シュウ・オーツ ルイーズの護衛兵オロフ
幾度かの逢瀬を経て、シュウはイザベルからいくつかの重要な情報を得た。まず持って、イザベル、ルイーズ、ジョージ王の3人は血縁関係にない。これは予想していたことである。そして3人は、500年以上生きているという。
「もう500年以上前になるわ。私はこの黒い結晶を飲んだの」
とイザベルは窓辺に置かれた親指代の黒い石を手に取った。確か、ジョージ王も同じような黒い結晶を持っていたなとシュウは思った。
「つまり、その黒い結晶に命を長らえる秘密があるんだね。それは一体なんなんだい?」
「それは私にもわからないの。ごめんなさい」
とイザベルは悲劇のプリンセスのように悲しげな顔をしたかと思うと一転「でも、私が命を長らえているのもあなたと出会うためだったと思うの。私たちの出会いは運命だったのよ」と純粋無垢な黒い眼差しで、やはり悦に入ったようにシュウを見上げた。
シュウはその都度適切なリアクションを取ったが、だが、心のうちでは情報の一々として淡々と受け取っていた。
「イザベル、一つだけお願いがあるんだ」
「何?私、あなたのためならなんだってするわ」
「手紙を送りたいんだ。兄に、近況の報告を一度だけしたくて。もちろん一度っきりさ」
本来は、護衛兵が外部と連絡を取るのはもちろん禁止されている。
「わかったわ。本を依頼するのに毎月郵便を送るの。その中にあなたの手紙も混ぜておくわ」
イザベルの言葉に、シュウはほっと胸を撫で下ろした。それは演技ではなく本当に。これから行動を起こさんとしているシュウにとって、やはり兄一家とノエルの存在が気がかりだった。トワイトにいてはすぐに捕まってしまうだろう。願わくばルート王国へ、せめてビルシュへ渡ってくれさえすれば逃れようがある。今更の行動であるが、いかに今までの自分に覚悟がなかったかを思った。最後の安堵と回顧を終え、シュウは次の行動へ思考を移らせた。
風に冷たさはあるが、陽光の暖かさは季節の変わり目を告げていた。
ひと月に一度あるルイーズとイザベルの食事会、その護衛としてシュウはイザベルに付き添っていた。
ルイーズは紺色の落ち着いたドレスを着ていた。立ち姿に気品があり、生まれながらの貴族であろうことが察せられた。
「ごきげんよう、イザベル」
ルイーズは、そのぷくりと艶かしい唇を小さく開いて挨拶した。それは形式的な挨拶であったが、作られた王族的権威を保つのに必要なものであった。
「ご、ごきげんよう、お姉様」
とルイーズに対して、イザベルはぎこちなく答えた。イザベルには、この建前的儀礼的振る舞いにいつまで経っても慣れないものがあった。ましてや、本当の姉ではないものを「お姉様」と呼んでいる。それは王族という一族感の演出から始まったものかもしれない。それにしても何百年もこういった状況にありながら、いまだにぎこちなさを残すイザベルはそれほどまでに不器用なのだろうとシュウは彼女の様子に思った。
「ふふっ」
とルイーズは、全てを見透かしたように、イザベルとその背後にいたシュウを見て意味深に笑った。
「ど、どうされましたか、お姉様」
動揺を隠せずイザベルは言った。
「もうペンダントはしなくていいの?」
「い、いいのです」
やはり動揺したように、イザベルはルイーズの問いに答えた。イザベルは、ロケットペンダントをいつからかしなくなっていた。
「よかったわ」
とルイーズはやはり笑みを浮かべたまま、席についた。
マリーとピーターが二人の飲み物を注ぎにやってくる。
ルイーズの態度にシュウは考えを巡らせる。ルイーズは明らかにイザベルと俺の関係に気付いている。それは女の勘か、何か。
ーーー「よかったわ」
つまり、ルイーズは、俺とイザベルがこういう関係になるのを見越して、こういう関係にさせるために、俺を護衛兵に選んだことになる。真意はなんだ。なぜそんなことを。
シュウは、考えを巡らせることをやめ、護衛兵として扉のそばに立った。隣には、ルイーズの護衛兵である筋骨隆々の男、オロフが立っている。オロフの身から発せられる敵意が、シュウに向けられている。
ルイーズたちが食事をしているテーブルと二人の立つ場所には距離があった。小声なら何も聞こえない距離だった。
「退屈な仕事だな。優秀であり続け、果ては王族の子飼いだ。特に危機もない」
シュウの言葉に、オロフは反応を示さない。
「俺は満足できないが、君は違うだろうオロフ」
オロフはやはり無言のままである。
「恋焦がれている人がそばにいる。毎日そばに」
シュウの言葉に、オロフは初めてピクリと体を反応させる。
「だが、毎日そばにいるのに、絶対に手が届かない。それはある意味ではとてつもなく刺激的なことだろうね」
幾らか挑発的に、シュウは言った。
「貴様、何が言いたい」
低い、ドスの聞いた声だった。シュウはこの時初めてオロフの声を聞いた。そして、オロフのルイーズに対する感情に確信をもった。
男が男に持つ嫉妬心。
ルイーズがシュウに視線を向ける、ルイーズがシュウに話しかける、ルイーズのそばにシュウがいる、それだけでオロフはシュウに敵意を向けた。向けられた男にしかわからない敵愾心かもしれない。オロフがルイーズに持つ感情は、マリーがイザベルに持つ忠誠心や尊敬などとは全く性質の違うものだった。それはどうしようもない、雄が雌に、しかも手の届かない雌に対して持つ欲情だと思った。自分の手が届かない、どうしようもなく手に入れたい、理屈を超えた、フェロモンに魅せられる生物的本能。その激しい欲情と執着心を、護衛兵という役割がさらに助長させていた。
「君がルイーズ様を手に入れる方法がある」
二人の間に沈黙ができる。オロフも何かを探るような、考えを巡らしているような沈黙であった。
ようやくオロフが口を開く。
「貴様、誓約書は」
「ある方法で俺の誓約書に細工をした。君は誓約書の魔法のせいで行動も言動も縛られているだろう」
オロフは何も答えない。シュウは続ける。
「3日後にある護衛兵総出で行く『マザー』への任務。俺は一人こっそり外れる。君はそれを黙認しろ」
「黙認」
とオロフはつぶやいた。
反乱しうるであろうシュウの行動を黙認する、それは誓約書の魔法にかかっているオロフにとって、可能な行動であるかどうかを考えているようだった。
「君はただ俺がいないことを肯定も否定もせず、ジョージ王の護衛兵とともに『マザー』へ向かう任務を続行すればいい。誓約書の魔法は、自らの行動を縛るだけで、何もしないことに対してはその誓約の魔法下には置かれないはずだ」
ーーーそこまで万能な魔法ではないだろう
とシュウは護衛兵たちの行動を縛っている誓約書の魔法について推測していた。黙っていることすら許されないほどの魔法であれば、それはあまりにも強力すぎる。
「誓約書の魔法が解けたならば、君自身の中で変化が起きるだろう。すぐに気づくはずだ。それともう一つ」
とシュウは言葉を溜め、言う。
「黒い石。ルイーズ様も持っているはずだ。あれを飲めば、王族たちと同じように命を長らえることができる」
つまり、ルイーズとある一点では対等になれるということである。
「以上だ。あとは好きに行動すればいい」
「貴様の狙いはなんだ」
「最初に言った通り。ただ満足できないだけさ。君の目的を阻害することはないよ」
それで二人の会話は終わりだった。




