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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ルイーズの護衛兵オロフ

 独立峰『マザー』の麓。山陰には所々に雪が残るが、大地の色と木々の緑が多く露わになっている。ジョージ王の護衛兵が先頭を歩いていた。護衛兵全体を仕切っている老兵だった。その後ろから、項垂れ憔悴しきった4人の子供たちが続く。ジョージ王のもう一人の護衛兵がそれに続く。列の全てを見渡すように、睨むように、最後尾にオロフがいた。

 オロフがルイーズの護衛兵になり10年が過ぎた。エリート兵士が野心のままに王族の護衛兵にまで駆け上がった挙句、誓約書の魔法で行動を縛られながらも、オロフ自身は城の退屈な生活に大きな満足を持っていた。つまり、ルイーズへの恋慕である。何を持ってしても抗えない感情のうねりのようなものが、彼女を見るたびに湧き上がった。美しく高貴で不遜なその姿と態度が、適度に肉づいた二の腕、自然の作り出すどの景色よりも目を奪われる膨らんだ胸、歩くたびに、右足と左足が交互に前に出るたびにプリッと揺れる肉付きと丸みのあるお尻、大きくもすっと切長な目と、くりんと長いまつ毛と、形のよい眉毛と、髪の毛の麗しき一本一本のそれと綺麗なアーモンド形の爪と。とにかくルイーズと会えるだけでオロフは幸福感に満たされた。しかし、誓約書の魔法で縛り付けられている護衛兵たちは、彼ら王族にとって従順な操り人形という認識でしかない。ルイーズも、オロフに対しての扱いは1護衛兵である。特に、世の中全てのことを見下しているルイーズが他者に興味を示すことはない。かろうじて関心を示すといえば、同じ王族のジョージ王、イザベル嬢に対してのみである。オロフは考える。ルイーズ様と同じ位置に立つことができれば、彼女も振り向いてくれるかもしれない、と。


ーーーあの黒い石


 3人の王族は、それぞれ黒い石を持っている。詳細はわからないが、時折聞こえてくる王族たちの会話から、あれが何らかの特別な魔法の石であることはわかった。少しでもルイーズ様に近づくためには、あの石を取り込む必要があった。思いながらも、誓約書の魔法によって動くことはできない。歳を取るともに焦燥が増していく。若さは力だ。老いは衰えだ。


ーーー「君がルイーズ様を手に入れる方法がある」


 と少し前にイザベルの護衛兵になった男、シュウが声をかけてきた。

 このチャンスを逃す手はなかった。シュウ曰く、独立峰『マザー』の麓へ向かう特別任務の最中、護衛兵の行動を縛り付けている誓約書の魔法が解けるとのことだった。特別任務の内容は、選別された子供たちを連れてマザーの麓に行き、子供たちを殺して所定の穴に放り込むことであった。3年に1度、『マザー』の麓が雪解けで露になる時期に、この特別任務は実施された。前回も、ジョージ王の護衛兵の二人とともに同じ任務を行なった。泣き叫ぶ子供を斬り、穴に放り込む。意図は理解できた。選別された子供たちは、魔力、知能ともに高くかつ攻撃的な魔法のものだった。反乱を起こしうる芽を早めに摘んでいるのである。この護衛兵という役職にも同じ意味合いがあることをオロフは理解していた。自身も含め、ジョージ王の護衛兵の二人も、かつては将来を嘱望された優秀な兵士であった。城内任務と銘打って骨抜きにすることで、優秀な人材による反乱を防ごうというのだろう。

 今回の任務で選ばれた子供は4人だった。一番下は5歳で、一番上でも8歳だ。皆攫われてきており、すでに痩せほそり活力はない。一人まだ反抗心を残すものがいた。割れた丸眼鏡をかけた大人しそうな見た目だが、ぎらついた反抗的な目をしていた。城から出発するときも、一度大きな声を上げて攻撃してきた。丸眼鏡の少年は、声に魔力を込めることができる特別な魔法を持っており、大きな声そのものが攻撃魔法になった。オロフが3度殴ったら流石に静かになって、今は黙って歩いている。

 目的地となる『穴』が近づいてきた。子供たちを放り込む穴である。普段は鉄の蓋を被せてある、直径3メートルほどの深い深い黒々とした穴であった。魔法に心得のあるものなら誰でもわかるであろう、ただならぬ魔力が穴蓋の隙間から滲み出ていた。穴のそばには、山肌に埋め込まれるように二メートルほどの氷塊があった。そこだけは季節が変わろうとも氷が溶けることはなく、しかも氷塊は、内側から赤黒い液体が滲み出ているように淀んでおり、透明性はない。

 しかしオロフにとっては、子供を殺すことも、この穴や氷塊の正体もどうでもいいことだった。シュウの作戦が成功したならば、この特別任務のどこかのタイミングで彼を縛り付けている誓約書の魔法が解ける。その時どういう行動を取るか。


ーーーいつだ。いつ魔法は解ける。


 オロフは歩きながら、焦燥感と期待感の中でいつでも剣を抜けるよう準備していた。

 ちょうどその氷塊が見えてきたところで、時は来た。はっと、文字通り、身体を縛り付けていた見えないヒモのようなものが解かれる解放感があった。最も驚いていたのは、オロフ以外の二人の護衛兵である。彼らも魔法から解かれたのだ。オロフは、目の前を歩いていた護衛兵をすぐさま背後から斬り下げた。残りは先頭を歩く老兵一人である。オロフが老兵に向かって走り出す寸前、甲高い声、『鋭い音』がした。老兵はその『鋭い音』に片膝をついた。


「みんな、逃げろ!」


 丸眼鏡の少年が、声をあげた。


 老兵を襲った『鋭い音』は、丸眼鏡の少年の魔法だった。少年の掛け声を合図に、子供たちが四方へ逃げる。

 オロフは子供たちにめもくれず、片膝をついている老兵の方へと歩いてく。


「ま、待てオロフ。私は」


 それ以上何を言わせるまでもなく、オロフは老兵を斬り下げた。

 老兵が王族に忠誠を残しているか、それとも反抗心を持っているか、このあと国のために動こうとしているのか、どうでもよかった。ただルイーズの愛を一身に受けたいオロフにとって、対象が男というだけで殺す価値があった。四方に散った子供達を追っている暇はなかった。誓約書の魔法が解けたということは、シュウが城内でことを起こすことに成功したのだろう。場内がパニックになっている今のうちに、黒い石を手に入れ身体に取り込む必要がある。全てはルイーズ様に見てもらうため。少しでも近づくため。

 オロフは『マザー』を背に、城へと駆けた。


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