一人の男の一生 2
夢も希望も義理もなくなった。
城のルールに則って、役割を演じ、惰性のままに過ごした。城という檻は、生きることに意味のもたない自分には合っていた。王族の何かしらに、なんの興味もなかった。永遠に近い命を持つ彼らを不幸にも思った。
自分の魔法で護衛兵を縛り付けている、当初はそんな優越感もあったのかもしれない。護衛兵に選ばれるようなエリートは、大体いいとこの次男坊が多かった。
また冬が明けた。ただ一つ歳をとり、ただ老いていく。一日、一週間、1ヶ月、一年、十年、二十年、三十年。長くて、速い。逆行のない時間の進みは、つまり、現象だった。ただ老いていく体。ただ老いていく。ただ、過ぎていく。
命は、現象だ。
大広間に、古い台があった。城に来た日のことを思い出す。俺より前にジョージ王の執事をしていたのは、腰の曲がった爺さんだった。朗らかな顔をした、自分の仕事になんの疑いもなく、この単調な仕事に誇りすら持っているような馬鹿な爺さんだった。城から出るわけでもないのに、常に身なりは綺麗にしていた。城内で生まれ、それからほとんど城を出たことがないらしい。城の小さな世界が爺さんの全てなのに、なぜか毎日楽しそうだった。毎朝、季節天気を問わず大広間の扉を開放し、空気を入れる。それが爺さんから初日に教わったことだった。その爺さんが言っていた。大広間の古い台は、もっともっと、100年以上も昔の話、それも爺さんの爺さんに聞いた話らしい。元は台の上には聖女ミルニアの像があった。それをルイーズ様が壊してしまったと。王族なんてのは名ばかりで、でもジョージ様はよくしてくれると。
俺が来て数年後、爺さんが死んだ。ジョージ王に笑顔が減った。唯一気のおけない仲だったのが爺さんだったのかもしれない。ジョージ王はほとんど喋らなくなった。他の二人の王族、ルイーズやイザベルには感情があった。起伏があった。ジョージ王にはそれがなかった。彼は、永遠にも近い命に、ひたすらにある終わりのない現象に、その惰性に、なぜ耐えられるのだろう。多分、ただ王の座に座っていることが彼の誇りになっているのだろう。そういう人間なのだろう、と結論づけた。俺は考えることをやめ、日常を過ごした。
毎朝大広間の扉を開ける。そして古びた台を、そこにないミルニア像を見上げる。無為に進む時間の中で、唯一過去のみが鋭利に、煌びやかに、妖艶に磨かれていった。胸を締め付ける郷愁のその一瞬の快楽の後には、反動に大きな虚しさが現れた。
また一つ冬が過ぎた。
いつもと同じように大広間の扉を開け、風を入れる。古びた台の前に向かう。そこにないミルニア像を見上げている、そこにいない敬虔な女を見る。
背後で気配があった。
振り返る。
男が剣を持って寸のところにいた。少し前に護衛兵になった男、シュウ・オーツだった。
「誓約書の紙を持っているだろう」
シュウ・オーツは小さくくぐもった、荒い声で言った。その目には焦りがあった。その目には、しっかりと野心と利己があった。
生まれも育ちも良い、優秀なやつだろう。
自分を愛せなかった。だから自分のために生きられなかった。
自分を好きになれなかった。だから誰かと一緒に生きられなかった。
人を嫌いにはなれなかった。だから、命はただの現象だとも割り切れなかった。
ただ、痛かった。苦しかった。
ーーーー
シュウは、剣を構えて言った。
「誓約書の紙を持っているだろう」
少しでも怪しい動きをすれば、斬る。シュウにその覚悟はあった。国のため、人のため、つまるところ、自分のために。
ノーブルは、じっとシュウを見た。
何か観察するように。何かを見通すように。
シュウにとっては気持ちの悪い視線だった。
一瞬の出来事だった。
ノーブルが背後に手を回し、右手を振り上げた。
シュウは、たちまちノーブルを斬り下げた。
ノーブルは、古びた台の前で倒れた。彼の右手には、何も握られていなかった。




