ヤング先生の指令 チョウライの悩みを解決せよ。
魔法演習が始まる。今日は投擲も一緒のようで、グラス先生とケントさんだけではなく、レイ先生もいた。アルテとのランも飽きてきたので、先日行った身体強化魔法を使っての大剣での片手素振りをしたいなあなんて遠回しに提案してみたが、グラス先生に「だめだ。基本はヒール路線だ」と一蹴される。へこみながらケントさんと話しているアルテの方へ向かっていると、俺よりもへこんでいる生徒が目の端に見えた。チョウライだ。彼女は、アルトと同じく特殊な武器に魔力を流し込むことが出来る。その武器が、いつも肌身離さずもっている真っ赤な棒なんだが、それを抱えたまま闘技場の端っこでうずくまっている。アルトが困り顔のまま、チョウライの背中をさすっている。
「今日もただで走るの?」
兄(弟?)の困っている様子も意に介さず、アルテがケントさんに向かって、毎度の質問をした。
「うん。はい、スタート!」
Sっ気たっぷりに微笑むケントさんのかけ声を合図に、二人で走り出す。ともかく基礎魔法力アップ、魔法コントロールアップのために、地道に地道に訓練である。しんどいながらにも、体が慣れてはきている。いつもならこれで演習はおわりなのだが、今日は、これだけでは終わらなかった。
グラス先生のもとに、生徒が集まる。全員ではない。リュウドウやシュナなどは、基礎訓練を続けている。
「魔法を武器に纏わせる訓練を行っていく。魔法学でも触れたが、身体強化魔法は武器に纏わせることができないので、そのまま基礎訓練を行っているものたちもいる。さて、魔法を纏わせるだけなら難しくはない。自然と使っているものもいるだろう。しかし、その魔力量のコントロールはより緻密になってくる。消費を抑えるためにも、纏わせる魔力のコントロールを訓練する。アルテとカイ、お前らはレイにつけ」
相変わらずお美しいレイ先生のもとへ。
「二人はヒール、聖なる魔力を使う。聖なる魔力を武器に纏わせることはできる。しかし他の炎や氷などと違い、自分の体と繋がっていなくては聖なる魔力はその効果がなくなってしまう。なら直接ヒールをかけたほうが効率がいい。が、例えば遠くの味方を回復させたい、そんなときが来るかもしれない。これは、可能である。ほら」
とレイ先生は、俺とアルテに、やや大きめの針を渡す。針の先端から糸が伸びており、俺の針とアルテの針がその糸で繋がっている。
「なんですか、これは」
と俺は訊ねた。
「それは鍼だ。殺傷能力は他の投擲武器と比べると落ちる。そもそも医療用だしな。さて、その鍼の先に付いている糸だが、セト蜘蛛の巣糸を加工したものだ。ほかの武器や鉄よりも、より魔力を通す。鍼を味方に刺し、セトの巣糸に聖なる魔力を伝わらせて、回復させることができる」
「刺しどころが悪ければ」
「そうだな、カイ。鍼といえど、尖った武器になる。逆に味方を痛めつけることになる。しかし、モンスターとの戦いではいかなる状況に陥ることも考えられる。訓練次第で、リスクは下げられるし、戦闘における選択肢は多い方がいい、と私は思う」
味方の体力がない。俺はやや遠い位置にいて味方に近づけない。セト蜘蛛の糸をつけた鍼を見方に刺し、遠距離から回復させる。そんな状況も、まあないことはないか。
「ということで、実践だ」
「私が、カイに鍼を刺す。そういうこと?」
とアルテはにやりと笑った。
「いや、交互だろそこは!」
「まあまてお前ら。さすがに投擲訓練は最初は的で行う。今回のところは、投擲よりもまあ魔力コントロールがメインだな。二人は今セト蜘蛛の糸で繋がっている。直接触れるのではなく、その糸を通して相手の体力を回復させてみろ。交互に、な」
「カイ、あなたから私を回復させて」
「そこはじゃんけんだ。じゃんけん、ぽん」
負けた。
「魔力送るぞ、ちゃんともっとけよ」
「はいはい」
とアルテは、鍼を握る。
俺は、魔力を鍼に込める。
「なにもこない」
「え?まじで?」
おかしいな。魔力は込めたんだが。
「カイ、魔力を込めるだけではだめだぞ。ちゃんとセトの巣糸に伝うイメージをしろ」
「はあ」とレイ先生に言われて、再び魔力を込める。糸に伝うイメージ。細長い感じか。
「ああ、きたきた。もっと送って」
「やだよ、交代だ」
「ケチ」
「お前に言われたくねえよ」
と交代する。
アルテはすんなりと魔力を送ってきた。おお、体力が回復する。
「今日はこの距離で訓練だ。慣れて来たら、どんどん距離を伸ばしていく」
「はい!」
と俺は、元気に答えた。他人からかけられると、なんかより一層回復した気分になる。
交互の回復を何往復かしたころで、チャイムが鳴った。
放課後になったわけであるが、我らには任務があった。
ーーーー
教科準備室の手前の廊下。その途中にある、小さな部屋。カウンセリングルームと書かれた札に、夕日が差している。
「誰かいるな。聞き耳たてるか」
ポックが耳をそばだてたので、「カウンセリングルームでそれはだめだろう」と俺が注意する。
「妙なところでまじめなやつだな。まあいい、開けるぞ!」
ポックが、その小部屋の扉を思い切って開ける。ノックなしで。いや、それもダメだろう。
「な、なにネ!?」
テーブルを挟んでソファーが二つ。ずずっと冷静にお茶を飲んだのがヤング先生で、対面に座る、素っ頓狂な声でかわいらしく驚いたのが、ツインのお団子ヘアーのチョウライである。
「なんだ、またお前か。何してんだ」
「それはこっちのセリフネ、ポック!」
チョウライが目つき鋭くポックを睨む。
「ポック、面識あるのか」
「選択演習で一緒に投擲してたんだよ。なあチョウライ?俺とこいつとシュナだけだったぜ」
選択演習の投擲は人気がないとアルトが言っていたが、そんなに少なかったとは。
「う、うるさい!なんのようネ!」
チョウライ、ちょっと話し方になまりがあるな。
「こいつはいつもつっけんどんなんだよ。クラスでもそうか?ロロ」
「い、いや、なんかおとなしいイメージのような」
「ロロ、あんたにいわれたくないネ!」
「は、はい」とチョウライに言われ、しゅんとするロロ。
ヤング先生が、ずずっとお茶を飲み、「で、相談はなんだっけか?」と訊ねた。
「こんなんじゃもう話せないネ!」
チョウライは立ち上がった。座学中ですら手放さないという特殊武器の棒を持って。近くでその棒を見たのは初めてだったが、赤い塗装がされており、両先端が丸くなっている。
「どうした?」
と後ろからリュウドウが顔を出した。リュウドウの大剣が、ドアにひっかかる。『チョウデッカイケン』は規格外のでかさである。
「お前どこ言ってたんだよ」
俺が問うと「トイレだ」とリュウドウは無骨に答えた。腹下してんのか。
リュウドウの登場で、チョウライの様子が変わる。顔を赤らめ、やや伏し目がちになる。なんだ、チョウライのもつ特殊武器の棒も、赤みが増しているような。
「リュ、リュウドウくん、こ、こんにちわネ」
「こんにちわ」
リュウドウが返すと、チョウライの顔はさらに赤くなった。緩んだ口元を隠しながら「わ、私もういくネ」
と表情を悟らせないよう下を向き、そそくさと部屋を出た。
「分かりやすいな」
ポックのことばに、「そうだな」と俺は同調した。ロロも頷いている。
「なにがだ?」
とお決まりのように鈍感なリュウドウ。
「まあ今はそんなことどうでもいい。あるときは担任、あるときは庭師、あるときはカウンセラー、ヤング、お前はなにものだ!?」
ポックがヤング先生を指差した。
ヤング先生は、ずずっとお茶を飲み、言う。
「教えてもいい。が、一つ条件がある」
ヤング先生の、いつになくまじめなトーンに、みながごくりと唾を飲む。
「あの子の悩みを解決してあげておくれ」
「それはお前の仕事だろ!」
「ポックくん、なら教えてあげな〜い」
ヤング先生は、お茶目に語尾を遊ばせた。新しい一面である。俺はヤング先生が生徒の名前を覚えていることになにより驚いたが。
しかし、チョウライの悩みとは。年頃の女の子が一人でわざわざ人気のない寂しいカウンセリングルームまできて打ち明ける悩みとは。恋愛か?ならリュウドウが関わってくるな。こみ上げる笑いを堪えながら、俺は訊ねる。
「では、チョウライの悩みはなんなのでしょう?」
ヤング先生は、再びずずっとお茶を飲む。もう湯のみは空なのだが。
「忘れてもうた」
「なんでだよ!」
つかみかからんばかりのポックを静止し、「とにかく、チョウライの、何かわからぬ悩みを解決すればいいのですね」とヤング先生に問うた。。
「任せたぞう、カイ」
おお、名前を覚えてくれていた。感動。これ以上もめてもあれなので、荒れているポックを押し出すようにカウンセリングルームを後にする。
「なんであいつの仕事を俺たちが」
「まあまてポック。チョウライの悩みはすぐに解決できるだろう」
と俺はちらりとリュウドウを見た。察したポックは
「なるほどね。そうだな、色恋沙汰とは面白い」
と小声でにひにひと笑った。
しかし俺たちだけではだめだ。チョウライへの仲介役が必要である。
「ロロ、チョウライと仲のいい女子はいるか?」
「うーん、クラスではいないと思う。いつも一人だし」
「そうか」
どうする。仲介役がいないと何も始まらない。いや、まてよ。チョウライと接点のある人。一人いるな。まだ校内にいるだろうか。そういえば、昼休みに、ロゼと新作キャンディを買いにいくとか言ってたな。




