休日の6番街で騒ぐ。
想像通りというか、休日の6番街はやはり混んでいた。
「あ、あれはなんなのです」
「おいおい、いい加減にしろよ。リオナのキャンディ屋はもうそこじゃねえか」
とポックがユキにしびれを切らす。ここに辿り着くまでに、「お魚がいるのです」「あの猫さんはどこへ行くのでしょう」「鐘の音が心に響くのです」などと、ときどきよくわからない理由も含め寄り道の連続であった。
「あ、すみませんです」
とユキが女の子とぶつかった。ユキは、女の子の麦わら帽子を拾い「大丈夫ですか?」と手を差し伸べる。
「うん、大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん!」
と女の子は去っていく。
「お、お姉ちゃん、ですか。ううう、感動なのです」
「ちゃんと前向いて歩けよ、ユキ。この人ごみだぞ」
「ポック、ユキはお姉ちゃんだから大丈夫なのです。あ、おいしそうなパンなのです」
ユキはパン屋の店頭で立ち止まり、ごそごそとポケットを弄り始め「さ、財布がないのです。ム、ムツキは、いないのです」としゅんとした。ポックは一度舌打ちすると、「何がほしいんだよ」と訊ねた。
「これとこれとこれなのです」
「いや、もっとしぼれよ!しかもどれもでけえじゃねえか!」
「ム、ムツキはいつも買っていいと言うのです!」
「ムツキだっていつまでもいるわけじゃねえんだぞ?お姉ちゃんなんだろ!」
「ムツキはいつもいるのです」
「現にいまいねえじゃねえか」
「今は、お腹を壊しているのです」
「そんな長く壊すかよ。お前に飽きれてどっかいっちまったんじゃねえのか」
ポックは敢て口調を強めているように見える。
「そ、そんなことないのです!ムツキはいつも、ユキのそばにいるのです!」
とユキは涙目になって辺りをきょろきょろと探し始めた。
様子を伺っていたムツキが、見かねて看板の陰から出ようとしていた。ポックが、俺を見る。目でそれを止めろと言っている。
俺は、背中を向けてムツキを制し「もうちょっと、待ってくれ」と小声で言った。
ユキはなおもムツキを探すが、いないのがわかると「ムツキ、ムツキがいないのです、ムツキが、うわあああんん」と泣き始めた。
「ゆ、ユキ」
と声を震わせながらムツキが出ようとしたそのとき、
「あんたたち、ユキ泣かしてなにしてんのまじで。サイテーじゃん」
通りがかりのリオナが現れた。俺とポックを睨むと、ユキを連れて店へと向かっていく。
「ムツキにだって自分の人生があるんだ。ユキ、お前はずっとムツキにおんぶにだっこか!?」
とポックはユキの背中にことばを投げた。
6番街がシーンとなっている。
ユキとリオナはそのまま店へと入っていってしまった。
寸分後、6番街にいつもの賑わいが戻る。
ムツキが「すみません、みなさん」と腰低く現れた。こいつも涙目になっている。
「周りが甘やかしすぎなんだよ、全く」
とポックは息を吐いた。ポックの人生を鑑みると、ユキの行動というか、性格がもどかしく見えるのだろう。
「ムツキ、ユキからまあまあ離れてるけど大丈夫なのか?」
と俺は素朴な質問を投げた。
「ええ、ある程度なら」
とムツキは答えた。ルールの曖昧な動く地縛霊である。
「はああ、とんだ休日だぜ。せっかく6番街に来たんだ、おいしいもんでも食おうぜ」
ポックは歩き出した。
30分後、今流行のホイップクリームたっぷりパンケーキを食べてポックはご満悦になった。やはり女子である。
「ユキは、ムツキありきでここに入れたのか?」
全国から優秀な生徒が集まるこの学校で、ユキには剣も魔法コントロールも、学業の方も光るものがあるとは言えない。特殊な魔法を使うわけでもなさそうだし。
「いいえ、違いますよカイさん。ユキはすごい力を秘めているのです」
「ユキが?意外だな」
とポックはフルーツミックスをストローですする。
「いかんせん、コントロールができないのです。それに、初等学校ではまったく努力というか、そういったことはしていなかったので」
「まあ、ユキだもんな」
と俺はコーヒーを啜る。こだわりの豆がよく香る。が、ぶっちゃけ安い豆でも俺は構わない。
「ですが、こちらへ来てからというものユキは努力をしているのです。初等学校のときとは違い、ヴェリュデゥール勇者学校のみなさんは優秀で意識が高い。といっても生前の私ほどではありませんが。ユキもみなさんに感化されてか、とても頑張っているのです。もう少し、なにかきっかけがあればとはおもうのですが」
ムツキは、時々話すぐらいなら腰の低い謙虚な男だが、いざ色々と話してみればかなりの自信家である。
「まあ、俺も言い過ぎたしユキに謝るよ。それで帰ろうぜ」
とポックは立ち上がった。
「まだリオナさんのお店にいるようです」
とムツキも立ち上がった。ユキの居場所はなんとなくわかるそうだ。
カフェを出る。
『リーフ・デ・キャンディ』はすぐそこである。
黒いパーカーの男が目についた。フードを目深に被っている。別に何かがあるわけではないのだが、本当になんとなく目についた。
「どうした?カイ」
「いや、なんでも」
『リーフ・デ・キャンディ』と斜体で書かれた看板が見えた。相変わらずテラス席は満席である。ポックを先頭に、店に入っていく。ムツキは俺の後ろに隠れるようについてくる。
なぜかいつも店内はがらんとしている。もっと暑い季節になれば増えてくるか。
唯一の客(?)のユキが、テーブル席にいた。
俺たちを見て、ユキがぶすっとした表情をし、壁の方を見た。
「なんか飲む?」とリオナがクールに訊ねた。
「いや、今日はやめておくよ」と俺は答えた。
今日に限って店内の音楽は落ち着いたものである。ギャルなんだから激しいのかけとけよ。
ムツキは、俺の後ろから出てこない。おいおい、幽霊なんだから空気読まずに明るく話しかけろよ。気まずいな。気まずい。
ポックが、重い口を開く。
「言い過ぎたよ、わるかったな、ユキ」
ユキは、なおも壁から視線を移さない。
ムツキがようやく前に出た。
「ユキ」
「ムツキ!どこにいっていたのです!ずっと探していたのです!」
ようやくユキの表情に明るさが戻った。
「私のことはいいです。まずは、ポックさんと仲直りをしないといけません。あなたにも反省するべき点があるはずです。彼だけが謝る、それで終わりでいいのですか?」
「ムツキまで、なんなのです!もういいのです!」
ユキは俺たちとは目を合わせず、扉へ向かう。ユキが開けるより一瞬早く、カランコロンと小気味良い音とともに扉が開いた。
「あ、お姉ちゃん!」
さっきユキとぶつかった、麦わら帽子の女の子だった。
「ユ、ユキは」と一度ユキは立ち止まった。「お姉ちゃんじゃないのです」と語気弱く続け、店を出ていった。
ムツキは俯いている。
「待ってろ」
と一番精神的ダメージの少ないであろう俺は、ユキを追った。「俺も行く」とポックも続いた。
店を出る。さっきの黒いパーカーの男が目の端に映った。この辺りをうろついているのか?目深に被ったフードで、表情がわからない。そんなことよりユキだ。休日の6番街で迷子になられたら、半日つぶれるぞ。
少し行ったところの人ごみに、ユキの銀髪があった。
「待て、ユキ」
ユキは、俺の方を振り返ると、路地裏へ逃げるように入っていく。
「こらこら、路地裏は結構あぶねえんだぞ」
とさらに奥へ向かうユキの腕を掴んだ。
ユキは、ぐすりと鼻をすする。
「まあ、あれだ、なんだ」
なんて声をかければいいのかわからない。策がないので傾聴するか。
「なんか、まあ、なんだ、どうした?大丈夫か?」
我ながら下手糞な誘導である。
ヒックとしゃっくりしながら、ユキは言う。
「み、みんな、最近おかし、いのです。ユキのこと、嫌いなのです」
まあ、そうだな。今までが甘すぎたんだが、急に自立を促されて周りの態度が変わったとなると。
「みんな、心配してんだよユキのこと。嫌いじゃなくて、好きだから、心配してんだよ」
月並みに励ます。
「わ、わかってるのです」
わかってたのかよ。
「行こうぜ。ムツキが待ってる」
俺のことばに、ユキは涙を袖で拭い、こくりと頷いた。
メイン通りに出る。昼近くになり、一層人が増えた6番街を歩く。
女の悲鳴が響く。
「火事だ!」
と誰かが叫んだ。
「急ぐぞ、ユキ」
嫌な胸騒ぎがした。なぜか、黒いパーカーの男が脳裏から離れない。野次馬が自分に危険の及ばない距離に集まっている。遠目からでもわかった。『リーフ・デ・キャンディ』から、黒い煙が立ち昇っている。




