ルイ、邂逅
茂みを抜けたところに、古い船着場があった。小舟が一艘波に揺れている。その手前に、ぼろ小屋がある。ここから、子供たちを対岸のビルシュへ送り届けなければならない。
「ここまででいい。夜を待って、あとは俺たちだけで行く」
ヴィゴが、語気を強め言った。割れたメガネの奥にある視線は、強い。
「いや、君達だけでは」
「あんたは、船に乗ったことがあるのか?」
ヴィゴの問いに、たじろぎながらルイは答える。
「いや、ないが」
「なら一緒に行く意味がないだろう。それに、あんた、ビルシュの方に着いてから、どうやってまたこっちに戻ってくる気だ?」
「ふ、船で」
「帰りにバレる可能性だってある。俺たちがビルシュに行くだけなら片道だけど、あんたが戻ってくるのも含めたら往復になってしまう。1回より2回の方が、誰かにバレるリスクが上がるだろう?」
ーーー本当に8歳かこいつ?と思いながらも
「やはり、君たちを送るのを第一線に考えないと」
「俺も理由なく行けると言ってるんじゃない。ブラズ、見せてやれ」
ヴィゴに言われ、一番のっぽの男の子が「うい」と頷き、おもむろに手を前に出す。
風が周囲に集まり、小さな竜巻のようなものができる。
「ブラズは風魔法を使える。飯ももらえたし、小屋で夜まで休憩したら、体力も魔力も回復する。対岸までなら余裕だ。なんならあんたの体重分重くなるから迷惑なぐらいだ」
ルイは、ヴィゴの歯に衣着せぬ言い方に苦笑いする。しかし、全国から選ばれた子供たちだけなあって、ブラズの風魔法も力強いものがある。およそ子供の魔法とは思えない。
死地を乗り越えた彼らの目はやはり力強い。
唯一の女の子の、スヴィが言う。
「あ、あの、お兄さん、ありがとう。本当に。お兄さんも、行かないといけないとこ、ある?私たちは、お兄さんの足を引っ張りたくない」
ーーー自分が、行かないと行けない場所。
「国が危ないんだろう?俺たちは本当に大丈夫だ。あんたはもっと多くの人を守るために、ここで俺たちと別れるべきだ」
ヴィゴが、淡々と言った。
自分が駄々をこねているような気持ちになった。しかし、本当に彼らは大丈夫そうである。ルイは、所在のなさを隠すようにヘラヘラと口角を小さく上げながら、「ま、まあそうか。そうだよな」とわざとらしく頭を掻き、食料の入った袋をヴィゴに渡した。
「ありがとう。今俺たちが生きているのも、あんたのおかげだ」
ヴィゴは、袋を受け取りながら、恥ずかしげもなく言った。後ろの3人も、口々に礼を言った。
口は悪いが、思ったことをそのまま言うやつらしい。しかし、できたやつってのは、小さい時からできてるんだな。
なんて呑気に思いながら、「ああ。また、生きて会おう」とルイは子供達と別れた。
船着場を後にし、キャトルの方に戻ってきていた。母親とアルテ、アルトはカギロイに任せた。首尾良く国を脱出してくれるだろう。俺は、俺も国を脱出するのか?ノエルは再び城の方に行ったに違いない。城内で何かが起きているのは間違いない。シュウが気がかりだ。もし何かとてつもない危機が起きたならーーー城から近いキャトルの街が真っ先に危機に晒されるだろう。
頭に浮かんだのは、アリナの屈託のない笑顔だった。その後で、ファロン夫人の顔も浮かんだ。もうあれから3年以上が経つのか。遠い過去のような、最近起きたことのようにも思える。
人の賑わいが戻ってくる。家族連れ、若者グループ、カップル、皆がランランと歩くメインストリートに来た。おじさん一人で歩いているのは、俺ぐらいか?となんとなく背中を丸くしながら、視線を地面に表情がこわばりながら、城の方へと歩いていく。
奇跡的な邂逅だと思った。
「オルソンさん!」
懐かしい声に、はっとルイは顔をあげた。
元も高かったが、さらに幾らか身長が伸びている。少し太ったのか、女性らしくなったというのか、体全体が少し丸みを帯びている。屈託のないチャーミングな笑顔は相変わらずで、アリナのその笑顔にルイもまた、つられるように表情がほぐれた。幸福感が、胸の高鳴りがあった。
「あ、アリナさん、久しぶり」
と高鳴る心拍を隠すように、落ち着きを装い言った。それでも声は、うわずっていた。




