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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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シュウ・オーツ 正義のために

 シュウは静かに自室の扉を閉めた。 

 ベッドサイドの小さなランタン周りだけが、オレンジの光に照らされている。ベッドに仰向けに寝転び、安堵の息をはく。全身の力が抜ける。緊張の連続だった。シュウは静かに笑った。解放の笑いだった。見つかれば死があった。つまり、死の恐怖からの解放であった。自分はいつ死んでもいい。死など怖くはない。机上ではそう言っても、実際に直面するとそうはいかなかった。捕まれば拷問されただろう。リアルな映像が頭を過ぎると、やはり死は怖いものであった。それだけではない。謀反の罪は、家族にまで及ぶだろう。兄家族も処刑されることになる。自分のせいで彼らが死ぬ。それも、軽はずみで欺瞞的な自分がヒーローでいたいという欲求のために。悪がそこにあるかもわからないのに。だが、今日のピーターとの話で、シュウは悪を見つけることができた。内面の偽善などどうでもいい。その行動原理は欺瞞的だったとしても、俺が俺の目指した俺でいられるための行動は取ることができる。独善的なヒロイズムが人々を救うならそれでいいだろう。現に子供が攫われている。ヒーローになるための大義を見つけた。ヒーローになるための悪を見つけた。これで俺は、俺でいられる。少なくとも行動の範囲においては。少なくとも外から見た俺においては。

 シュウは答えに行き着いた。さあ、悪を裁こう。俺が俺でいるために。

 まだ、情報が足りない。もっと集めなくては。

 シュウは、自分の目的のためにすべきことを理解していた。目的とは正義の遂行であった。

 正義とは何か、つまり、悪を裁くのが正義だ。悪が見つかった。だから俺は、正義を遂行することができる。そのためにすべきこと。 

 翌日のことである。イザベルは毎日15時にコーヒーを飲む習慣があった。部屋にコーヒーを持って行くのは、マリーの仕事になっていた。


「マリー、今日は僕がイザベル様にコーヒーを持って行くよ。君は忙しいだろう」

 

「あら、いいの?シュウ。新しいお付き人がきたから、教えてあげることが多くてちょっと忙しかったの。ありがたいわ」


「ああ。当分は僕がコーヒー係をしよう」


 そう言ってシュウはイザベルの部屋へと入っていった。

 窓際で本を広げていたイザベルは、シュウの姿を見て背筋を伸ばした。いまだに緊張があった。


「マリーが忙しいので、当分は私がコーヒーを持ってきます」


 とシュウは、テーブルにコーヒーを置いた。

 イザベルは特に反応を示さない。

 それだけであった。二日目、三日目も同じようにコーヒーを持っていった。

 すでにシュウにはある確信があった。

 4日目の時、いつものようにテーブルにコーヒーを置く。シュウは言う。


「イザベル様、どういった本をお読みになられているので?」


 シュウに話しかけられ、イザベルはさらにピンと背筋を伸ばす。


「え?ええ。ただの小説です。特に、普通の」


 イザベルはしどろもどろに答えた。


「すみません、主君に質問をするなど。私も本が好きでしてつい」


 とシュウは頭を下げ、その場を後にした。本が好きだということを伝える。それが餌になるだろうとシュウは思っていた。

 翌日、シュウはコーヒーをいつものようにイザベルの元に届けた。そしていつものように頭を下げ、退室しようとする。


「ちょ、ちょっと」


 と背中にイザベルの声があった。シュウは振り返る。


「これを、読んでみてはどうかしら?」とイザベルが控えめに本を差し出している。


 シュウは驚いたふりをする。その様子に、イザベルは言葉を紡ぐ。


「護衛兵は本を買う機会がないから。昨日本が好きだと言っていたし。必要がないなら、別に読まなくても」


「いえ、イザベル様から本を貸していただけるなど光栄です。ありがとうございます」


 とシュウはイザベルの手に少し触れるように、本を受け取った。


「すみません、当たってしまって」

 

「い、いいのよ。大丈夫」


 とイザベルは頬をそめ、俯いた。

 身分を超えて優先される力関係がそこにあった。

 シュウは、戯曲や小説に一切興味がなかった。読んでいると時間の無駄に感じられたからだった。イザベルから渡された本を、ただ分析するように読んだ。ロマンチシズムに溢れた悲哀の物語を。話を合わせるためだけに。イザベルに共感しているふりをするために。

 次の日から、二人は本の話をするようになった。最初はぎこちなかったイザベルも、少しづつ話をするようになった。彼女の表情は幸福感に満たされていた。シュウにはそれが手にとるようにわかった。

 それから一週間ほどしたある夜に、シュウはイザベルの部屋を訪れた。


「シュ、シュウ。こんな時間になぜ」


 イザベルは、最初の頃と違い今ではシュウの名前を呼ぶようになっていた。もちろん、こんな夜に唐突に護衛兵がイザベルの部屋を訪れるのはご法度である。

 シュウは片手に借りていた本を持っている。


「先ほど、読み終わりました。続きが気になってつい、イザベル様の部屋を訪れてしまいました」


 シュウは今度は強く下手に出た。


「こんな時間に来てはいけないのはわかっていました。すみません。だけど」


 とイザベルの方を下から伺うように見た。


「いいのよ。続きが読みたかったのね」


「それだけでは」


 とシュウはイザベルの手を握る。


「胸の高鳴りが止まらなかったのです。今その高鳴りは、天を突き抜けるほどになっております。どうにも止められない衝動が、溢れる高揚が、私を突き動かしてしまいました。ただ、あなたに逢いたくて。触れたくて」


 二人は見つめあった。

 そしてシュウは、今度は男らしくイザベルを引き寄せ、胸に抱いた。イザベルに何の抵抗もなかった。

 抱きながらに、シュウは窓に映る自分を見た。

 最後の秤が悪と反対に傾けばいい。自分の姿に、そう思った。


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