キエロ連邦 黒い結晶とルイーズ
妖しく光る黒い結晶が、ジョーシ王の内臓を突き破り体外へ飛び出た。ジョージ王は、呻き声をあげるとまもなく息を引き取った。
ルイーズは階段を降りながら、思案する。
ーーージョージが死に、その執事であるノーブルも死んでいる。護衛兵にかけられていたノーブルの魔法は解けているだろう。
ジョージ王の死体には一瞥もくれず、そばに落ちている黒い結晶を拾う。
黒い結晶は、ルイーズがはるか昔に開発した魔法の結晶であった。欲望と闇が渦巻く混沌の魔法結晶。結晶を体内に取り込み、その深い欲望に適合することができたものは命を長らえることができた。ジョージ王の死は、結晶がジョージ王を否定したということは、つまり、ジョージ王はとうとう己が命を、人生を他者に依存したということであった。その対象がノーブルであり、ノーブルの死がジョージ王という独善的利己的な人間に変化をもたらしたのであった。(もしくは、長い時間の中で蓄積されていった精神の緩やかな変化の顕現のただのきっかけが、ノーブルの死であっただけなのかもしれないが)
ジョージ王の死に、ルイーズは全く感慨をもたなかった。彼の死に感慨を持つということは、自身の否定に繋がることであり、微塵もない思考であった。つまり、すでに彼の存在に興味がなくなっていた。
ルイーズは北側の扉を開いた。ひんやりとした風が彼女を包む。景色の向こうには『マザー』がやはり高々とある。その麓に意識を集中させる。彼女にしか感じ取れない変化がそこにある。
ーーー封印が解けかけている。魔力が満ちたか、何かが触れたか
なぜ彼女だけが感じ取れるのか?それは彼女の本当の身体がそこに封印されているからであった。
ーーーあと少し
王族ごっこもあと少しで終わりだなとルイーズは思った。封印が解ければ元の身体に戻ることができる。ジョージ王が生きていれば、キエロ連邦という国としてルート王国に戦争を挑むことができたかもしれないが、今となってはどうでも良いような気もした。昔の欲望に満ちたジョージ王と違い、すでに腑抜けのじじいになっていた。死んで当然だとも思った。民の数が残っていればそれでいい。この800年間、よく国を保ち国民の数を増やすことができた。それだけで十分だ。あとは身体が戻れば、この黒い結晶を解放し、全てを灰色に変えればいい、と思った。
黒い結晶には、適合者の命を長らえることと別にもう一つの力があった。元の身体と黒い結晶さえあれば、何千年前の恨みを晴らすことができる。
ルイーズはその時が近いことを思い、ほくそ笑んだ。『マザー』の麓に向けて、自身の身体が封印されている場所に向けて、歩き出した。




