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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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シュウ、イライラする

 よく深い人間だなと自分でも思う。こういう人でありたい。周りからこういう人だと思われたい。つまり、未練があった。

 走りながらに、シュウは思った。こんな危機でも、自分のことを考えている。

 城内を駆ける。幾らかの人とすれ違う。皆一度シュウの方を振り返る。何かが城で起きている、と考えただろう。だけど、彼らは大きな動きを見せないはずだ、とシュウは思った。城からほとんど出ずに生きてきた人間たちだからだ。そして彼らの中に、体が灰色になっているものや、気が狂っているものはいない。まだ感染は広がっていない。

 城門に二人の兵士がいた。シュウは、彼らの姿を見て安堵した。二人とも、護衛兵になる以前のシュウの部下だった。


「シュウさん」


 兵士の一人が、走りくるシュウに声をかけた。シュウは、急足で答える。


「城門を閉鎖しろ。誰も城門に入れず、誰も城門から出すな」


「なぜーー」


「王の命令だ。城内で緊急事態が起きている。変な奴が現れたら、ーーー特に身体が灰色に変わったーーー斬り捨てろ。近付きすぎるな。魔法がうつる可能性がある」


 そう言って、シュウは門をでた。詳しい説明はしていない。王の命令と言えば、そしてこれだけの言葉を残せば切迫感は伝わっただろう、とかつての部下に対する評価があった。西に向かう。魔法の使い手を手っ取り早く集めるには、兵のいる場所に向かうのがもっともだと考えた。

 城を過ぎ、森を横目にとにかく走った。10分ほど走ったところで、開けた場所に兵舎が見えた。

 荒い息のまま、兵舎の扉を開いた。誰もいない。兵舎の廊下を抜け、裏庭に出た。運動場があり、多くの兵士が訓練に勤しんでいる。シュウが姿を表すと、兵士たちがぴたりと手を止めた。急な静寂が運動場に広がる。一団を仕切っている男が、シュウの方を振り返った。


ーーーエリックか


 シュウは、一度心の中で舌打ちをした。

 エリックはシュウの元同僚であり、きまりにうるさい。


「続けろ」 


 エリックは、手を止めた兵士たちに訓練の再開を命令し、シュウの方に近づいてくる。まずシュウがここにいること自体、エリックの大好きなルールに反している。護衛兵が許可なく城から出てくることは、違反である。

 エリックは、やはりシュウを探るように見ている。


「エリック、緊急事態だ。事情は説明するが、とにかく魔法が得意なものをできるだけ集めてくれ」


「誰の命令だ?礼文書はあるのか?」


 エリックは、訝しげに言った。

 護衛兵は、厳密には軍の預かりではなく、王族直属の独立部門として扱われる。つまり、軍が護衛兵の命令を聞かなくてはいけないという決まりはない。『兵士の出世先の一つとして、護衛兵に任命されることがある』という風潮はなんとなく兵士間の中にある。ただそれだけである。実際の組織図的には、軍部と護衛兵の関係性に上下はない。

 もちろんシュウの手元に礼文書はない。下手な嘘をついても、この堅物を説得できるわけがない。シュウは捲し立てるように言う。


「礼文書はない。誰の命令かと言えば、あえて言うなら俺の命令だ。王族のうちの二人は死んだ。残りの一人は、得体のしれない何かだ。その何かが国を滅ぼさんとしている。一時的にある場所に閉じ込めたが、時間の問題だろう。大きな魔法による封印が必要だ」


 エリックは、シュウに疑いの目を向けながら、淡々と言う。


「司令部に確認する」


 この平和ボケした国の軍は、とにかく動きが遅い。司令部にまで話を通していたら、日が暮れてしまう。その間にルイーズが復活する可能性もある。


「待て、エリック。事態は緊急を要する。この傷をみろ。灰色病、お前ももしかしたら聞いたことがある言葉だろう。今まさに、その灰色病が広がってしまうかもしれないんだ。そしてその灰色病の原因が、王族の一人のルイーズだ。ルイーズの封印のためにも、今すぐにでも人手が必要なんだ」


 とシュウは、ルイーズに傷つけられた、自身の変色した太ももを見せた。シュウの魔法で広がりを抑えているが、傷口が灰色に変色している。

 エリックは、その傷口をまじまじと見た。


「国の崩壊の危機だ。急を要する。今すぐに行動を起こさなければならない」


 シュウの必死の弁に、エリックは口元に手をやり、思案している。まとまったらしく、口を開く。


「俄には信じがたい。が、傷は本物と見える。上層部に一々伺っていては全く手遅れになる可能性も考えられる。とりあえず魔力の高いものを集めてはおく。が、まだ完全に君を信じたわけではない。まずは私が直接城内に様子を見にいく。そこまでが君への譲歩だ」


 とその鋭い目つきをシュウに向けた。


ーーーいや、上々だ。


 とシュウは思った。あのお堅いエリックにしては大胆な決定にも見えた。色々と面倒臭い言い回しも、昔のままだなと堅物の元同僚に妙に懐かしさを覚えた。


「わかった、それでいい。急ぎ、城へ向かおう」


「うむ」


 とエリックは返事をすると、兵士の一人を呼び指示を出す。


「魔力の高いものを集めておけ。私はシュウとともに一度ここを出る。司令部にも、今のうちに城に異変あり、と連絡しておけ」


 エリックが指示を終えたのを見て、


「よし、行くぞ」


 とシュウは息巻いて言った。


「待て、シュウ」


 エリックは、いつもの単調な言い方でシュウを制すと、訓練所の方へと走っていく。その走り方は、背筋はピンと伸び、規則正しく一定のリズの歩調であり、まるで機械のようだった。シュウは苛立ちを覚えながらも、待った。

 5分ほどで、エリックが同じ走り方で戻ってくる。


「もういいか、なんだ一体」


 苛立ちを隠さず、シュウは聞いた。


「入城許可証だ。これがあれば、緊急時に指揮官クラスのみ城に入ることができる。これで私も上にお伺いを立てなくとも城内に入ることができる」


 シュウは呆れながらも、この堅物マイペースな男に「行くぞ」となんとか冷静を務めて言った。怒っていても仕方がないし、この男に怒っても響かないことはわかっていた。


「馬を借りるぞ」


 とシュウは馬車小屋へと向かう。


「まあいいだろう」


 エリックは、なんとなく渋々と頷いた。

 シュウがさっさと手頃な馬を小屋から出していると、エリックが何やら紙に書いている。馬の出入表だろうとシュウは見当をつけ、流石に怒りが込み上げて言う。


「おい、エリック、早くしろ!」


「わかっている」


 とようやくエリックは記入を終え、もう一頭に乗った。

 シュウは、どっと疲れていた。

 兵舎を出る。

 太陽は、ほぼ真上にまで上っていた。


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