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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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子離れは難しい。

 嫌な胸騒ぎがした。なぜか黒いパーカーの男が脳裏から離れない。野次馬が自分に危険の及ばない距離に集まっている。遠目からでもわかった。『リーフ・デ・キャンディ』から、黒い煙が立ち昇っている。

 野次馬を押しのけ、店先にでる。轟々と燃えさかる炎。汗が吹き出る。

 ポックが隣の建物に登り、二階の窓を伺うが「ダメだ」と俺を見た。

 ユキが膝をついて泣きわめく。黒いパーカーの男が、野次馬の群れから離れていくのが見えた。追っかけてる場合じゃない。


「ユキ、お前しかいない!」


 と声をかけるが、ユキは涙と鼻水を垂れ流し、なおもわめく。


「ユキ、落ち着け!」と肩をゆする。


「カイ、ヒールだ!」


 とポックが言った。

 落ち着くのは俺の方だったな。

 一度息を吐いて、ありったけの魔力をユキに込めた。落ち着け、ユキ。気持ちを鎮めろ。


「深呼吸だ、ユキ」


 ユキに優しく言った。背中をさする。ユキの鼓動がだんだんと落ち着いていくのがわかった。

 ユキは、涙と鼻水とよだれと汗と、顔についている液体を全て、袖で拭う。


「お前しかいない。お前しか助けられないんだ」


「わ、わかったのです、カイ」


 ユキは、立ち上がり、炎の近くまでよっていく。

 二階の窓ガラスがぱりんと割れた。行き場のなくなった炎が激しく噴射する。ガラス片が、ユキの頬をかすめた。しかし、ユキは動じず、地面に手をつき


「みんな、ユキが、助けるのです!」


 と叫んだ。

 汗が一瞬にして引く。鳥肌がぞわりと立つ。しかしそれはひとときのことで、体温は徐々に温かさを取り戻す。


「すげえな、しかし」 


 と俺は季節外れの氷に包まれた『リーフ・デ・キャンディ』に見とれる。


「馬鹿、早く中に行くぞ」


 とポックに言われ、一階の割れた窓ガラス部分から店内に入っていく。

 一面の氷景色。嫌な予感がする。ユキの魔法がよもやこれほどの威力とは。

 カウンターの奥からがさりと音がした。

「生きてるか!」と俺は叫んだ。


「マジでやばい。生きてる」


 店の奥からリオナが現れた。後ろから、ムツキも姿を現す。


「よかった」


 カウンターの中へ入る。その奥にある光景に驚き、ムツキを見た。まったく燃えてもいない、氷ってもいない箇所があった。


「微力ながら、私の魔法で炎をなんとか防いでおりました。しかし、氷っていないのはユキの力です」


 とムツキは言った。

 店の外に出ると、衛兵が駆けつけていた。

 ムツキとリオナの顔を見て、へたり込んでいたユキが顔を上げ訊ねる。


「お、女の子は、どこなのです」


 リオナが、にっこり笑って答える。


「一瞬早く店を出たよ。ありがとうユキ、マジ助かった」


「よかった、よかったのです、みんな」


 と再び涙を浮かべた。

 ムツキが、ゆっくりとユキに近づいていく。優しく微笑んでいる。いつもと違うムツキの様子に「ど、どうしたのです、ムツキ」とユキは訊ねた。


「ユキ、あなたは私を超えるでしょう。ありがとう、ユキ。ずっと、とても楽しかった」


 とユキの肩に優しく触れると、ムツキは歩き出した。


「ど、どこへいくのですムツキ!」


「ちょっと、お饅頭を買いにね」


 ムツキは振り返らずに言った。


「ユキのぶんも、お願い、なのです。お願い、なのです」


 とユキは力なく地面を見た。

 ぽたりと雫が落ちた。



ーーーーー

 いつもと変わらぬ通学路には、ちらほらと生徒が歩いている。


「いやあ、昨日はさすがに疲れたぜ。ほんと」


 とポックはあくびした。


「まあ、そうだな」


 あのあと、俺とポックはその場で簡単な取り調べを受けた。ユキとリオナは、さらに質問を受けるということで衛兵に連れて行かれた。驚いたのは、ムツキの去った直後に、必死の形相でクルテが現れたことである。「リオナ、大丈夫か!?」とクルテはいの一番にリオナのもとへと駆け寄った。初めの頃のいじめっ子をしていたときと、それ以外の常にどこ吹く風のクルテしか知らなかったので少し驚いた。リオナも少し驚いた、というか、引いた様子で、「いや、大丈夫だけど、まじ焦ってんね」と答えていた。


 陽光に銀色の髪の毛が反射している。


「おはようなのです!」


 とユキが大きな声で言った。


「ユキ、いや、え、お前、なんで」


 とポックは、ユキの後ろを指差した。文字通り、幽霊が歩いている。


「昨日はご迷惑を」


 とムツキはてへてへ笑った。


「早く成仏しろよ!」


「いやあ、ポックさん。饅頭が売り切れてしまっていて」


 とムツキは答えた。

 とんだ茶番である。


「ポック、昨日は、ごめんなさいなのです」


「え?ああ、まあ、俺も言い過ぎたよ、悪かったな」


 ポックは鼻のしたを人差し指で擦った。


「いえ、ポックは悪くないのです。ユキはポックのお姉さんなのだから、もっとしっかりしないといけないのです」


「だ、だれがお姉さんだ、馬鹿!」


「な、ポック、ことばが汚いのです!お姉さんとして注意するのです!」


「なんでお前がお姉さんになってんだよ!」


 朝から五月蝿い。騒いでいる二人を尻目に、ムツキに訊ねる。


「昨日、火事の直前に誰か店に来たか?パーカーをきたやつとか」


「見ましたか、カイさん。ええ、黒いパーカーを着た男が。間違いなく彼が犯人です。お二人がユキを追って、ちょっとしてからでした。その男がジュースを買い、店を出て行く際に炎がものすごい勢いで上がりました。まず間違いなく魔法でしょう」


 やはり、自然発火にしては火の燃え上がりが早いように感じた。


「にしても、よく無事だったな」


「微力ながら、私の魔法でリオナさんを炎から守ることができました。しかし、限界が近づいていたそのとき、ユキの氷が店を覆ったのです」


「すごい魔法だったな。凍死したかと思ったよ」


「リオナさんが氷らなかったのは、私の力ではありません。ユキの魔力に意志が宿っていました。私とリオナさんを守る、傷つけないという。生前の私ですら、あんなにも自在に氷を操ることはできませんでした」


「それだけリオナとお前を守りたかったんだな」


「それもあるでしょうが、やはりみなさんのおかげです。この学校に入ってみなさんや先生方と出会い、ユキは努力ということを知りました。拙いながらに魔力コントロールを身につけていき、今大きく開花したのでしょう。そして他人に頼るばかりでなく、自らの成長を意識したのも大きいことでしょう。昨日ポックさんに言われた通り、今後は付かず離れずでユキを見守っていこうと思います」


 ムツキは晴れ晴れとした表情をしている。まあ、とりあえず一件落着でいいのか。


「おはようみんな、昨日はどうだった?」


 とロロがリュウドウと現れた。


「たいへんだったよ、逃げやがって!」


 とポックはロロのほっぺをつまんだ。


「ほ、ほれあへるから、ゆるひて」


 とロロは鞄から箱を取り出した。


「あれ、それって」


「カイくんも食べる?昨日の午後6番街に行ったら、まだ売ってたんだよ白雪饅頭。そういえば、火事があったらしいけど大丈夫だった?」


 とノー天気にロロが言った。

 おいおい、と俺とポックはムツキを見る。


「さ、さあ行きましょうユキ、授業が近いです」


 とムツキは苦笑いを浮かべながら歩いていく。

 子離れの方が難しそうである。


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