リオナ、バンダナを揺らし走ってくる。
「ポック、5問目の、人型モンスターアーズに落とされた国を全て上げよって問題だが」
「ダマスケナ、ハマナス、ブリランテ」
三つもあったのか。
「あれは、地理学の最後のほうの問題はどうだ。レッドローズの戦いのあと、リールウェインが向かったとされる場所は現在のどこってやつ」
「ヴェイカントランド。クノッテン市の外れにあるでっかい穴だろ。ていうか、お前とリュウドウはクノッテン育ちだろ」
いや、でっかい穴なんだが、本当にただの穴なんだよ。なんでそんなところにいったんだリールウェインさん。やばいな、赤点とったかもしれない。テストが終わったのに、解放感がないという。
「テスト、どうだった?」
ロロが軽快に現れた。
「まあまあだぜ。その様子だと、かなりできたのかロロ」
「まあね、ポックくん」
二人の視線が、ばちばちとぶつかる。ロロは見た目通りだが、ポックも意外と勉強ができる。俺とリュウドウはこの争いに加わることはできないが。そのリュウドウが、珍しくいない。
「リュウドウはどうしたんだ?」
「カイくん、リュウドウくんなら、チョウさんに手合わせをお願いされて、闘技場へ向かったよ」
「なんだあいつ。ちゃっかり青春してるな」
「こっそり覗きにいくか?」
ポックが意地の悪い顔で言った。
「いかねえよ馬鹿」
これ以上ちゃかしにいったら、今度は本当にチョウさんに殺される。
「おーい、室長に副室長、会計はおるか」
ヤング先生が、教室に現れた。
ロゼとアルトと、机に伏して寝ていたアルテもぼおっと顔を上げ、ヤング先生のもとへ集まる。
「アルテが会計だったのか?あいつ、ぜったいピンハネとかしてんだろ」
むっとアルテがこちらを見る。
「やめとけ、ポック」
まあ、確かに人選ミスだとは思うが。
教室の前で、なにやらヤング先生が三人に話している。
「え!?今からですか!?」
ロゼが声を上げた。
「あれ、言ってなかったかのう?」
とヤング先生がとぼける。
「き、聞いていない」
アルテもしょぼくれている。
「まあ、仕方がないさ」
アルトは、アルテとロゼの肩をぽんと叩いた。
「ごめん、シュナ、今日残らないといけないみたい」
ロゼには珍しく、低姿勢で謝る。
「室長の仕事だったら仕方がないよ」
とシュナは答えた。
アルテが教室を見渡し、俺たちに目をつけると、そそくさとよって
「あなたたち暇人に、これ、売ってあげる」
と二枚のチケットを見せて来た。
「なんだこれ」
ポックが訊ねた。
「あれ、アルトとアルテも持ってたの?私の分も合わせてちょうど3枚になるわ」
ロゼがひょっこりと現れた。
「だから、なんなんだよこれ」
「ポック、これは中央演劇館の無料チケットよ。今日の午後開演の。シュナと行こうと思ってたんだけど、ちょうどいいわ、あなたたちもいってらっしゃい」
「へえ、演劇をただで見れんのか。いいな、はじめてだぜ」
「僕も、見たことないや」
ポックとロロは、嬉しそうにそう言った。
「ま、待って、私は、ただであげるとは」
「シスター、彼らも嬉しそうだし、今回のところはいいじゃないか」
アルトのことばに、アルテは肩をしゅんとさせた。
「まあ、今度何か埋め合わせするよ」
「カイ、二言はない。埋め合わせ、必ず」
とアルテが、目近ら強く俺を見た。
「あ、ああ、必ず」
また安易にことばを発してしまった感はいなめない。
とにかく、テストのできの悪さを忘れるためにも、街へでかけるのは悪くないな。しかし、ロロとポックは無料チケットにテンションが上がっていたが、実を言うと俺はそうでもなかった。それには理由がある。
ーーーー
劇場を出ると、まだ日は高かった。
「カイ、ほとんど寝てたろ」
ポックの隣に座っていたのだが、まあばれるわな。
「いやあ、癖だ癖」
昔から、劇だったり音楽隊のコンサートだったり、寝てしまうのだ。起きたときには終盤で、いつのまにか仲間が増えていたり、なぜ戦っているのかがわからなかったり。だからあんまり行かないんだが、しかし、最後の方だけでもなんか迫力があって面白かった。
「もったいないよ、カイくん。すごくよかったよ、ザ・ノーサン・パラディン、北の聖騎士バルドールの最期!」
ロロは興奮冷め止まぬようで、まだパンフレットを見ている。昔グラス先生が、パラディンと呼ばれるほどヒールと近接を極めたものは有史にも一人しかいないと言っていたが、その人が主人公だったらしい。
「ごめん、またせちゃって」
シュナがトイレを終え、劇場から出て来た。
「おうシュナ、聞いてくれよ、カイのやつ、ずっと寝てたんだぜ」
「いや、シュナも寝てたぞ」
「ははは、面白かったんだけど、ついつい」
頭を掻くシュナに、ポックは「全く、お前ら似た者同士だよ」とため息をついた。
中央演劇館の周りは、俄然人で賑わっている。特に、噴水周りに。
「あの石像、なんか妙だよな」
噴水の真ん中に、石像があった。男が剣を掲げている。その男を囲うように、三人の石像が並んでいる。
「カイくん、あの人こそが今日の主役、バルドールだよ」
「ああ、あれが。あいつだけ、周りの三体とは色が違うな」
「パンフレットによると、もともと像は聖騎士バルドールだけだったらしいね。街の人が、それじゃあ寂しかろうと仲間の像や噴水を後からつくったとか」
だから聖騎士の像だけ違和感があったのか。にしても。
「ぽっかりあいつの隣だけあいてねえか?」
「やたらとこだわるなカイ。最愛の人にでも振られたんだろうよ。6番街でお茶でもして帰ろうぜ」
とポックはポケットからキャンディを取り出すと、口に含んだ。そういえば、リオナの店はどうなってるんだろうか。
演劇館のある中央通りから6番街へ。人の多さはそんなに変わらないが、年齢層が低くなる。はぐれないように4人固まって歩いていく。どこの店とは決めていなかったが、自然とリオナの店にやって来た。
「あれ、もう綺麗じゃねえか」
とポックは店の前で立ち止まった。
かなり焼けていたように見えたが、一週間以上経っているしな。あの火災後、二日後には立ち入り禁止も解除されたらしい。リオナに、黒いパーカーの男について訊ねても、「まじ忘れて!いいのいいの!」となぜか答えてくれなかった。あの感じだと、警察にも詳しく言っていないんではないだろうか。
「店はまだやってないね」
シュナが、ほの暗い店内を覗き込んで言った。
そのとき、人ごみをかき分けて、見覚えのある小麦色の女が現れた。バンダナがぱたぱた揺れている。毎日違うバンダナをしているが、何枚持ってんだ。
「あ、あんたたち、チョ、チョータイミングいいじゃん」
リオナは息づかい荒く言った。
外装は綺麗であったが、『リーフ・デ・キャンディ』の店内は、オープン前のお店のようにものが雑多におかれていた。
「とりま修繕は終わったんだけど、物がね。まじごめん、適当に座って」
とリオナに言われ、各々スペースを見つけ、適当に座る。
「で、どうしたんだよ、そんなに慌てて」
ポックが、なにやら箱を漁るリオナに訊ねた。
「えっと、とにかく、まじお願い。力を貸して。あ、あった、これこれ」
リオナは、キャンディの入った透明な容器を箱から取り出した。
「いや、だから、なにをすりゃいいんだ?」
容器のキャンディを袋にいれ、珍しくも真面目なトーンで、リオナは言う。
「ウチと一緒に、クルテを助けてほしい」
外の賑わいとは違い、店内はやや冷たくもある。ユキの魔法がまだ解けていないのかな。
「事情を、聞かせてほしい」
ロロが、神妙な面持ちで訊ねた。




