バゴンバリオにて開戦す。
ちりちりは、怒りながらも、俺たちを家に連れて行ってくれた。川沿いの、そこそこ大きな家であった。
「なあんじゃあスチュアート、友達かあ?」
「ちげえよばあちゃん!年離れすぎだろ!」
「そうかあ」
腰の曲がった老婆が、椅子に腰掛け縫い物をしていた。小さな布袋を作っているようであるが、同じものが何十、何百個も部屋にあった。
「椅子はねえぞ、そのへんに座れ」
固いコンクリートの上に座る。
「ちりちりって言ったらダメなのか!?」
「あれなかったことになってんだ。あのときいた子分どもにもきつく言うなと言ってある。ガキの魔法で髪が燃えたなんて周りに示しがつかねえだろ、チビ!」
「チビっていうなちりちり!」
再びポックがちりちりを蹴った。
「いって、で、まあいい、中区なんてのはいくもんじゃ」
「スチュアートお、友達かあ?」
「だから、違うってんだよ、ばあちゃん!」
「ほうか」
と老婆は再び縫い物をし始める。
「ちりちり、もう中区が恐ろしいってのはいいから、行き方を教えろ。鉄の門がしまっちまってる」
「ちりちり、あんた早く教えるっしょ。マジ時間ないから」
とポックに続いて、リオナも急かす。
はあ、とちりちりはため息をつくと、観念したように話し始める。
「入るだけなら難しいことはねえ。メインの鉄門は閉じられるが、他のとこからは普通に入れる。けどな、お前らみたいなガキンチョが行ったら追い返されんぞ。バゴンバリオはなあ、スラムだ何だって言われてるが、中区はもともと風俗の街だ。うん百年前には、王様の弟の乱心で一時期は立派な城が立ったりもしてよ。街を歩くだけでも時代を感じさせる建物が並んだ立派な観光地なんだよ。7、8年前までは、昼間には観光に来た家族連れも結構歩いていたぜ。夜は高級遊郭だなんだって、リール市の男連中がうろうろしてたってんだ。どぶ川の橋辺りなんてのはナンパのスポットだったんだぜ。それを5年前に市から除外するだのなんだの言われて俺らも困ったもんだぜ。最近は中区の高級遊郭だけが残って、お高い金持ちがお忍びで中区に行くぐらいで、外区にあった飲み屋や宿なんかはどんどんつぶれていっちまってよお。治安もどんどん悪くなるし、街も汚くなるし」
と話しだしたら止まらなくなったちりちり。色々と国の政策に不満があるようだ。いや、お前らもこの前俺らを襲おうとしてたよな。
「リオナ、クルテは中区にいるのは間違いねえんだよな?」
ポックが訊ねた。
「うん。ルゴスってやつに話つけにいってんだと思う」
リオナのことばに、ちりちりが「ルゴス?」と反応する。
「そうじゃん。なにか知ってんの?ちりちりおじさん」
「ルゴス・ピネットか?」
「たしかそんな名前だったと思うけど」
「やめとけ、お前ら。あいつはやべえ」
「なにがやべえんだよ、ちりちり」
ポックが訊ねた。
「ルゴスは最近中区で暴れてるやべえやつだ。今や縄張りももってる。めちゃくちゃイケメンで、ケツ持ちがついてるって噂だ」
「ピネット?ピネット?」
と老婆が縫い物を止め、顔を上げる。
「なんだよ、ばあちゃん、静かにしてくれよ」
「アルル・ピネットのお通りだあ。花も枯れるほどの美しさ。アルル・ピネットのお通りだあ。空気も汚れる美しさ。アルル・ピネットのお通りだあ。頭を垂れろ、顔を見るなよ、美しすぎて、目が死ぬぞお」
老婆が、すらすらと言った。
「なんだ?」
ポックが問うた。
「はあ、バゴンバリオにある遊郭伝説だよ。アルル・ピネットっつう絶世の美女が何百年も前にいたんだとよ。その美しさが時の王の弟を惑わせたとかなんとか」
「ルゴス・ピネットと関係あるんじゃねえのか?」
「たまたまだろ。ピネット性はまあまあいるしなここ。んなこたあいんだよ。鉄門以外にも、堀に沿って東なり西なり歩いていけば別の入り口がある。けど、西は繁華街に直結するからよくねえな。東側の入り口から向かえ」
「スチュアートや、お前も一緒にいっておやり。お友達だろう」
「だから、ばあちゃん、友達じゃねえって」
「うちらズッ友じゃん、ちりちり」
「そうだぜ、ちりちり。俺たちを見捨てるのかよ!」
「スチュアート、お友達もそう言ってるんじゃろう。行っておやり!」
老婆は、何かスイッチが入ったらしく、子どもを叱るように言った。
ちりちりは、なぜか助けを求めるように俺とシュナを見た。
「いや、俺たちも、案内してくれる方が助かります。本当、すみません」
いや、本当、すみません。
「お友達もこういってるじゃあないかあ!ちりちり!」
と老婆はさらに語気を強める。
「俺の名前はスチュアートだよ、ばあちゃん!」
頑張れちりちり!
どうやらちりちりは老婆の言うことに逆らえないらしく、案内してくれることになった。中区に入る直前まで。
中区の周りは、ちりちりが言っていたように、堀で囲まれていた。昔お城でもあったのか。ああ、スチュアートもそんな話をしていたな。正面の鉄門は閉ざされており、西側は人が賑やかなように見える。閑散とした東側へ回る。黒い鳥が、弧を描いて飛んでいる。さっき見た鳥と同じだ。その向こうで、大きな雲が西日に染まっている。まだ日が沈むほどではないが、しかし時間は刻一刻と過ぎている。
中区へ渡る小さな橋があった。ちらほらと人が歩いている。思っていたほど、誰も入れない場所と言うわけではないようだ。何の障害もなく、入っていく。
「なんだ、至って普通だな」
とつまらなそうにポックは言った。
「ほんの数メートルでそんなに変わるかよ。ただな、あっちの丘はいくなよ。高級遊郭だ」
ちりちりが指差した。なだらかな丘の上に、派手な城があった。城というにはややちゃっちいというか、レプリカのようである。
「で、ルゴスたちはどこだ?」
ポックが問うた。
「あいつらはあっちだ」
とちりちりが左側を指差し、さらに続ける。
「ぼろくてでっけえ倉が見えてくるはずだ。その手前の寂れた通りから、ルゴスたちの縄張りだ。勝手に行ってきな」
「まあまてよちりちり。俺たち友達だろ?それに、お前もルゴスたちには辟易してんじゃねえのか?」
「してねえとは言わねえよ。あいつらが暴れりゃそれだけここの風評が乱れるってもんだ。でもな」
「おう、スチュアート、何してんだ?」
筋肉隆々の男が話しかけてきた。
「俺らで、ルゴスの一味を襲うんだよ、なあスチュアートさん」
とポックが意地悪く笑った。
「とうとうか、スチュアート!俺はお前のそのことばを待ってたぜ。10人ほど集めてくる。待ってろ!」
とマッチョなお兄さんはかけていく。
「お、おい待て、マイケル!ああ、くそ!」
ちりちり、もといスチュアートは、ポックを睨んだ。
「さあ、いくぜ、スチュアート!」
言いながら、ポックは前を向いた。
「負けたよ、お前には」
とスチュアートはうなだれた。
小高い丘の上にある作られたような城とは違い、ルゴス一味のアジト近くは、時代の感じる昔ながらの建物が並ぶ通りであった。スチュアートが、少し前は観光地であったと言っていたが、確かに頷ける。風情を感じなくもない。ただ、物乞いだったり上半身はだかの歯の抜けたおじさんだったり、落書きだったりゴミだったりと、残念なことが多すぎる。
「もうすぐだぞ、引き締めろよガキども」
と大層偉そうに、スチュアートが言った。子分もいるらしいので、リーダー気質なのかもしれない。
石畳の通りがあった。両脇には水路があり、昔ながらの建物が並んでいる。残念なのは、石畳はぼろぼろで、水路はとても汚いということである。その通りの奥、緩やかな傾斜の先に古びた櫓門があった。さらに先に、大きな倉が見えた。こちらもなかなかにぼろいが、佇まいに歴史を感じる。
「こっからやつらのアジトだ。慎重に歩け」
とスチュアートは言ったが、慎重に歩いたところで異物感は消えないもので、通りにいるやつらは、すでに俺たちを睨んでいる。
スチュアートの意向に反して、ポックは一歩前にでると、言う。
「おいお前ら!ルゴスはどこだ!?俺たちはクルテを取り戻しに来た!」
通りが静まり返る。
「こら、もっと慎重に」
スチュアートのことばをポックが切る。
「こっちにゃあ俺様と、学年一の天才と、勇者様がいるんだ、大船に乗った気でいろ!」
「ちょっと、ウチわ!?」
「あ、そうだ、キャンディ屋もだな」
なんてしゃべっているうちに、ぞろぞろと通りから人がでてくる。柄の悪い不良たちである。通せんぼするように、人の壁ができた。
「行け、シュナ、カイ!」
ポックが指示を出した。
「了解隊長!」
シュナが従順に剣を構える。
「はいはい」
と俺が剣を抜いたそのとき、背後から怒声が響いた。
「おらおらおらああ、ガキどもがいい気になってんじゃねえぞ!」
さっきのマッチョなお兄さん、マイケルが、10人ほどの子分を引き連れてやってきた。
シュナと俺を差し置いて、おじさんたちが不良たちと交戦する。
「ちりちり、ここは頼んだぜ!おい行くぞ、お前ら!」
ポックはスチュアートにそう言い残し、隙間を縫って交戦地帯を抜けた。
「お、おいくそがき!ああ、もう、最悪の夜だ!」
スチュアートの虚しい嘆きが、夕日刺すバゴンバリオに響いた。
さっきの黒い鳥が、低空に飛んでいるのが見えた。
「カイ、早く!」
とシュナに急かされ、とにもかくにも集団地帯を抜ける。不良たちが、俺も俺もと戦闘に加わっている。多勢に無勢である。
「アイスキャンディ、一個おまけしとくね」
と不良の群れに、リオナがキャンディを投げた。張り付いた氷で、不良たちが動けなくなる。
「これでいい勝負になるっしょ」
リオナはにっかりと笑った。
先頭をポックが走る。次いで俺、シュナ、リオナと続く。
通りのさき、緩やかな傾斜を過ぎ、櫓門を抜ける。
「避けろ!」とポックが叫んだ。
途端、ぶわりと、温度が上がる。
俺は後ろへステップし、盾を構えた。
黒い炎が、辺りを覆う。あちい。
ポックは、身軽にも櫓門のそばにある灯籠の上に乗っている。
シュナは、リオナをかばうように大盾を構えていた。
黒煙が少しづつ晴れていく。倉のそばに、黒いパーカーの男が立っている。その後ろに、いくつかの人影が見えた。




