グラス先生、昔話に顔が綻ぶ。
「勇気を出して一歩踏み出すんだ、勇者だろ!」
ポックが背中を押してきた。
「そうよ、あなたならやれる」
とロゼがさらに背中を押してくる。
「いや、やっぱりこういうのって室長が」
「何を言ってるのカイ、あなたは勇者なんでしょ」
ロゼよ、入学早々勇者とちやほやされているからといって調子にのるなと言ってきたお前はどこへ行った。
「一人じゃやっぱり、ね。みんなでいこうよ。そっちの方がさ」
「シュナ、甘やかすんじゃねえよ。カイは優等生だからそんな怒られねえだろ。弁も立つ。適任なんだよ」
「ポック、お前なあ。はあ、まあいい、行ってくるよ」
覚悟を決め、扉の前に立つ。
学内にある、グラス先生専用の部屋。
一昨日のバゴンバリオの一件を誰にも話さないのはどうか。もしかしたら大きな事件の初まりなのかもしれない。そこでグラス先生に伝えようとなったわけだが、俺はよく知らなかったのだが、バゴンバリオには決して行かないように、というお達しが入学早々になされていたそうだ。しかもかなり厳しく。あまりことを荒立てず、しかしクルテの話を詳しく出してしまうと、本当に退学処分、なんてことにもなるかも?どういった具合に話せばいいのか。ええい、出たとこ勝負だ。扉を、一度、二度とノックする。
「どうぞ」
グラス先生の声。
一度深呼吸し、ドアを開ける。
「失礼します」
いつもの黒いマントを着たグラス先生が、なにやら難しそうな本を読んでいた。いつも被っているいかにも魔法使いといった黒いとんがり帽子は、棚の上に置いてあった。帽子を被っていないグラス先生は貴重である。ショートヘアーのボーイッシュな髪型。顔が小さいのでとてもよく似合っている。改めて見ると美人である。
「カイか。どうした?」
「いえ、あの、なんというか」
「まあ座れ。私もお前たちに言わなければいけないことがあった。茶でもいれよう」
グラス先生の声色がいつもより明るい。生徒が個人で訊ねてくるのは珍しいのかもしれない。ん?お前たち?
「一学期が終わったが、学校生活はどうだ?」」
「え、ああ、はい、とても楽しく過ごさせてもらっています」
チクタクチクタク。年季の入った柱時計である。
「あ、どうも」
グラス先生からお茶を受け取る。恐縮しかない。
ずずっとお茶を啜る。緊張で味がわからん。
「えっと、グラス先生は、モンスターと何度も対峙されているんですよね」
「そうだな。お前の親御さんに助けてもらったこともある」
「ええ!?うちの両親と!?」
なんと。
「ああ、とてもお世話になった。マサさんはクノッテン市の歴戦の戦士、ミタさんもヒーラーとしてとても優秀だった。お前は両方を受け継いでるよ」
親父、おふくろ、めっちゃ褒められてるぞ!
「血は繋がってないんですがね」
親が褒められると妙に気恥ずかしい。我ながらひねくれた返しをしたなと思う。
「関係ないよ。お二人に近づけるよう、まあ精進することだな。リュウドウの父上のリュウケンさんもすごかった。ベンダグルスを一刀両断したのを見たときは、世界にはこんな猛者もいるのかと驚いたものだ。入学前に亡くなられたと聞いたときは、とてもショックだったな」
とグラス先生はお茶をすする。
人に歴史ありというか、両親って、身近すぎて、そういう「昔」を想像したり考えたりしたことがなかったな。なんか親父が酔ったときに武勇伝を語っていたが、この年になると聞き流してたし。いざ親がこういう人だったって言われると、なんだか感慨深いというか、ちょっと気持ち悪い感覚もある。
いや、昔話も気にはなるんだが、本題に入らなくては。
「あれは、そうだな、流星群の、お前らが生まれた年ぐらいか、15年前にもなるか。私が勇者ライセンスを取って2年目の頃だ。そのときは若くていけいけでな、レイとドーラス高原にモンスターの討伐に出かけたんだ」
なんか語りだしたぞ。っていうか、グラス先生とレイ先生は二人でコンビを組んでいたのか。
「そこでガルイーガの群れと遭遇した」
「ガ、ガルイーガですか!?」
「なんだ、カイ。そんなに驚くことないだろう。ガルイーガは、モンスターの中でも一番目撃情報が多い」
「え、ええ、そうですね、で、どうなったんで?」
「私たちも若かったんだな。ガルイーガと甘くみて、5体、10体と倒していったんだが、群れは巧妙にその数を隠していた。一向にガルイーガが減らないんだ。魔力、体力ともに減ってきたそのとき、群れの奥から原種が現れた」
「原種?」
「モンスター学ですでにやっているだろう?約500年前にモンスターは発生したと言われているが、繁殖に成功したモンスターは、そこまで種類がない。ガルイーガ、ペンダグルス、リピッドデッド、パダインイスダと、他にもいるがまあこれだけ覚えておけばいいぐらいだ。それぞれの、一番最初に発生した原種となるオスとメスの二体を、そのまま我々は原種、と呼んでいる」
なんかテストでも出てたな。モンスター学赤点だな、こりゃ。しかし、疑問が生じる。
「そんな、モンスターの発生自体が500年前ぐらいだと考えられているのに、原種はその間ずっと生きていることになるんですか?」
「そもそも、人型も含めて最初に発生したモンスターによる加齢死は未だに確認できていない。ただ、原種から繁殖した子孫には、加齢による死は存在する。広義では、繁殖の有無に関わらず、最初に発生したと思われるモンスター全てを原種とも呼ぶ。もちろん人型もな」
「なるほど、勉強になります」
「おいおい、ちゃんと授業受けてるんだろうな。まあいい。原種の二体は、他のガルイーガと大きさも速さもタフさも威圧感も、どれをとっても桁違いだ。私とレイは、原種の一体とそこで相対した。魔力も体力も残りわずかになっていた。絶望だな。死んだと思った。逃げることだけを考えた。しかし、すぐに囲まれた。そのとき助けてくれたのが、マサさんとリュウケンさんだ」
「タイミングがいいですね」
「ドーラス高原はクノッテン市から近い。高原にクノッテン市の勇者組合が拠点を置いているんだ。ガルイーガと交戦しているという情報を聞き、迅速に二人が駆けつけてくれたんだ。あのときのマサさんのフォローと、リュウケンさんの一撃は凄まじかった。もともとクノッテン市付近にガルイーガの群れが来ているという情報を受けて、討伐の機会をうかがっていたいたらしいんだがな。そのあと他の勇者も参戦し、ガルイーガの群れを追い返すことに成功した」
親父たちの話を聞くのも嬉しいが、なにより、楽しそうに懐かしそうに話すグラス先生を見ていると、なんかこしょばい気持ちになる。いや、そんな気持ちになっている暇はないんだ。本題だ、本題!
「そ、そういえば、モンスターといえば、バゴンバリオにでたという噂が」
「バゴンバリオか。あそこには間違ってもいくなよ」
「へ、ああ、いや、やっぱり治安が悪いからで?」
「治安などそんなに問題ではない。モンスターがでるからだ」
「え?あ、やっぱり出るんですね」
唐突に、というか、あっさりとモンスターがでると認めてくれたのだが、しかしなんと反応していいのやら。
「そうだ。しかし突然街の真ん中にモンスターが出るというのはあり得ない。人型モンスターが関わっているか、おっと、喋り過ぎだな。まあ、色々情報は集めている。そういえば、バゴンバリオで若い学生が暴れていたとかなんとかいう情報も学校に入ってきていたが」
「へ?はあ、そうですか」
うまく表情は作れているだろうか。しかし、グラス先生の口元が綻んでいるので、何から何までバレている気もする。
「とにかく、バゴンバリオには行くなよ。向こうの連中と遊ぶなら、リーフ市で遊べ」
「えっと、バゴンバリオの住人とは関わってもいいのですか?」
「ああ、問題ないぞ。悪ささえしなけりゃな」
リオナとクルテの考え過ぎか。お茶をすする。深みがあるような気がする。上品な味である。たぶん。
「お茶、うまかったす」
「昔話までしてすまなかったな。手紙を預かっている。これを外にいるやつらにも見せてやれ」
グラス先生から、封筒に入った手紙を受け取る。
「ありがとうございます」
と部屋を出た。
中庭のベンチに、ポックたちがいた。俺の顔を見るやいなや
「どうだった、カイ!?」
とロゼが近づいて来た。
「とりあえずバゴンバリオには行くなってさ。向こうの連中とつるむならこっちで遊べって。あと、これ、俺らにだと」
と封筒を見せる。
「なんだ、見せろ見せろ」
ポックが封筒を手に取る。
達筆な字で、四季の挨拶とともに、バゴンバリオでの一件の感謝が書かれていた。最後に、スチュアート、と名前があった。
「ちりちりじゃねえか!?なんだこの育ちのいい感じは!?」
なぜか切れ気味のポック。
とにもかくにも、誰かが退学になることはなさそうだ。




