ルイ、しょげたりしながらも思い出す。
アルテがいた。アルテが、生きてそこにいた。こんなにも嬉しいものだろうか。こんなにも愛らしいものだろうか。こんなにも。
ルイは、涙をこぼしながらアルテをこれでもかと抱きしめた。
「ルイ、痛い」
「すまん」
とアルテを解放し、すぐに現実に戻る。
「早く逃げないと」
ヴィゴという名の、ひび割れたメガネの少年が言った。顔に殴られた跡があった。歳はアルテより少し上くらいか。他の子達は怯えている様子だが、少年のみはその表情に必要な逼迫があり、明らかに大人びて見えた。
「すまない。急ごう」
とにかく城に、『マザー』に背を向けて、きた道を戻っていく。女の子が足を怪我しており、ノエルが抱き抱えて歩いた。アルテ以外の子供達は、明らかに痩せぼそっている。ルイとノエルは、手持ちの保存食と水を子供達に渡した。少しづつ彼らの生気が戻っていく。
ヴィゴから事情を聞く。
「俺たちは拐われたんだ。ほとんど飲まず食わずで、ビルシュから城に連れてこられた。今日の朝、3人の兵士に山に連れ出された。多分、あいつらは俺たちを殺す気だった」
ヴィゴが話を止める。森の中から大通りが見えたからだ。行き来する人影が幾らかある。
ルイが言う。
「森を迂回して裏路地に入る道を探ろう。店もあったはずだ。子供たちの服をそこで揃えよう」
メインストリートを避けて、街の端の森を東側からぐるりと周り、貧困層の多い区画を目指した。ボロ切れの子供達と武装した男女がキャトルのメインストリートを行けば、すぐに軍に通報が行くだろう。貧困区画は治安は悪いが、まだ人の中に紛れることができる。
再び森を歩きながら、ヴィゴが事情の続きを話す。
「3人の兵士のうち、一人が急に他の二人の兵士を殺したんだ。その時に、俺たちも逃げた。逃げる時にスヴィが足を怪我して、森の中で手当をしてたら」
「その時、アルテちゃん登場」
急にアルテが割り込んできた。
「ふざけるな、アルテ」
と保護者としてルイはアルテを叱った。
アルテに反省の色はなく、また何事もなかったかのように歩き出した。
ヴィゴがめんどくさそうにアルテを見ながらも、話を続ける。
「で、スヴィの手当をしてる時にアルテと、もう一人別の兵士が来たんだ」
ルイの頭がこんがらがる。兵士は3人いて、うち一人が他の二人が殺して。今度はアルテと兵士が来て。
「アルテときた兵士は、3人とはまた別の兵士?」
「そう言ったよね。また別の兵士」
ヴィゴはやや苛立ったように答えた。
「なんで兵士が兵士を殺す必要がある?殺した兵士はどこに行ったんだ?」
「なんでなんて、知らないよ。殺したあと、兵士は城に戻っていった」
「君たちを助けるために他の兵士を殺したとか?」
「それは絶対違うね。あいつが一番悪いやつだ」
ヴィゴが目を細めて言った。
殺した兵士はシュウではなさそうだ。シュウは悪い奴ではない。シュウはどの兵士だ。殺されたのか。ルイは話をまとめるように言う。
「とにかく、悪い兵士がいて、他の二人の兵士を殺した」
「そう」
ヴィゴが答えた。ルイは尚も質問する。
「で、悪い兵士が二人の兵士を殺して、城に戻っていった。その後に、アルテともう一人別の兵士が来たってことか?」
「そうだよ。さっきも言ったけど」
とヴィゴは呆れたようにため息をついた。ルイはヴィゴの態度にイラッとしながらも、我慢した。子供だ。仕方ない。いや、俺の理解力が乏しいのか?こいつなんだか賢そうだしな。やはりすぐに理解できない俺が悪い?でも、てか登場人物に兵士多くないか。
「私、見たよ。その悪い兵士。途中で見た。危ないやつ」
「よくバレなかったなアルテ」
「森に隠れたんだ。そこでルイの友達に会った」
「俺の友達?」
ルイが聞き返すと、ほぼ同時にノエルが訊ねる。
「その、ルイの友達の名前は?」
「待て待て、もう一度まとめよう。悪い兵士が二人の兵士を殺して、すぐに城に戻っていった。君たちは怪我をした女の子、えっと、スフィアちゃん」
「スヴィ!」
とヴィゴが苛立ちながら訂正する。ルイは、挫けそうになりながらも話を続ける。
「スヴィちゃんの足の手当をしていた。そこにアルテとまた別の兵士が現れた」
「そう!さっきも言ったけど!何回目だよ!」
「いや、すまん。そんなに怒らなくても」
しゅんとするルイに、ヴィゴは息を整え言う。
「ああ、ごめん、俺が悪い。助けてくれてるのにな」
と頭を掻いた。まさか30歳のおっさんがこんな簡単に落ち込むとは思わなかったようだ。ルイは、こいつは多分仕事ができる側の人なんだろうなとヴィゴに対して劣等感を持ちながら見た。まだ7歳とか8歳の子供に。自分が情けなくなる。だけどルイも強くなった。幾らか社会で働いて、ここでめげるほど弱くはなくなったんだ。ルイはめげずに言う。
「で、そのアルテと現れた別の兵士が、俺の友達ってことは」
「そうだよ。ルイの友達。シュウだよ」
アルテの言葉を聞いて、ノエルがヴィゴにずいと近づいて訊ねる。
「シュウ様は、どうされたのです。そのあとの話を教えてください」
「え、あ、うん」
とヴィゴはノエルのただならぬ様子に押されながらも、以降の出来事を話した。
アルテとシュウが子供達と合流してすぐ、女が山道に現れた。森の中から女の様子を窺っていると、女は山肌にあった謎の氷塊に向かって跪き、何やら魔法を唱え出したらしい。明らかに異様な空気に、シュウは子供達を逃がした。自分だけは残って。
ヴィゴが話を終えた時、ちょうど貧困区のある裏通りが見えたところまで来ていた。
「ルイ、この子を」
とノエルは抱きかかえていた足を怪我した少女、スヴィをルイに預けた。
「行くのか?」
ルイはノエルに尋ねた。
「すみません、ルイ、みなさん。私は、私の、つまり」
ノエルが初めて口籠もった。ルイを目の前にして、ボロボロの子供達を目の前にして。
ルイは、ノエルの言葉をつむぐ。
「つまり、ノエル、きみの至上命題はシュウを助けること、だろう。子供達は俺に任せて、早く行った方がいい」
ノエルの性格を、人生を考えた時、行くという選択肢以外ないだろうと思った。だから、行きやすいようにルイは言った。
ノエルは、子供達を見れなかった。良心の呵責があった。助けるべき子供達を放っていくことへの。もしくは、偽善なのかもしれない、とノエルは思った。全て振り切って、シュウの元へ馳せ参じたかった。だが、足が重たくあった。
「あ、ありがとうお兄さん。もう、自分で、歩ける」
とルイに抱き抱えられていたスヴィは、よろよろとだが、自分の足で歩き始め、ノエルに近づいていく。「ありがとう、お姉さんも」
スヴィの純粋な優しさが、ノエルの心を締め付けた。ノエルはひざまづいてスヴィの視線に合わせ、言う。
「ごめんね。大丈夫。君たちを送り届けてからにしよう」
ノエルはそう言うと、優しく笑った。ルイは、子供の頃に見たノエルの笑顔を思い出した。普段から笑えばいいのにと思った。
「いいのか?ノエル」
「シュウ様も、子供たちの安全を第一に考えるだろう」
とノエルは、自身の心の落とし所をそのままに伝えた。
しかし、シュウの身の危険もルイの心配するところであることは当然だった。唯一の友であり、親友である。今すぐにでも助けに行きたいのは本当だ。ルイが行って助けられるとも思えないが。
ーーーもう一人いれば
もう一人、助けてくれる大人がいれば。ふと背中にある盾を思った。オルソン家に伝わる盾、『モーリス』を。
ルイは、『モーリス』を地面に置き、祈った。願った。魔力を込めた。
ーーーカギロイ
泥酔状態のときの話だ。本当かどうかわからない。だけど、もしあの時のきみの話が本当なら。頼む。
強い風が吹いた。それは東からでも西からでもなく、『モーリス』から生じた小さな小さな竜巻のようだった。ルイはその風に体を弾かれ、後方に飛ばされる。ぶわりと視界が歪んだ。頭をふり、立ち上がる。視界が明瞭になっていく。
『モーリス』のそばに、大きな人影があった。
「カギロイ!」
ルイは、興奮を隠せず言った。




