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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ルイ、再び内地へ

 春一番の強い風が、『マザー』からキャトルの街に吹き下ろしている。ルイの前髪がふわりと浮く。久しぶりのキャトルだった。ふと頭に、アリナやファロン夫人のことが浮かんだ。ばったり出会うかもしれない。それは気まずい。

 ちらとななめ後ろを見る。大きな女がルイのあとをついてきている。シュウの付き人であるノエルだ。ルイは、ぎこちなく背筋を伸ばした。子供の頃シュウと遊んでいるときに、ノエルに怒られた記憶が残っていた。一度その人を怖いと思ったら、ルイはとことん萎縮するところがあった。もう『怖い人』というカテゴリーになるのである。そのカテゴリーに入った人が、『怖い人』カテゴリーから出ることはない。


−−−なにを考えてんだ俺は


 とルイは小さく首をふる。そんなことは今どうでもいいのだ。とにかく、行方知れずのアルテを探すこと、どんな情報でも見つけることだけを考えればいい。


 ひと月ほど前に遡る。何度目かの寒暖の波を終えてようやく春がトワイトに訪れたある日のこと、アルテが外遊びから帰らなくなった。アルトは泣きじゃくった。ルイの母テレーサはすぐさま近所のものに声をかけ、あたりの捜索にのりでた。もちろんルイも探したが、それでも見つからない。

 ルイは、シュウの実家であるオーツ家を訪ねた。現当主のシュウの兄が対応してくれたが、やはりアルテの足取りは掴めない。常に気丈なテレーサも、だんだんと衰弱していった。

 ルイは、ふと去年のシュウとの会話を思い出した。アルテとアルトの魔法診断結果についてシュウが聞いてきたのだ。その話の流れで、キエロ連邦ではよく子供が攫われるという話題も出た。現にルイが幼少のころ、ピーターという同級生が突如としていなくなっている。

 ルイが特に気になったのは、会話をしているときのシュウの様子がいやに真剣だったことだ。その後シュウは城内勤めになり、めっきりトワイトに戻らなくなった。もしかしたら、あの時すでに何かを知っていたのかもしれない。


「母さん、俺が内地に行って探ってくるよ。シュウなら何か知っているかもしれない」


 アルテが見つかる可能性は、ほとんどないかもしれない。ただ1%でもあるならば、後悔のないよう行動に移したかった。テレーサも行くと言ったが、彼女は内地へ行くための通行証を持っていなかった。ルイは以前、内地で家庭教師をするためにシュウにもらった通行証が残っていた。

 準備を整え、出発の日が来た。


「アルテのことも大事だけど、あんたも必ず戻ってくるんだよ。あと、これを持っていきなさい」


 とテレーサは、オルソン家に伝わる楯をシュウに渡した。


「いや、かなりの荷物だよこれ」


「あんたのお父さんはどうしようもない人だったけど、子供思いだった。お爺さんもとっても優しかったでしょ。オルソン家のみんなが、この盾が、あんたと、アルテを守ってくれる」


 ルイは、仕方なく大楯を背負った。

 いざ玄関の扉を開くと、マントを羽織ったノエルが家の前に立っていた。


「えっと」


 ルイは、言葉を詰まらせた。

 テレーサが言う。


「ノエルちゃん、ルイのこと頼んだわね」


「えええ?」


「私も、内地に行く用がある。ルイ様にお供しよう」


 とノエルが小さくお辞儀した。


「様付けはやめてくれ。俺はシュウじゃないし」


 断れる雰囲気はなかったので、ルイはノエルとともにトワイトを出た。



 内地まではスムーズに来たが、どうしたものか。キャトルの街を思案しながら歩くが、なんの案も浮かばない。小さな女の子を見かけては、アルテじゃないかと確認したが、やはりそんなわけもなく。若い女の子を見かければ、アリナかもしれないと視線がそちらにも移った。ファロン夫人への未練は限りなく薄れていたが、アリナへの何らかの思いは残っているようだった。

 しかし、盾を背負った男と黒いマントの女がキャトルのメインストリートを歩くものではないなと思った。明らかに浮いている。とりあえずルイは、メインストリートから中道へと入っていく。


「どうするか」


 と隣を歩くノエルを見た。


「ルイ、城へ行くしか他ないだろう」


 とノエルは短く答えた。

 様づけはよしてくれと言ったのはルイからであるが、意外と普通に呼び捨てにしてくるノエルに妙に心地よさを感じた。壁を作りすぎていたのは自分かもしれない、いや、そもそも俺になんの興味もないからすぐに呼び捨てに切り替えられるのだろう、といつも通り卑屈に思考を巡らせながら、ノエルの案に乗る。どちらにせよ、シュウに会うには城に行かなければならない。

 キャトルの街から、雄大に聳える『マザー』に向かって歩いていく。段々と人通りがまばらになっていく。

 ついに二人は城門のそばまでやってきた。

 その時、城の奥から、嫌に耳に残る音がした。これは人の声だ。かなり距離はあるが、何か意思のこもった攻撃的な声であった。


ーーー声に魔力が込められている


 素人のルイにも、なんとなく分かった。


「城の向こう、『マザー』の方からか」


 とノエルは城の向こうに聳える『マザー』を見上げた。

 城内で何かが起きているのかもしれない。


ーーー『声』の方にいければ


 城門は開いていた。門兵が二人左右にいる。通行人を装い、門の中を覗き込む。門から奥に向かって緩やかな傾斜のある道が延びている。道沿いには城内で働く人たちの家が並んでいる。その先に運動場のような広場が見えた。広場の向こうに階段があり、昇ったところに本丸の城があった。どちらにせよ、30も過ぎたなんの武道の経験もないおじさんがこの中に侵入するのは無理である。


−−−城壁沿いにぐるりと行けば、城の奥に回り込めるか。そこから、さっきの『声』がした場所に近づけなくはない。


 このまま踵を返してキャトルに戻っても、いい案は浮かんでこないだろう。その『声』をアルテとシュウに辿り着くための頼りとして、二人は城壁沿いを東に歩いた。5分ほど歩いたところで大通り沿いからそれる。左手に森が広がっている。下草は朝露に濡れており、二人の足元を濡らす。右手には城壁が続く。城壁の向こうからは、時折声が聞こえる。なんの声なのか詳しくはわからないが、日常会話のようである。

 左手の森は不気味なほどに静かだった。二人が歩く時の、泥ついた地面を踏み込む音が大きくあった。幾らか歩いた。もう少し行けば、城壁の裏側に行き着く。その時、二人は、森の奥の微かな、しかし明らかに森が出す音ではない音に足を止めた。何かが騒ついている。城壁を離れ、森の中へと進んでいく。道はすでになく、草木を掻き分けて向かう。音が段々と大きくなる。

 向こうに影が見えた。いくつかある。子供だ。4人、いや、5人。小さな子供が5人、ボロ切れのような服を着た子供達が、必死に森の中を進んでくる。その最後尾の女の子に、ルイは激しく高揚する。安堵。最高潮の安堵であった。


「アルテ!」


 ついつい大きな声が出た。

 アルテも、ルイの姿を認めると


「ルイ!」


 と大きな声で答えた。


「静かに」


 ノエルがすぐさまルイに言った。

 ルイはすぐ我に帰り、辺りを見渡した。

 ボロボロの子供達が5人。何かが起きている。敵が近くにいるかもしれない。軽率に声を上げた自分を恥じた。


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