バゴンバリオにて戦闘す。
黒煙が少しづつ晴れていく。倉のそばに、黒いパーカーの男が立っている。その後ろに、いくつかの人影が見えた。
夕日の射した枯木が、右端に見える。時代が違えば、この辺りも町人や商人が歩く平和な場所だったんだろう。その枯れ木の上に、いつの間にかポックが陣取っている。ポックが、矢を放つ。黒いパーカーの男の後ろから、見覚えのある男が前にずいと出ると、盾でその矢を受けた。
「クルテ!」
リオナが叫んだ。しかし当のクルテは、何の反応もしない。
「リオナ、来てくれたんだね」
一番後ろにいる、長い髪を後ろで束ねたスタイルの良い男が、笑みを浮かべながら言った。身近ではいないイケメンである。ルゴスに違いない。
「お前のために来たんじゃねーよ!」
リオナがスリンガーショットを放つ。
長身の女剣士がルゴスの前に出ると、弾を弾いた。寝癖、というより、単純にぼさぼさなだけの奔放な髪の毛に反して、感情のない目をしている。その女剣士が、地面に手をやり「震」と言った。地面がびりびりと破れると、足下が揺れる。すぐさま、女剣士がリオナに切り掛かかってくる。俺はなんとか体勢を整え、盾でその剣を受ける。普通の斬撃とは違う。剣圧だけでなく、激しい振動で盾が強く弾かれる。空いた懐に、第二撃がくる。やべえ。と思った瞬間、切り掛かってきた女剣士が横に吹っ飛んだ。
「大丈夫、カイ!?」
シュナが蹴ったのだ。
「サンキュー、シュナ。剣に振動が伝ってる。受けるのきついぞ」
「了解!」
シュナは、女剣士に切り掛かる。もう何も言うことはない。
「狙いはリオナか」
「なんだ、下りて来たのかポック」
ポックが登っていた枯れ木を見ると、大きな蛇がうねうねと陣取っていた。
「たぶん、あの女の蛇だ」
ポックは、倉の階段部分に一人優雅に座っている黒髪の女を指差した。茶色いフードを深く被っている。
「どうする?」
と俺がポックに訊ねた時、大蛇が木から跳んだ。その体重を乗せて、のしかかってくる。横っ飛びで避ける。ポックが、その大蛇の腹に短剣を刺す。が、蛇はうにょりと腹を動かし、それを避けた。
「俺はこいつの相手をする。カイ、お前はリオナを守れ!」
「了解、隊長」
と言ったものの、数的不利である。シュナの相手の女剣士、かなり強い。シュナが苦戦している。
クルテが、のそりと動き出した。ゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。
「クルテ!おい!馬鹿!正気取り戻せ!あんなやつに操られてんじゃねえ!」
リオナが再び叫んだ。が、クルテはそのまま剣を振り上げ、切り掛かってくる。俺はそれを盾で受ける。目に色がない。明らかに異常だ。一回、二回と打ち合う。鋭く、基本に忠実な剣筋。しかし、この間のテスト前のリュウドウ戦よりも、力強さはない。時折体がぴくりと止まる。なんとなくだが、リオナに反応しているように見える。
「さあて、ショウタイムだな」
とルゴスが倉の扉を開けるのが見えた。何か、得体の知れないものが出てくる。のっそりと、そして、威圧するように。真っ黒い犬か。いや、もっとでかい。でかい牛。夕日に照らされて、赤みを帯びている。違うぞ。あの薄い赤は、生き物そのものから発せられている瘴気。あの生き物は、見たことがある。なぜか頭に浮かぶ、トーリ先生の白い歯。モンスター学の教科書に載っていた。
「ガルイーガだ!」
大蛇と相対しながら、ポックが叫んだ。そうだ、ガルイーガだ、なんて言っている暇はない。瞬間、ガルイーガはリオナに向かって突進してきた。
「イラプションキャンディ!」
とリオナがスリングショットを放つ。突進してくるガルイーガに当たると、弾が破裂する。しかし、ガルイーガは止まらない。巨大な体、大きな牙、真っ赤に充血した目、赤い瘴気、そして、圧倒的威圧感。写真ではない、本物の、モンスターがそこにいた。リオナが、尻餅をつく。硬直したように、動けなくなっている。それを見て、ガルイーガは歩を緩め、ゆっくりとリオナに近づいていく。クルテが、そんなリオナを見てぴくっと反応し、動きを止める。
今だ。動け、俺。一歩踏み出すと、ガルイーガが、ゆっくりと首を動かし、俺を見た。目があう。その大きな瞳孔で覆い尽くされた切れ長の目に、複雑な感情はない。すっと、俺を見ていた。一瞬で、体が硬まる。殺される。恐怖が、体を縛る。てんで動けない。息が、止まる。近づいてくる。でかい。総毛立つ。怖い。動いたら、やられる。いや、そんなんじゃない。ただただ怖くて、動けないだけだ。ガルイーガは、俺の反応に満足したのか、再びリオナに向かって歩き出した。シュナは女剣士と、ポックは大蛇と相対しているだろう。俺しかいないんだ。リオナを助けなければ。だけど、声が、出ない。足が、動かない。間近で見るモンスター。怖い。そうだ、俺は、そう。勇者じゃないんだ。俺は所詮。
ーーーカイ!
誰だ。誰かの声が、ことばが、脳内に入ってくる。
ーーー頼む!リオナを!
クルテ。クルテだ。俺の目の前で、何かに抗うように唇をかみ、ぷるぷると震えているクルテのテレパスだ。すごい汗が、クルテの額に浮かんでいる。そう。こいつは操られていて、助けたくても助けられないんだ。もどかしいだろうな。クルテはリオナのことが好きなんだろうか。そんなことは今関係あるか?なくもないか。リオナがここで死んだら、俺はめちゃくちゃ切れられるだろうな。おいおい、切れられるどうこうじゃないだろう。リオナが死んだら、めちゃくちゃ悲しいじゃねえか。じゃあ、どうすりゃいいんだ。今リオナを助けられるのは、今の俺しかいない。今動かないと、今なんだ。くそ、今の、俺しかいないんだよ。普段冷静ぶって、こんなときには全く動かねえのかよ!勇者じゃなくても、ださくても、冷静じゃなくても、なんでもいい。くそが、動けよ、どこでもいい。体のどっかが、くそ、動け、動けよ!ただのでっけえ犬だろうが!くっそ、動け!
「う、うごけえええええええ!」
声がでた。とともに、せき止めていたものが壊れる。なんとか一歩踏み出す。ガルイーガが、ぴくりと俺の声に反応し、再びリオナに突進していく。
「ガルイーガ!止まれ!」
ルゴスが叫んだ。が、ガルイーガは止まらない。ご主人様ならしっかり制御しろよ!ガルイーガが突進するより一瞬早く、俺はリオナにタックルした。すぐさま立ち上がり、リオナを背に、次の攻撃に備えようと振り返る。
温度がぶわりと上がる。風が熱い。黒炎が襲ってくる。次から次へと、なんなんだよ。とにかくやべえ。
「ブリギット・クロス!」
聞き覚えのある声が聞こえた。夕日のオレンジを乗せて、奇麗な十字の炎が黒炎を打ち消した。
「遅れて参上!私のクラスメイツには、傷一つナッシングでお願いいたします」
となぜか横文字多めに、ロゼが現れた。
「カイ、また来るぞ!」
ポックが、大蛇と戦いながら、叫んだ。ガルイーガが再び突進してくる。
「ネギリネ!」
颯爽と目の前に現れた小柄な影が、地面に手をかざす。
どしんと、衝撃音が響く。召還されたネギリネの一部に、ガルイーガがぶつかったのである。
「ロロ!」
「カイくん、ごめんね、遅くなった!」
「助かった。ベストタイミングだ」
俺は、ほっと一息ついた。




