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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ルイ、 託す

 大柄な男が、『モーリス』のそばに現れた。白髪混じりの長髪を一本に束ねている。太い首に頑丈そうな身体、目は涼やかで少し影があり、深いシワの一つ一つにも歴然の陰影があった。


「カギロイ!」


 ルイは、興奮を隠せず言った。


「ルイ。久しぶりだな」


 と柔からな笑顔でカギロイは言った。ルイに安心感が広がる。他のものはキョトンとしている。大男が突然現れたから当然だ。アルテだけは「おじさん久しぶり」と呑気に挨拶している。


「大丈夫、この人はとってもいいひとだ」


 とルイはカギロイの説明をしようとしたが、彼のことをほとんど知らないので説明に窮した。カギロイがキエロ連邦とルート王国の境にある山中に住んでいることは覚えているが、後の話は酔っ払っていた時なので忘れてしまっている。


「とにかく、カギロイ、ノエル、きてくれ」 


 子供達と少し距離をとり、小声になってルイはさらに言葉を紡ぐ。


「カギロイ、急にすまない。事情の説明をしたいところだが、時間がない。とにかく子供達を逃さなければならない」


「友人の頼みとあらば、是非も無い」


「それで、君のその、移動する魔法は一体」


「魔力印をつけた場所にテレポートすることができる。距離によって消費魔力が違うことと、一度つけた魔力印はそこにテレポートをしたことで消えてしまう」


 つまり、『モーリス』にはすでに魔力印はなくなっているということになる。


「どこに魔力印をつけてある?」


「トワイトの南の森、ルイ、私たちが出会ったあのお墓に印を施してある」


「子供達をテレポートで逃すことは可能だろうか?」


「テレポート自体は、私一人しか移動できない。子供一人くらいなら連れて可能だが、ここにいる5人となるとテレポートは難しい」 


 カギロイは落ち着いた口調で答えた。 

 ルイが情報を頭の中で整理していると、背後から


「俺たちはビルシュに帰る」


 とヴィゴが言った。

 『俺たち』とは、アルテを除く、ヴィゴとほか3人の子供たちのことだろう。彼らは全員ビルシュから攫われてきていた。

 ルイは言う。


「君たちは政府から追われることになる。残念だが、親元へ戻ることはできない。国外に逃げるしか道はないんだ。ビルシュからレヴェルへ抜けるよりも、トワイトからルート王国へ抜ける道の方がまだ容易いだろう」


「俺たちは、アルテとは違って山の麓の穴に入れられて死んだことになってるはずだ。あの気が狂ったような兵士もわざわざ俺たちが逃げたと報告するようには思えない。俺はビルシュの村外れの孤児院にいた。マザーならみんなを受け入れてくれるし、目立たないように生きていれば政府にもバレない。あいつらは親元には戻れないけど、国を出るよりはいい」


 ヴィゴの口調は淡々と落ち着いていた。だがその目は鋭く、強い怒りを、野心を抑えているようだった。それに、4人の子供達には強い絆が見られた。同様に攫われ、死地を脱した彼らにしかない強い絆だった。

 ヴィゴはまだ8歳らしいが、明らかに頭の良さも風格もそれを超えている。感心しながらも、ルイは対等の大人として懸念点を上げる。


「ポトイ川はどうする?」


 内地とトワイトがルート王国側の大陸にあり、ビルシュは大国レヴェル側の大陸にあった。間にはポトイ河があり、川幅は2キロ以上にも及ぶ。ポトイ大橋が架かっているが、通行証がなければ渡れない。


「攫われるときに兵士が使ってた船着場がある。かなり見つかりにくい場所だった。多分公にしてないから、使える」


 やはり感心するようにヴィゴを見ていたのは、ルイだけでなく普段感情をあまり出さないノエルも、そしてカギロイも同様だった。

 だが、流石に10歳にも満たない子供たちだけでポトイ川を渡河できるとは思えなかった。

 ルイは、チラとアルテを見た。声の聞こえない距離にいることを確認して、言う。


「カギロイ、アルテを連れて俺の家に戻ってくれないか。アルテがここで騒いだら面倒だから、何も言わずにテレポートしてくれ。そして、家にいるお袋とアルトを連れて、願わくばルート王国へ脱出してほしい」


 カギロイは、ルイを穏やかに見た。全てを理解しているような、超越者のような落ち着いた目だった。


「承知した」

 

 と短く答えた。

 ルイは、自分の今の人生では到底辿り着けない局地にいるカギロイのその目に、大きな安堵を覚えた。彼に任せていれば、何よりも大切なものたちを逃すことができると思った。何よりも大切なものたち。つまり、自分よりも大切なもの。そして、何よりも大切なものたちを逃すことは、自分を解放することでもあった。

 ルイは、『モーリス』をカギロイに渡す。


「これをアルトに渡してくれ。俺には荷が重い盾だ」


 カギロイは『モーリス』を受け取ると、「武運を」とルイに言い、『マザー』を一瞥した。そのカギロイの一瞥は、ルイに小さな違和感を持たせた。カギロイはすぐさま視線を戻し、ぼーっと街の方を眺めているだろうアルテの背中に近づいていく。

 ルイは、アルテの背中を見た。小さな背中だった。何よりも大切な、何よりも愛おしい、何度でも抱きしめたい背中だった。この感情の結論は、つまり感謝しなかなった。自分を越えた存在ができて、ようやく本当に感謝することができた。いつからか心に巣作っていた蠢くようにあった黒いものは、もしくはそれは生まれた時からずっとあったのかもしれないが、ようやく浄化するように消えていった。

 カギロイがアルテの肩に手を置く。アルテがカギロイを見上げようと視線を上げる。

 次の瞬間、二人は消えた。

 ルイは、役割を終えたと思った。平静と高揚が入り混じり、調和する。

 我に囚われない、自己の解放がそこにあった。


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