ヤング先生の指令 チョウライの悩みを解決せよ。続きの続き
カツーン、カツーン
鬼はすぐそばである。しかしこれは、自業自得なのである。
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剣技演習にはなんとか間に合った。
「カイ、頬が腫れているぞ」
リュウドウが言った。お前のせいだよ!いや、絶対違うな。
「なんでもねえよ」
俺は片頬だが、ポックは両頬腫れている。チョウさんはどうも、自分が騙されたことではなく、「リュウドウくんをこんなことに使って!なんのつもりネ!」と怒っていた。優しいやつなんだな、と思いながら、頬が痛んだ。むしろ殴ってくれて助かったぜ。
そのチョウさんだが、剣技演習にも関わらず、座学中ですら肌身離さず持っているいつもの棒を持っていない。
「チョウさん」
「なにネ、カイ」
とチョウさんはぎろりと睨んできた。さっきの今なので当然である。
「い、いやあ、いつもの武器はどうしたのかなあと」
チョウさんの視線が落ちる。
「のんくんは今日はお休みネ」
と暗い表情で言った。
「のんくん?」
「私の武器ネ」
なんだその名前は、とは言わなかった。またぶたれるだろうから。
リュウドウの方は、相変わらずでかい剣を持っている。それで素振りや型もするんだから驚きのパワーだ。
「今日もそれか」
とリュウドウに訊ねると「ああ。チョウデッカイケンが俺の武器だ」と答えた。そういえばそんな名前だったな、その異様にでかい武器。途端、チョウさんが顔を赤らめ「と、トイレに行ってくるネ」と演習を抜けた。
剣技演習を終える。「もう変なことには巻き込まないでよね!」なんてロゼに突つかれながら、ロロとリュウドウ、ポックと、チョウさんの悩みがわからず途方に暮れていると、アルトが颯爽と現れた。
「お困りのしょくーん。事情はわかっているよ。チョウさんの悩みについてだね?」
「なんだアルト、なんか知ってんのか?」
ポックが訊ねた。
「ふふふ、知ってるよ。結構前からね!」
「なんで早く教えてくれなかったんだよ!」
「いや、僕はよかったんだけど、アルテがちょっと泳がせろって」
したり顔のアルテが、アルトの後ろから現れた。
「情報は、貴重。チョウさんの悩みがしりたかったら、ポック、あなたの毒を1回ちょうだい」
「はあ!?何に使うんだよ!」
「隣の医学学校の生徒に売る」
「馬鹿か!バレたら停学もんだ!」
「なら、演習後のカイのヒール一ヶ月禁止はどう?」
とアルテが俺を見た。演習後にヒールをかけてとよく頼まれるんだが、それをやめろというのか。
「それならいいぞ。なあ、カイ」
「え?いや」
いつも頼まれてしているが、急に断るのも気まずいな。しかし何のために。
「ヒールなんて断りゃいいだろ。するにも魔力使っちまうんだし」
「まあ、それもそうだな」
と俺が答えるとアルテは満足げに頷き、
「取引成立。じゃ、アルト、情報、あげて」とアルトの後ろに隠れた。
「お前はしらねえのかよ!」
「まあまあ、ポック、姉には逆らわないでくれ。これでもとても優しい一面があるんだ」
今初めて知ったが、アルテの方が姉なんだな。なんとなくアルトが兄だと思っていた。
「で、チョウさんの悩みってのは?」
と俺は問うた。
うむ、とアルトはわざとらしく頷き、「あの武器のことさ」と話し始めた。
アルトいわく、チョウさんの武器、のんくんは、チョウさんの魔力によって伸びたり太くなったりするらしい。しかし、入学してからこの1ヶ月で、時折なぜか、魔力によって操作できないことがあるという。のんくんは、チョウさんの一族に先祖代々から伝わる特殊武器で、チョウさんは自らの力不足が原因だ、と悩んでいるのだという。魔法演習で同じ訓練を行っているアルトは、それにいち早く気がついたのであった。
「入学するまでは問題なかったんなら、原因はやっぱりリュウドウか?」
と俺はポックを見た。
「そうだな。リュウドウがいると魔力がうまく発揮できないんだろ」
とポックは頷いた。
「うーん、そうかなあ」
ロロ一人が首を傾げた。
「なんだロロ、なんか予想がつくのか?」
ポックが問うた。
「チョウさんじゃなくて、なんだろう、のんくんの方に原因があるような。うーん」
確かに。特殊武器に、微細な魔力コントロールは必要ないと聞く。いくらどきどきしていても、武器の変形に支障をきたすほどのことになるだろうか。しかし、リュウドウの線も捨てきれない。
「ともかく一度リュウドウがいるときに探ってみるか。それでリュウドウが原因かどうかは判断できる。そのあとで他の原因を探ろう」
「それなら、いい案があるぜ。ロロ、リュウドウ、協力してもらうぜ」
とポックは胸を叩いた。
「え、ええ」
と露骨に嫌そうなのはロロである。
大丈夫かな。
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翌朝、通学路にある大きな木の下に、ロロとリュウドウが立たされた。俺とポックは、近くの塀に隠れて様子を伺う。ロロは見るからに不安そうである。
昨日のポックによる作戦説明。
「作戦はこうだ。校門手前にでっかい木があるだろ。あの木に、ロロの帽子をひっかけるんだ」
「僕、普段帽子かぶらないけど」
「こまけえことはいいんだよ。あ、ひっかける場所は高い位置にな。リュウドウの剣でも届かない位置。そこにチョウが通りかかる。ロロが、取れないんですとってくれませんか、と頼むってわけだ。ちゃんとリュウドウも念押ししろよ。お前が言わないとロロだけじゃチョウは素通りするだけだ」
「おお」と返事をするリュウドウに対して、ロロは「大丈夫かなあ」とやはり不安そうであった。まあ、この作戦に「おお」と二つ返事をするリュウドウのほうがおかしいと思うが。
さて、朝の優しい陽光のなか、チョウさんがやって来た。のんくんを携えて。
「ロロに、りゅ、リュウドウくん。なんでこんなに早く」
チョウさんは、少し驚いた様子である。それもそのはず、まだ生徒の一人も通学していないかなり早い時間帯である。チョウさんはいつも一番に学校に来ているのだ。
「チョウさん、えっと、僕の帽子があんなところに引っかかってしまって」
ロロのことばを受けて、チョウさんは、木を見上げる。
「ロロ、あなたいつも帽子被ってないネ」
やっぱり突かれたか。
「きょ、今日はちょっと気分転換に」
「なんであんな高くにひっかかるネ」
とチョウさんはロロを訝しげに見た。
「ちょ、ちょっと風に乗ってしまって」
ロロのぎこちない反応を見て、チョウさんはきょろきょろと辺りを見渡しはじめた。ポックと俺は急いで塀から顔を引っ込める。さすがに杜撰すぎる作戦であったか。
「チョウ、取ってくれないか」
リュウドウの声である。
「りゅ、リュウドウくんが言うなら」
結局あっさりするのかい。俺とポックは、再び顔を出し、様子を伺う。
チョウさんは、のんくんを上へ向ける。
しかし、伸びない。
チョウさんの背中に、緊張が走っているのがわかった。それは好きな男子が近くにいるからではない。その手に、魔力を込める以上の力が入っている。微かに震えているようにも見える。
いやな沈黙を断ち切ったのは、強い風だった。木がわさわさと動くと、帽子がひらりと落ちてきた。
「よ、よかったネ」
とチョウさんは逃げるように学校へと入っていった。
いなくなったのを見て、
「重症だな」
とポックが腰を上げた。
「気まずいな」
リュウドウは呟いた。
「お前にそんな感覚あったんだな」
と俺はリュウドウの肩を叩いた。
ロロはじろりとポックを見ている。
「はは、まあまあ、二人ともおつかれさん。とりあえずリュウドウが原因ってことがわかったんだから、なあカイ!」
とポックは俺を見た。
「そ、そうだな。ははは」
笑って誤摩化そう。
爽やかな朝である。




