ヤング先生の指令 チョウライの悩みを解決せよ。続き
「ほい、では、流星群よ、今日もファイト」
最初の頃よりお茶目になったヤング先生が、ひょうひょうと朝のホームルームを終え教室をでていく。結局正体はまだわかっていない。
「おはよう、流星群諸君!地理学の時間だ」
一限目のチャイムとともに、毎度の挨拶で現れたのは、朝日にはげ頭が眩しいリプキン先生である。歯がきらりと光る。歯の色で双子の、歴史学のリプカン先生と見分けがつく。黄ばんでいるのがリプカン先生で、白いのが、リプキン先生だ。ちなみにリプカン先生が兄でリプキン先生が弟であるとのこと。それにしても、年配の層ほど、流星群という俺たちの世代の呼称が好きな気がする。
「、、、と、世界樹で有名なトネリコ地方であるが、現在は一部無法地帯になっている。それに、立ち入り禁止区域もできている。14年前、トネリコ連邦はある人型の魔物によって壊滅に追いやられる。モンスター学で習ったかいの?グリムヒルデだ。毒魔法を使うことでも有名だ。現在、トネリコ連邦はその豊かな森から離れ、トネリコ地方の乾燥地帯、サバに拠点を移している。サバ、これテストにでるよ。おっと、チャイムだ」
今日の地理の内容は、ポックの生れ故郷のトネリコ地方が中心であった。身近に出身者がいると実に興味深く話が聞けるものである。というか最近の話なのでポックに関わることでもありそうだな。
「おい、いくぞカイ!」
テンションの高いポックに、故郷について深く立ち入って聞くのはよそう。ハイテンションの理由は、まあチョウライの悩みのことである。チョウライのリュウドウに対する恋心を予感しているのだ。なんやかんや女子である。
二人でシュナの席へ向かう。昨日は、色々あって結局シュナにチョウライのことを聞けずに終わったのである。
「シュナ、チョウライと仲はいいのか?」
ロゼとだべっているところを俺が割り込む。
「え、うん、寮の部屋も近いし。どうして?」
「チョウライの悩みとかって聞いているか?」
「シュナの次はチョウライ?カイ、あんたって節操がないのね」
と会話を割り込まれたロゼが、割り込んでくる。
「馬鹿、そんなんじゃねえよ!」
まあそう思われても仕方がないか。しかし、前に進むためにも仕方がないのだ。
「チョウさんの?うーん、最近確かに元気がなかったけど、はっきりとはわからないなあ」
「恋の悩みか?そうだろう?そうに決まってる」
とポックが喜々としてシュナに迫る。
「恋、かなあ。いや、そんな感じでもなかったけど」
恋じゃないのか。
「どうしたの?あんたたち。なんかあるの?」とのロゼの問いに「ロゼ、これはヤングからの宿題さ」とポックは答えた。ロゼの不審の目を感じながら、俺とポックは購買パンを持って現れたリュウドウとロロのもとへ向かった。
「恋じゃないっぽいぞ」
と俺が言うと、
「いや、恋だろ」
「いや、恋じゃない?」
とポックとロロ両方から反論を受ける。
リュウドウは、むしゃむしゃとパンを食っている。
「なあ、リュウド〜ウ」
ポックは、にやつきながらリュウドウの肩をぽんと叩いた。「何がだ、ポック?」ときょとんとするリュウドウ。しかし、なんだろう、年頃の女の子がヤング先生のようなおっさんに恋の悩み相談をするだろうか。例えカウンセリングルームだとはいえ。
「鈍感リュウドウよ、お前好きな子はいるのか?うん?」
ポックの尋問が始まる。
「いないが」
「ほーう。では、どうだ、クラスのチョウライさんとかどう思っているんだ?」
ポックよ、あまりにも直球すぎやしないか。
「チョウか。あいつは強い。あの棒術は攻守に隙がないし、早い」
お前の頭には飯と戦いのことしか入っていないのか。
「リュウドウ。チョウのことは嫌いかって話だ、わかるか?」
とポックはリュウドウに再度問うた。
「いや、嫌いではないな。一度手合わせ願いたいぐらいだ」
「そうだろう?棒を使っての手合わせだ。まあ使うのはお前の棒だがな!」
ど下ねたであるが、鈍感なリュウドウは「俺は棒術の覚えはないが」と答えた。
「嫌いじゃねえってことは、好きってことだ。手合わせ願いたいなら、好きだって伝えるのが筋だろう。そうだな、カイ、ロロ」
ポックが肘で俺とロロの脇腹をつつく。適当に合わせておくか。
「へ?ああ、そうだな」
「そうなのかな?僕はちょっとわからないけど」
とロロは目を背ける。逃げやがった!
「善は急げだ、行くぞ、お前ら!おっと、シュナ、こっち来てくれ!」
ポックは立ち上がり、言った。
「どうしたの、ポック」
シュナが来た。隣にいつもの赤い髪の毛の女の子も。
「チョウライを屋上下の廊下に呼び出してほしいんだ。ロゼ、お前はいらねえって」
「ポック、あんた悪巧みが目に見えてんのよ」
「しょうがねえなあ。お前には教えといてやるよ」
とポックがロゼに耳打ちする。
意外にも、「うっそ、本当に!?」とロゼの顔がにやつき始める。「リュウドウ、あんたがんばんなさいよ!」とロゼはリュウドウの肩を叩いた。
「えっと、カイ、大丈夫なのかな?」
シュナが心配そうに俺を見た。いつの間にかロロがいない。やっぱり逃げたな。
「さ、さあ。まあ、たぶん」
わからんけど、ポックとロゼを止められるとは思えない。
ーーーーー
シュナが、チョウライを屋上に繋がる階段下に呼び出した。リュウドウとチョウライの二人っきりになる。俺とポックとロゼは、階段上からこっそりと聞き耳をたてる。
「りゅ、リュウドウくん、どうしたネ」
声が上ずっている。チョウライがリュウドウに好意を寄せているのは確かだ。
「好きだ」
「へ?う、うそ、え」
チョウライが慌てている。しかしこのシチュエーションなら告白以外考えられないと思のだが。
「え、えっと」とチョウライはなおも慌てながらも、「わ、わたしのど、どんなところが好きネ?」と問うた。意外と図々しい。
「ん?」
とリュウドウが止まる。少しの沈黙を持って、「嫌いではない、ということだ」といつもの調子で答えた。
微妙な沈黙が流れる。
ロゼがポックを睨んでいる。リュウドウの様子から、何かを察したらしい。いつまでたっても黙っているリュウドウに、
「えっと、私のこと、嫌い、ではないってことネ?好きではないネ?」
とチョウライが探るように訊ねた。
「ん?嫌いでないなら好きだと、ポックが言っていたが」
とリュウドウは朴訥と答えた。
「ゲフッ」
ポックがさっき食べていた茸の匂いが充満する。やべ、っとポックは口を抑える。しばしの沈黙のあと、
「そ、そういうことネ。りゅ、リュウドウくん。ありがとうネ。もうすぐ演習が始まる時間ネ」
と悲しそうにチョウライは言った。
「そうだな。向かうか」
「先、行っててネ」
「そうか。まあ、お前も無理するなよ」とチョウライの悲しげな様子だけをなんとなく感じたのか、結局何もわかっていないリュウドウは、その場を去った。
カツーン、カツーンと静かな校内に、階段を上がる音が響く。
窓から差した日。汗がぽたりと落ちる。
ロゼとポックを見る。逃げ場は、屋上しかない。どうせ無理だ。掃除用具箱が一つ。一人なら隠れることが出来る。
さっと動き出したポックを、ロゼが引っ張って止める。ポックが隠れるのは論外である。ロゼが、俺を見る。あの気の強いロゼが、懇願の目をしている。女同士の友情、室長という立場。そうだな。そうだよ。さすかに今回は俺も悪い。暴れるポックを抑え、その用具箱をロゼに譲った。
カツーン、カツーン
鬼はすぐそばである。しかしこれは、自業自得なのである。




