バゴンバリオの鉄門
「シュナ、そのチョウライのことで訊きたいことが」
俺のことばが終わらないうちに、店の外で大きな音がした。
悲鳴も聞こえる。
店外へ出る。
ポーチを持った男が猛スピードで前を駆け抜ける。常人のスピードではない。魔法か。
「その男!ひったくり!」
取られた本人か、周りの人か、定かではないが、女の声が6番街にこだまする。
「許せない!」
とロゼが真っ先に走り出す。シュナが追いかける。
「早く来い、カイ!」
にやりと笑ったポックも駆け出す。こいつだけは野次馬精神である。
6番街を人ごみを縫うように走る。
「って、なんであんたも!」
俺は並走する女を見て驚いた。
「面白そうじゃン!」
ギャル店員である。しかし、よくこのスピードに付いてこられるな。一応勇者をめざし日々訓練しているんだが。
盗人は道を知り尽くしているようで、細い路地や曲がり角を使いながら、6番街を出て、中心街から離れるように南へ向かう。小汚い裏路地を抜けると、妙に閑散とした場所に出た。その先に、小川が見えた。ロゼとシュナ、ポックが、男を追ってその小川にかかる橋にさしかかる。なんだろう、臭いがする。臭い。
「まじやべえ、連れを止めて!橋向こうはバゴンバリオじゃん!」
ギャル店員が早口に言った。バゴンバリオ?しかし3人とも橋を超えてしまったが。
「マジ?マジおうしかないじゃん」
とギャル店員と橋を渡る。異臭は小川からだった。めっちゃ汚い。日々のポイ捨ての成果か。橋の欄干は、落書きで埋め尽くされている。
小川の先を右に曲がったところに、シュナたちがいた。盗人を捕まえたようで、かばんを取り返している。
「マジやばいマジやばい。かばん取り返した?早くいくよ」
ギャル店員が俺たちを急かした。
「高そうな指輪してんなあ」
ぞろぞろと現れた男たちに囲まれる。4、5、6人か。悪人面が板についた顔で、剣をだるそうに持ちながらにやにやと笑っている。なんだここ。ギャルではないがヤバいマジで。
「あなたたちには合いませんことよ。この盗人を警察に連れて行きます、このくそったれども」
とロゼは、指輪をした中指を男たちに向けて立てた。大した肝っ玉だな!だけど煽るなよ馬鹿!
とりあえず剣を抜く。あれ、ポックがいない。
「ここはバゴンバリオだぜお嬢ちゃん。法は俺たちがつくる」
男が、ロゼに向かって踏み込んできた。シュナがロゼの前に立ち、剣を受ける。背後からもう一人。俺が盾でその剣を受ける。かなり力が強い。身体強化魔法を使っているっぽい。
「うぎゃあ」
シュナと相対していた男が悲鳴を上げた。手には弓が刺さっている。家屋の上に、弓を構えたポックがいた。
「火の精霊よ、我に力をーーーベリサマ」
ロゼが唱えると、赤い炎が一直線に一番奥の、一番喋っていた男に向かう。男は吹っ飛ぶと、「あちい!」と叫んだ。
「力は抑えてあります。悪いことはしないように」
「んだと」
と諦め悪く立ち上がるが、すでに他の仲間は倒れていた。俺は見ていただけだが、シュナがするりするりと全員の足を払ったのである。
ギャル店員がひゅうーと口笛を吹いた。
「あ、待ちなさい!」
ロゼの声が響いた。地面に伏していた盗人の男が、走り出したのである。やはり早い。身体強化か。
盗人の向かう先に、薄い鉄の門があった。その門の内側で、長髪の男が、立っている。俺と同じぐらいの年齢だろうか。表情までは読み取れないが、こちらの様子を伺っているように見える。その男のそばには犬がいた。犬にしてはでかすぎる。牛か。いや、牛にしてもでかい方である。しかも、うっすらと赤い。夕日の赤だろう、と目を擦った。
「かばんは取り返したし、もうやめときな。あの先はまじでちょうやばいよ」
ギャル店員が、声を抑えて言った。
さすがのロゼも、何かを感じ取り、立ち止まった。
鉄の門が、閉じていく。長髪の男は、じっと、門が閉まるまでこちらを見ていた。
「早く戻るよ」
ギャル店員に言われ、俺たちは急いで街に戻っていった。
どぶ川を超えたすぐのところに、さっきはいなかった衛兵が二人立っていた。
きつく怒られた。こんなところに行くんじゃない、と。
キャンディ屋にもどり、ギャル店員に話を聞く。
「あそこはバゴンバリオって言うの。もともとリーフ市のスラム街だったんだけど、5年前に、リーフ市が市の地域とは認めない、と除外した。隣のトンド市もいやいやいらないよなんてことで、リーフとトンドの間に変な地域ができたって感じ」
「あの門の向こうは?」
と俺は盗人が逃げていった先を思い出し、訊ねた。
「バゴンバリオも3つに分かれてて、リーフ市よりとトンド市よりを外区、その間にある、あの門のさきを中区なんていうわけ。外区はまだましっちゃまし。リーフ市、トンド市の目が届かないこともない。中区なんて完全なるシークレット。バゴンバリオのやつらも、市から閉ざすために門を作った。市も市で夜は境目となるどぶ川の橋に守衛を置いている。バゴンバリオの中区は本当に何が起きているかわからないってわけ」
そんなやばい地域があったとは。
「それより、クルテを負かしたってのはあんた?」
とギャル店員は、にやにや笑いながらシュナを見た。
「クルテ?ってあのクルテ!?」
ロゼが訊ねた。
「そうそう、あのまじやなやつクルテ。さっきの戦いっぷりだと勇者学校でしょ、あんたら。あの馬鹿クルテが最近は殊勝に特訓してるなあと思って色々聞いてみたら負けたっていうじゃん」
「クルテくんを倒したのは、私じゃなくてリュウドウくん」
「でもシュナ、リュウドウに勝ったよね」
「ロゼ、いや、あれは勝ったっていうか。あの、クルテくんとはどういう関係?」
「うち?うちは親戚。あいつ、悪さしてない?」
「いじめしてたぜ」
ポックが言った。
「まじだぜーじゃん。まだそんなださいことしてんのあいつ」
「でも、まあ最近はまじめに授業うけてんぜ。リュウドウに負けてから取り巻きもいなくなったみたいだし」
よく見てんなポック。
「表も裏も悪いやつだけど、まじめなところはあってさ。まあ良かったよ負けて。リーフ市じゃ天狗だったかんね」
「は、やばい、門限近いぞ!」
俺は、店内にかかった丸時計を見ていった。やばいやばいと慌てる一堂。特にロゼが「室長たる私が門限破りはちょうやばい」とギャル店員の口調がうつるほど慌てている。
「店員さん、飴は今度買うよ」
と俺は店の扉を開いた。
「私はリオナ。タメだから呼び捨てでいいよ。また会おうね〜」
カランコロンと扉はしまった。
夕日は落ちていたが、夜の6番街は一層賑やかになっていた。
あれ、結局何の用事があってここにきたんだっけ。そうだ、チョウライだ。まあいい、今日は早く帰って飯を食おう。腹が減った。




