がまわる。罠をはってくる。しかし、我々はやつらを退治しなくてはならない。さて、5ページを開いて。人型の一体目から今日は詳しく知っていこう」


 落ち着いた、聞き入ってしまう話し方である。

 あっというまに一限目は過ぎた。


「ああ、知恵熱がでそうだよ」 


 アルトは、頭をぺしぺしと叩いた。人型とあったらしいが、トーリ先生の話し振りからもあまり深く聞かない方がいいか。


「次は植物学だ。まだまだ頭を使いそうだな」


 と俺が言うと、アルトはわざとらしく肩をすくめた。俳優みたいなやつだな。

 時間割によると、基本的には午前は学業、午後は剣や魔法などの演習になっている。一年次は基本ずっとそうらしい。午後に座学は眠いしな。今日は午前の2限で終了、いわゆる半ドンで明日から一日がっつり始まってくる。 


「カイ、二限目は中庭であるらしいよ。隣のクラスと合同だって」


「そうなのか?」


 とシュナの声に振り返ると、視線の先に窓から飛び降りようとしているポックがいた。またかよ。


「こら、ポック!」


 すでに遅かった。というか、俺はあいつの何なんだ。母親か?


「大丈夫なの?ポック」


「ああ、シュナ、あいつは大丈夫だ」


 と俺はわざとらしく頭をかいた。俳優みたいに。


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