シュウ、行動の原理
シュウはノーブルを斬ったあと、『マザー』へと向かっていた。護衛兵に連れて行かれた子供達を追うため、何より、城から抜け出したアルテの姿を確認したからだ。
走りながらに思う。
先ほど斬り捨てたノーブルという男。奴はなぜあの場面で何も持っていない右手を振り上げたのか。俺に斬ってくれと言わんばかりだった。
シュウの思考を遮るように、前方から荒い足音があった。シュウは咄嗟に茂みに隠れた。足音の主は、オロフだった。異様な興奮がその姿にあった。シュウは直感でわかった。オロフは人を殺したあとだと。
オロフが城の方に走り去るのを確認すると、シュウは再び茂みから山道に出た。焦りがあった。子供達はすでに殺されたか?アルテは?俺の作戦は間違っていたのか?
「なんかあの人怖かったね」
「そうだなーーーって」
と幾らか低いところから聞こえる声に、シュウは視線を下げた。
「アルテ!」
金色の髪の毛が陽光にきらりと光っている。なんとなく眠たげに見える目は、前にルイの実家で会った時と同じなので本当に眠いわけではなくこういう目なのだろう。
「おじさん、どこかで会ったことあったっけ?」
「ルイの友達のシュウだ!君の家で会っただろう!」
なぜか落ち着いた様子のアルテに、シュウはムキになって答えた。
「ルイの友達!?」とルイの名前を聞いてか、アルテの顔が華やいだ。
ーーーあいつ、姪っ子には好かれてるらしい
とシュウはだらしのない親友を思い、少し安堵した。シュウはアルテの小さな肩を確認する。噛まれた跡はない。ジョージ王はまだアルテの魔力を吸っていないらしい。この幼いあどけない子供に噛みつき、魔力を吸い上げる。やはりそれはとんでもない所業のように思えた。ピーターやマリーがそういった道を通ってきたことを思うとシュウは心が痛くなった。だからこそ、やはり自分に正義があることを確認もした。
「アルテ、君を助けに来た。あと、子供達をしらないか。他の護衛兵たちに連れられていったはずだ」
「私も探してた。行こう」
とアルテはトコトコと走り出す。
シュウはアルテをひょいと抱き上げ、道を急いだ。
幾らか行ったところで、シュウは前方の景色に足を止めた。アルテの視線をその壮絶な景色から逸らすため、森の方へと向きを変えた。
ジョージ王の二人の護衛兵が斬られて倒れていた。地面には大量の血があった。オロフはよっぽど剛力で且つ興奮していたのか、随分深く荒く斬ったらしい。シュウは、その先にある山肌に埋め込まれたようにある氷塊とそのそばにある井戸のような穴に寒気を覚えた。どす黒い何かがそこに流れている。近づいてはいけない、本能がそう言っていた。
「あ!」
森の方に視線を変えていたアルテが声を上げた。その方をシュウも見た。
山道から30メートルほど森の中に入ったところに、子供たちの影があった。
シュウは茂みをかき分け近づいていく。
「近づくな!」
先頭の、ヒビ割れたメガネの少年が叫んだ。少年の声は、耳につんざくような声だった。魔力が込められている。が、先刻城で響いたような魔力の強さはなくなっていた。それほどまでに疲弊しているようだった。少年の後ろには、3人の子供たちが身を寄せ合っていた。そのうちの一人、唯一の女の子が足を怪我しているらしく、その手当を衣服を破ったボロ切れでなんとかしようとしているところだった。
「大丈夫、俺は味方だ」
シュウは声色柔らかく言った。
「この人はルイの友達だから、大丈夫」
アルテが根拠の弱いフォローを入れる。
アルテの姿に心を許したのか、すでに限界だったのか、メガネの少年の体から力が抜けるのがわかった。
アルテがてとてとと足を怪我した少女に近づいていくと、その部位に魔力を込めた。ぶわりと魔力が立ちのぼる。皮膚がジュクジュクと沸き立つと、血が固まっていく。ピーターやマリーと同じく、アルテもまた凄まじい魔力量だなとシュウは思った。
「はい、眼鏡君も」
「俺は、ヴィゴだ!眼鏡くんじゃない!」
アルテはお構いなしに、ヴィゴにヒールをかける。
やはり凄まじい魔力が立ち上る。ヴィゴの顔色が良くなっていく。
「次は」と次の少年にヒールをかけようとした時、アルテの身体がふらっとよろける。シュウがなんとか支える。
ーーー魔力の調整が下手すぎる
と友人の姪っ子ながらに、子供にしても魔力操作が下手だなとシュウは冷静に思った。
「アルテ、君が倒れるぞ。君たち、ここから逃げるぞ。いけるか?」
シュウは彼らを見渡した。皆は強く頷いた。弱気になっているものはいないように見えた。絶望の淵にいた彼らにとって、大人であるシュウが現れたことは大きな希望となっているのだろうとシュウには手にとるようにわかった。
「何か、くる」
足を怪我していた少女が、身を震わせながら言った。魔力の探知に優れているらしかった。
シュウは、少女のそのただならぬ様子に、魔法でシールドを張った。それは敵に気配を悟られないようにするための透明な壁であった。
道の方から気配があった。ドレスを着た女が歩いてくる。ルイーズだった。茂みに隠れながら、シュウはその様子を覗いた。ルイーズは、ジョージ王の護衛兵の死体を引きずり、氷塊のそばの穴に入れた。穴からは不気味に赤黒い瘴気が立ち上っている。もう一人の死体を引きずり、穴に放り込む。赤い瘴気がさらに立ち上ると、ルイーズは何やら唱え、魔法を使った。穴から赤黒いとてつもない魔力の塊が浮き上がる。その塊が、氷塊に溶け込むように入り込んでいく。氷が溶けると、氷塊だったところから女の身体が流れるように現れた。
ーーーあれは、同じ人なのか
その流れでた身体に、凄まじい魔力が纏わりついてるのがわかった。ルイーズは、その身体に近づいていく。
シュウは子供たちの方を振り返り、小声で言う。
「森の中をいき、城を迂回してなんとか街まで逃げろ。そのあとは樹海を越えてトワイトまで逃げるか、川を越えてビルシュへ向かえ」
そしてポケットに入った金貨をアルテとヴィゴにそれぞれ渡した。残酷なことを言っているのはわかっていた。今ここから逃げろと言って、子供たちで何とかなるものでもない。ただ、子供たちもその異様な空気にこの場に止まることの危険を感じたのか、ヴィゴを先頭に森の中へと進んでいく。
「おじさんは?」
アルテがシュウを見た。
「やることがある」
シュウは、アルテの頭を撫でて言葉をつむぐ。
「ルイによろしく」
アルテは、頷くと子供たちの後を追った。
シュウは、気配を殺しルイーズの方へと向かっていく。思考は回っていた。この状況にあって、自己の行動の原理を分析していた。
子供たちを連れてこの場を去るという選択肢もあった。だが、シュウはそうしなかった。あの化け物を倒すのは、今しかないと思った。その瞬間が今しかなくて、そしてその行動を起こすことができるのが自分しかいないというシチュエーションだと思った。自分に酔っている?過度なヒーロー症候群がこの危険な選択肢を自分にとらせた?あの子達からは巨大な悪に立ち向かうヒーローに見えただろうか。いや、もっと理屈の問題かもしれない。ここで俺が子供達を上手く城から逃がしたとして、結局あの化け物が復活したら、国は滅んで子供たちも死んでしまうだろう。ならここで俺が一緒に逃げたら意味がないのでは?あの化け物を倒す選択肢の方が理にかなっているように思う。やはり理屈の問題か。いや、もっと自分の善性を信じた方がいいかもしれない。シンプルに、国を、国民を守りたい。悪を許すことができない。
どれも合っているし、どれも完璧な答えでもないように思う。何よりも思うのは、ここで立ち向かわないと、自分のことが嫌いになるような気がした。『自分のことが嫌いになる』それはシュウにとって最も忌避するべきことであった。
ーーー俺は、ここで立ち向かう自分でなくてはならない
冷静に、自分のためだと思った。それでいいと思った。『それでいい』そう肯定するのも自分なのだから。どこまでいっても自分なのだから。
あと数メートルのところで、ルイーズが地面に膝をついていた。氷塊から流れ出た女の身体の前で何やら魔法を唱えている。赤黒い瘴気が一帯にあった。
シュウは剣を強く握った。手汗はやはりあった。小さく身体が震えた。目の前にある巨大な悪への恐怖か、このシチュエーションへの高揚か。思考を越えた感覚のことなど、シュウにはわからなかった。




