バゴンバリオで終戦す。
「ネギリネ!」
颯爽と現れた小柄な影が、地面に手をかざす。
どしんと、衝撃音が響く。召還されたネギリネの一部に、ガルイーガがぶつかったのである。
「ロロ!」
「カイくん、ごめんね、遅くなった」
「助かった。ベストタイミングだ」
俺は、ほっと一息ついた。
が二息目をつく前に、クルテが再び襲ってくる。盾で受ける。っていうか、早く正気に戻れよこの元いじめっこ!いや、操られてるってことは、どうすりゃいいんだ。クルテはさっき、明らかに抗っていた。だから、俺にテレパスでリオナを助けろと伝えることができたんだ。負の力に対して、と考えれば、ヒールでどうにかならないか。そんな便利なものでもないか。
そのとき、再び、黒炎が舞った。
「ベリサマ!」
とロゼが赤い炎で返す。間髪入れず、空から黒い影がロゼを襲う。ロゼは、なんとか横っ飛びで避ける。
「クロ!やめるんだ!」
ロロがその影に向かって叫んだ。ずっと、日中からバゴンバリオ上空を飛んでいた黒い鳥である。クロと呼ばれた鳥は、ロロの声に反応し、はたと倉の方を見た。ロロの知ってる鳥か?なんだ知ってる鳥って。
「クリ!助けて!」
ロロは、髪の毛をぷつりと抜くと、地面に手をかざす。ネギリネが消え、栗色の鳥が現れる。クリとクロが、空中で羽を打つ。
ずっと静観していた、倉の階段に座っていた黒髪の女が、おもむろに立ち上がった。倉のそばにいたはずのルゴスがいない。どこだ。中央では、ロゼとパーカーの炎がぶつかり、煙が生じている。何がどうなっている。
戦場には似合わぬ柔らかい風が吹くと、少しずつ煙が薄くなっていく。
「ロゼ!」
シュナが、女剣士を蹴り飛ばし、叫んだ。
「う、くっ」
ロゼは、ルゴスに首を掴まれ動けないでいた。ルゴスの体から、薄くではあるが、赤い瘴気が発せられている。目も心なしか赤く充血しているような。
「人って弱いんだ。簡単なんだ。頭にこうね、魔法を注いであげるだけでいいんだ。するとね、僕の意のままに動く人形のできあがりってね。本当、人って弱いよねえええええははあっっはあははああ」
とルゴスは、右手でロゼの頭を掴む。
「やめろ!」
リオナが、スリングショットを放った。ルゴスは後ろへ避けながらに、ロゼを蹴り飛ばすと、凄まじい早さでリオナに近づいていく。
クルテは、なおも切り掛かってくる。さっきはルゴスの洗脳に抗っている感もあったが、もはやそれもできなくなっており、ただの戦闘マシーンである。しかし、やはり意識があったときのクルテの方が強かった。意志の宿らない、気迫のない剣に、力は乗らない。俺は、盾でクルテの剣を受けると、セトの巣糸のくくられた鍼を投げた。クルテの二の腕部分にささる。ダメ元だ、やってやる。セトの巣糸に、ヒール魔法をかけ、鍼を通してクルテに送る。頼む、効いてくれ。
しかし、願いむなしく、クルテは再び切り掛かってくる。だめか、と思ったそのとき、クルテが剣を落とした。はあはあと、息づかいが荒くなっている。凄まじい汗が、再び額に溢れている。さっき抗っていた様子と似ている。俺は、さらにヒール魔法をかける。すると、クルテは今度は明確に、
「り、リオナを、助けろ」
と言った。
リオナが、ちらりとこっちを見た。俺にわかるかわからないか一瞬に、ウインクした。ように見えた。クルテには悪いが、ルゴスに蹴り飛ばされたロゼの方へ向かう。
「こ、こら、カイ、り、リオナをたすけほと」
呂律の回らないクルテ。長時間操られ、体が思うように動かないのだろう。しかし、リオナにも考えがあるようだし、それに、ロゼの意識がなく、思ったよりも深手である。
次の瞬間、ルゴスがリオナの前に立ち、
「やっとだね、リオナ。君が、僕のものになる」
とにんまりと笑い、リオナの頭を掴み、なにやら魔法をかけはじめる。
「お、おい、やべえぞ。どうすんだ」
ポックが、腕をだらりとさせ、ぜえぜえと荒い息で言った。
「いや、なんか考えがあるっぽい。んなことより、お前も相当やべえぞ。大丈夫か?」
ポックの右肩に、噛まれた跡があった。後ろを振り返ると、大蛇が倒れていた。
「お、俺のけ、経験上、こんぐらいの毒なら、はあ、1時間もあれば体が馴染む」
大概おかしいなこいつも。
「ははは、リオナ、君はもう僕の女だ!」
とルゴスは高笑いで、リオナの頭から手を離した。
リオナは目を瞑っていたが、カッと目を開いて、ポーチから特大のキャンディを出し、ルゴスの足下に投げた。
「な、なぜ!」
とルゴスははじめて動揺を見せた。
リオナの投げたキャンディが、ルゴスの足下で弾けた。中からどろどろとした液体が飛び出ると、ルゴスの足全体を覆った。
「く、くそ!」ともがくが、ルゴスは動けない。今度はポックのときとは違い、靴以外もくっつけたようである。
「ルゴス、ウチはあんたに二つ言ってなかったことがある。まず、ウチは、あんたが大の大の大っきらい。もう一つ、ウチの魔法適性は、ヒール」
「くそ、くそ!ロラ!なんとかしてくれ!」
とルゴスは黒髪の女を見た。ロラと呼ばれた女は、「周りを見てみなさい。あなたの負けね、ふふ」と小さく笑った。
シュナは、まだ女剣士と戦っていた。が、知らないうちに、ガルイーガを倒していた。どういうことだ。
「お前、なぜ私を切らない」
と女剣士は苛立った様子で言った。
「ご、ごめん、みんな大変だったのに。私、切れなくて」
シュナが、女剣士の剣を受けながら、申し訳なさそうに言った。
モンスターはあっさり切り倒したが、人間である女剣士は切れなかったと。よく見ると、女剣士の体にはシュナに蹴られたであろう痕がいくつかあった。
「これを使え」
「ありがとう、カイ!」
とシュナは俺の投げた剣を空中で受け取った。
「何だ?ただの剣だろう」
ポックの問いに、「魔造刀だ」と答えた。そもそも俺は魔造刀しかもってきていなかった。魔造刀でもある程度の打撃のダメージにはなるし、人と戦うとなると精神的に振り回しやすいし。
「な、舐めるな!」
女剣士は力任せに剣を振り回す。
魔造刀を得たシュナは、水を得た魚のようであった。大きく息を吸い込むと、女剣士の頭上を越えるほど跳び、そのまま背後に回ると女剣士の腰を打った。女剣士は、「ぐっ」とうめき声を上げ、膝から崩れ落ちた。
「まあ、こんなとこか。さすがは流星群だね。さて、っと」
ロラは、おもむろに動き出すと、倒れた女剣士を担ぎ上げた。
「姉さん!」
ロロが叫んだ。姉さん!?
「ロロ、せめて同時召還できるようにはなっときなさい」
とロラは髪の毛をぷつりとぬくと、「がま口」と地面に手をかざした。ぼんと現れたのは、大きな口、丸い体をした見覚えのある生き物であった。
「で、デメガマじゃねえか!」
ポックが唖然と言った。
いや、よく見ると、ロロのデメガマよりも、色が黒い。目も心なしか吊っている。
「さて、流星群のみなさん、面白かったわ。ありがとう。ロロをよろしくね。ではまた」
「ま、まてロラ!」
とルゴスが叫ぶ。
「ルゴス、あなたはここまで。力を返してもらうわね」
ロラが言い放つと、ルゴスからぶわりと赤い気が抜けていく。ルゴスは、「ぐっ」と膝から崩れ落ちる。
目の吊ったデメガマの口が、大きく開いている。
黒いパーカーの男が、その口の中に吸い込まれるように入っていく。次いで、女剣士を担いだロラが入っていった。
さっきとは打って変わって、倉の敷地内は、しんと静まり返った。ガルイーガも、黒い鳥も消えている。
「はあ、はあ、ありがとう、カイ」
ロゼの意識が戻った。思ったより重傷に見えたが、思ったよりも軽傷だった。
ルゴスが、「ぐ、ぐはあ、、はあ、はあ、」と地面に倒れた。クルテが、ゆっくりと歩み寄っていく。
「リオナ、ヒール頼めるか」
クルテがぽつりと言った。
「な、なんでこんなやつに」
「もう関係は切る。これが最後だ」
クルテのことばに、「わ、わかったよ」とリオナがルゴスにヒールをかける。
「どんな様子だ?」
と俺は、リオナに訊ねた。
「かなり無理してた感じ」
リオナは、ヒールをかけながら答えた。
ルゴスの息が落ち着いていく。
クルテが、ことばをかける。
「ルゴス、お前にどんな意図があったとはいえ、あのとき仲良くしてくれたこと、今でも感謝してる。ありがとう」
ルゴスは、何も答えず、ただただ地面に伏していた。
「なんだ、終わったのか」
リュウドウが、櫓門をくぐってきた。
「遅れたネ」
とチョウさんも一緒だった。
「お、お前らの連れは、化けもんか」
ちりちり頭のスチュアートが、後ろから現れた。櫓門のほうへいき、通りを見渡す。不良たちがばたばたと倒れている。聞かずともわかる。
「化けもんなんだよ」
と俺は答えた。
「みんな、ありがとう、ほら、クルテも」
リオナがクルテを見た。
「あ、ああ、すまなかった」
とクルテは俺たちと目は合わせないが、それでも本当に感謝しているようである。
夕日が落ちていく。
「さて、一件落着だな」
とポックを先頭に、櫓門を出ようと歩き出す。そのとき、じりっと、ルゴスが土を握り、
「ば、バゴンバリオは」
と声を震わせながら続ける。
「バゴンバリオは、どぶじゃねえ!」
櫓門を出ようとしていたポックが、「ああ、うるせえなあ!」と反転し戻ってくると、さらに言う。
「めんどくせえやつだなお前は。入ってみたら結構普通の夜の街じゃねえかバゴンバリオも。気にしすぎなんだよ、馬鹿!別に昼間は行き来自由なんだろ?クルテもよ、関係を切るとか、んなこと言わなくていいんだよ。友達なら遊べばいいだろ自由に。悪ささえしなけりゃ学校退学なんてなりゃしねえよ馬鹿。それと、ルゴス。好きなら普通に好きって言えよくそ野郎。んなねちねちしてっからリオナに振られるんだよ。顔だけよけりゃあ万人が振り向くと思うなよ玉なしが!とにかくきもいんだよおめえわ!まずは自分のきもさを自覚しろ!あばよ!」
ポックが捲し立てた。
クルテとリオナはぽかんと口を開いている。ルゴスは、強く握り拳をつくったまま、地面を見ている。
すっと、スチュアートと筋肉マッチョなマイケルが、ルゴスに近づいていく。やばいか。
「待ってくれ二人とも」
と俺は止めようと声をかけたが、二人の表情は思ったよりも穏やかだった。
「ルゴス、そうだ、バゴンバリオはどぶじゃねえよ。これからだ。わかくて元気なやつも一杯いる。そうだ、これからなんだ」
とスチュアートは、ルゴスに手を差し伸べた。よかった。なんか知らんが和解した。それにしても、やっぱり、こいつちょっとリーダー気質だな。
「まあ、あとはお前らでなんとかしてくれ」
ポックはクルテとリオナにそう言い残し、「急ぐぜお前ら!ププ婆が切れるぞ!」と櫓門を出た。
寮組は、はっと顔を上げ、走り出した。
「大変だねえ」
リオナが、他人事のように言った。
バゴンバリオの偽物の城の方は、夜の光で眩しかった。




