リーフ・デ・キャンディで事の詳細を訊く。
バゴンバリオの一件から一夜明け、門限に遅れた俺たちは、休日の校内で草むしりをしていた。
「ポック、あんたの毒でこの辺の草一掃するネ」
チョウさんが、額の汗を拭いながら言った。
「んなことできるわけねえだろ。それならロゼの火で全部燃やしちまえよ」
「間違って火事にでもなったらそれこそ大目玉よ」
とロゼは草をむしる。
「そういえば、お前らなんでバゴンバリオのあの場所がわかったんだ?」
「ポックくん、僕がみんなに助けを求めたんだ。クロがバゴンバリオの上空にいたから」
「クロってのは、あの黒い鳥のことか?」
と俺はロロを見る。
「姉さんの召還獣なんだ。僕のクリとは小さいときから仲良し、というか、まあ、よく喧嘩してたけど」
なるほど。
「うぃーっす、テスト明けでハメを外し過ぎたやんちゃども」
リオナが、いつものようにキャンディをなめながらやって来た。
「おま、誰のせいで」
切れるポックに、「いやあ、マジごめんごめん、ププ婆ももういいって。うちの店いこうよ。この前の埋め合わせ。ジュースと、それに特製キャンディもあるよん」とリオナはにかりと笑った。
「うそ、特製キャンディ!?」
ロゼが声を上げた。女子は盛り上がっているが(ポック含め)個人的にはそんなにキャンディに魅力を感じないんだが。とにもかくにも、6番街へと向かう。
ーーーーー
「うーん、めっちゃひんやりい、はあ、最高」
仕事帰りに一杯ひっかけたおっさんのごとく、ロゼがキャンディをほおばる。大げさだなと思いながらも、リオナから一つもらい、口に含む。「っはああ」と自然に声が漏れた。ひんやりしていておいしい。キャンディにこんなにも可能性があるとは。さて、涼んでいるだけではもったいない。昨日の一件で、聞きたいことがいくつかあった。昨日は寮に帰るやいなやププ婆の雷が落ち、今朝はうつらうつら、へとへとで草むしりとあまり話せていないのである。
「昨日は本当にありがとうね。クルテも本当に感謝してた。特に、ロロっち。クルテはいじめてたことはまじで反省してるっぽい。許してあげてとはいわないけど」
「うん、もういいんだ。この間、消しゴムを拾ってくれたし」
「なんだ、そりゃ」
ポックが飽きれたように言った。
「昨日必死なクルテくんを見たときに、前に消しゴムを拾ってくれたのを思い出して。なんとなく、そのときにもういいやって」
「まあ、お前がいいんならいいけどよ」
ポックはキャンディをほっぺに溜め込む。
「そうだ、ロロ。聞きたいことがあった。ロラってのは、お前の姉さんだよな?言いにくかったらいいんだが」
「カイくん、大丈夫だよ。僕の5つ上の姉さんなんだ。僕なんかよりもよっぽどできが良くて、みんなから期待されていたんだけど」
「けど?」
とロゼが相づちを打つ。
「うん、一族の禁忌を犯したんだ。ロラ姉さんは、モンスターと召還の契約を行ったんだ。それがばれて、一族を追い出された」
「おかしくねえか?モンスターは人に対して敵意を持っているものだろ」
頬を膨らませたポックが問うた。
「僕も正直なところ、姉さんがどうやってモンスターと契約を行ったのかはわからないんだ。けど、召還の契約は相互関係が必要だから、ある程度の親密性はあるんだと思う。でも僕は、姉さんならそれが可能だと思う。姉さんは、動物を誰よりも愛し、誰よりも操るのが上手だったから」
うーん、モンスターという存在は、人に仇なすものと教えられていただけにすぐには信じられないが、昨日ロラがいなくなったときに、ガルイーガも消えていた。ということは、やはりロラが召還したのだろう。
「にしても、血が繋がってるにしては似てねえな」
とポックはロロの顔を覗き込む。
「ち、血のつながった本当の姉さんだよ!」
反論するロロに、リオナが寄っていき
「ロロっち前髪上げたら結構かわいくない?ほら」
とロロの前髪をさっと上げる。顔を赤らめるロロ。
「本当、結構奇麗な目しているね。前髪はピンでとめて」
ロゼまでも乗り出し、ロロの前髪をピンでとめる。
「ちょ、やめてよ」
「まあまてってロロ。かわいくなるチャンスだぞ」
「ポックくん、僕はべつにか、かわいくなんてなりたくない!」
「チークなんかつけたらいい感じじゃないかな」
とシュナが言うと「それいいじゃん」とリオナが化粧道具を取り出し、あれやこれやといじる。
「つけまも付けるネ。エクステもつけるネ」
チョウさんがあれやこれやとどこからか持ってくる。
化粧を終えると
「どうよ?」
とリオナは手鏡を開く。
途中から抵抗しなくなったロロは、じっと鏡を見ている。確かに、なんかかわいくはなったが、まあいろんな道があるから否定はすまい。
ロロの化粧にあきたのか、ポックがリオナに訊ねる。
「でよ、実際クルテとルゴスの過去にはなにがあったんだ?お前も含めてよ」
「まあ、ここまで関わってもらっといて話さないのもあれだしね。ルゴスとの因縁っていうか、うちとクルテには、幼なじみの女の子がいたの。ルーって子で、とっても優しくて、特別な魔法を持っていて、しかも才能もあった。だけど、ルーが、うちらと一緒に遊んでいるときに攫われたの。10年前、自然公園でね」
リオナの言う自然公園とは、学校の中庭、ヴェリュデュール自然公園の一般公開エリアのことである。
「あのとき、大きな音が森の深くから聞こえて、うちらは家に帰ろうとした。すると、ぱっと激しい光が辺りを覆った。目を瞑ってほんのすぐだったと思う。ルーが、ウチと手を繋いでたはずのルーが、自分から手を離した。まだそのときは5歳とかだったけど、ルーは聡明だったから、今思えば、何かを悟ってうちとクルテを巻き込まないように手を離したんだと思う。それで、しばらく立って光が消えて目を開けると、もうルーはいなかった。鮮明に覚えていることがあって。ルーがいなくなった不安感と、それと、うっすらと漂うように消えていった赤い瘴気」
「それって」
と化粧をいつのまにか落としたロロが、口を開いた。
「うん、うちとクルテは、今考えると、モンスターだったんじゃないかと思ってる」
「聖令都市にモンスターって、大事件じゃねえか」
とポックはキャンディを口に放る。
リオナは、声を落とし言う。
「いまだにリーフ市だと思ってる人が多いんだけど、正式には中庭一帯はリーフ市から除外されたんだ。9年前に。まあ、ルーがいなくなったのは10年前のことだから、世界的にもモンスター大恐慌のとき。普通に考えたら、聖令都市にもモンスターが出現してもおかしくない時期だけどね。それでも、モンスターの目撃情報があったんじゃ聖令都市とは言えないっていうことで」
「なるほど。政府が聖令都市という権威を維持するために除外したっていうことね。ということは、バゴンバリオもそうかしら?」
「ロゼ、鋭いね。そう。バゴンバリオにも、5年前ぐらいからモンスターの目撃情報が出始めた。クルテとルゴスがつるみ始めたのもその噂が出たぐらいから。目撃情報が出てすぐに、バゴンバリオはリーフ市から除外された」
「はーん、で、クルテとお前はその女の子を探すために勇者学校に、ってことか」
「ま、うちは一度は入学辞退してるし、無理だろうって思ってたんだけどね。クルテのやつは、ルーが初こ」
「おいリオナ、そろそろやめろ」
カウンターの奥から、突然クルテが現れた。
「あ、あんたいつからいたの!?」
と当のリオナも驚いている。
「店の鍵が開いていたから中で待っていた。こんなにぞろぞろ来るとは思わねえだろ」
バツの悪そうな顔でクルテは答えた。
「ひひ、ひひいひ、ってことはお前、ずっとそこに隠れてたのか?ははは、自分の過去を語られてるってのに、ひひひ」
ポックが笑い声を上げる。さすがの俺も一歩引きながら、クルテの顔色を伺う。
クルテは、何も言わないが、肩を怒らせている。
「も、もうやめてよポックくん。クルテくんが怒っているじゃないか」
意外にもロロがフォローに回る。
「ポック、お前はいつか一度殴る。ロロ、入学当初は悪かったな。浮かれていろんな目的を忘れていた」
「浮かれてたって、お前、結構なことをロロに」
「もういいってポックくん!クルテくん、もう気にしていないよ。消しゴムも拾ってくれたし」
とにっこりと笑うロロ。チークが少し残っている。確かにちょっと可愛いな。にしても、消しゴム拾うだけでこんなにも関係性が良くなるものか。
「まあ何にしても、昨日のやつらの目的はなんなんだ?」
と俺はクルテに訊ねた。
「まず、5年前に俺がルゴスに近づいたのは、バゴンバリオのモンスターの目撃情報を調べるためだ。しかし悪の道に染まり、悪いことをしていた」
あっさり悪の道に落ちたんだな。さらにクルテは続ける。
「そのときは、モンスターなんてのは本当に噂だけで、バゴンバリオ内にはその影すらなかった。時がたち、当初の目的、ルーの探索を決意し、勇者学校入学を決めた。その辺りから、ルゴスとはつるまなくなった。しかし、ルゴスたちは、また俺やリオナに接触しようとしたり、知っての通りこの店に火をつけたりと凶行に及んできた。最近になってルゴスが俺にちょっかいをかけてきたのは、リオナを獲たいためだった。あいつはリオナに執着していた。俺を取り込めば、リオナがバゴンバリオに来ると考えたのだろう。女剣士とロラについては、一昨日が初対面だった。黒いパーカーの男は、俺がルゴスとつるまなくなった時期にバゴンバリオでよく見るようになった。ざっとこんなところだ」
「ルゴスの魔法については知ってたのか?」
と俺はさらに問うた。
「知っていた。昔から魔法で人を惑わせ、言うことを聞かせることもあったが、昨日俺が魔法にかかった体感ではあるが、もともとはあんなにも強力なものではなかった。それは身体強化魔法についてもだ。平素のルゴスに、ロゼを捕まえるようなスピードやパワーは持ち合わせてはいない。あの、ルゴスが倒れる前に抜けるように出ていった赤い瘴気が関係しているのだろう」
とクルテは端的に答えた。
「人を惑わす。人型モンスターのアーズが、そういった力を持っていると習ったけど」
ロロのことばに、ロゼがびくりと反応する。
「どうしたの、ロゼ?」
とシュナが訊ねると
「いや、別に」
とロゼは腕を組んだ。なんだ、おかしなやつだな。まあロゼはいつもおかしいか。
「まああいつらの裏に何かがあるのは違いねえな。黒幕の見当はつかねえが。にしても、こいつにそんな魅力があるかねえ。ルゴスはどこにほれたんだ」
とポックはリオナを見た。
「なに!?うち結構もてんだからね!」
ギャルってナチュラルに距離感近いし、何人もの男を勘違いさせてきたんだろう。
「リオナ、この機会だから聞いておく。一度断った勇者学校への入学をなぜ今のタイミングで承諾した?」
クルテは、真剣な表情でリオナを見た。
外の喧噪が聞こえる。6番街は今日も賑やかだ。
「まあ、いいじゃん、別に」
濁すリオナに、
「俺は、強くなってルーを探しにいく。リュウドウに負けてよかったと思っている。今の俺は、本気だ。生半可な気持ちでお前もいくというのなら、またキャンディ屋にもどれ」
クルテは強い口調で言い放った。
「クルテ、そんな言い方は」
ロゼが口を挟もうしたが、「まあまてロゼ」と俺は止めた。
リオナは、天井を見ている。ふっと息をつき、口を開く。
「ウチは、諦めてたんだよね、ルーを探すの。どうせ無理だろうって。でも、クルテ、あんたが学校で負けたって聞いて。そんで、そのあとにシュナたちが戦ってるのを見て。とにかく驚いてさ。学校入ってからも、すごいやつが結構いて、一昨日の戦闘でも、本当に、助けてもらいっぱなしだったけど、とにかく、こんなすごい同いがいるなら、ウチも、補助系の魔法だけどさ、ルーを探しにいきたいって思って。結局他力本願なんだけどさ」
とリオナは頭を掻いて、少し俯く。
「いいじゃねえか、探しにいこうぜ。なあ、勇者さま」
ポックが俺を見た。都合のいいときだけ勇者様扱いである。
「そうだな。まあ俺も補助系だから、なんともいえないが、ヒールって貴重だし、マイナスにはならねえだろ」
「なんだ、自画自賛か?」
とリュウドウがぐいっと顔を出した。
「うるせ!デカ物!」
リュウドウめ、普段無口なくせに、俺には突っ込んでくる。
「私たちは同じ学校の仲間よ。一緒に高めあい、目的を達する。決して他力本願ではないわ。リオナにはリオナにしかできないことがある。それは、私たちのためにもなる。私たちはチームなのだから」
とロゼはいつもの調子で声高らかに言った。
「ううう、みんな、めっちゃいいやつじゃん。リオナ感激。うちもめっちゃ頑張って修行する。あ、そうだ、テストも終わったし、もうすぐ夏休みじゃん、海行こ、海!」
「お前、ふざけてんのか!今頑張るって決意表明したとこだろ」
「うっさいクルテ。それはそれ、これはこれなの。休むときには休むのも修行じゃん!海、いいじゃん!」
はあ、とクルテはため息をついた。
「あのな、リオナ」
「なにポック、あんたまで真面目な顔して」
「いや、俺はいつも真面目だけどよ、そもそも俺らの学校はな」
「うちらの学校は?」
「夏休みなんてものはないぜ」
「えええええええええええ!?」
そう。ヴェリュデュール勇者学校に夏休みなどない。この一ヶ月、座学はなくなるが。たしか、午前は剣技と魔法演習で、午後からは投擲を含めた選択演習になると言っていたな。
「いや、なんで知らなかったんだよ」
とポックがキャンディを口にほおる。ほっぺに溜まっていっているが、何個目だ。
「普通あるじゃん。普通」
「あ、でも中休みみたいなんがあるぜ。一週間ぐらいな。それと、この一ヶ月は寮組も届けを出せば泊まり可とかグラスが言ってたな」
とポックが付け加えた。
「泊まれんの?じゃあ祭りの日うち来なよみんなで!ね!?」
リーフ市の祭りは全国的に有名である。魔法を使った演出がすごいとかなんとか。しかし、大変な人ごみになりそうだな、なんて労力を考えてしまうのは、精神的にすでに老いがはじまっているのか。そんな俺とは正反対に、女子たちはテンションあげあげですでに泊まる算段をしているようである。ちなみに、その女子の輪にポックも入っている。いや、まあポックは女子だから間違ってはいないんだが。
楽しそうだからなんでもいいか。




