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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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シュウ・オーツ 新たなお付き人

 シュウが城に来て3ヶ月が経とうとしていた。頭の中で城内の人員を整理する。護衛兵はジョージ王に4人、ルイーズに一人いるのみ。お付き人と言われるマリーやピーター(シュウはまだピーターには会えていないが)。そして料理や掃除専門のものたちが10人ほどいる。城のすぐ前にある広場を抜けて城門の方まで行けばもう少し人がいる。いずれも城門の中で暮らす高齢のものたちだ。さらに門兵が固く門を閉ざしている。それにしても防備が薄く感じられる。王族3人の個々に、それだけの力があるとも感じられない。力の、権力の理由づけは血統にあるとも思えない。三人の王族は、これはシュウの直感ではあるが、血縁関係にない。トワイトやビルシュのものたちが内地に対して、王族に対して逆らわない、その理由となる力がどこかにあるはずだった。それとも、国民がキエロ連邦の統治に満足していることも考えられる。キエロ連邦はルート王国やレヴェル共和国という二つの大国に隣接しながらも外圧を受けていない。地理的な旨味がないことと、緩衝地帯になっているだけとも見られる。ルートとレヴェル、二つの大国とキエロ連邦の間にはフィニス山脈があった。戦争がなかったわけではないが、資料がほとんどない。キエロ連邦には不自然に歴史の資料が少ない。その理由は、実家のオルソン家で、祖父の日記を読んでわかった。焚書なることが100年近く前に行われたせいだ。

 例えば俺が叛逆の意思を持ったとして、あっさりと王族を殺せそうに感じる。見張りや相互監視も少ない。だからこそ護衛兵になるには念入りな調査や実績、そしてルイーズの面談めいたものがあるのだろうが、にしてもだ。それだけに、シュウは慎重になっていた。この3ヶ月でイザベルの住む西塔においてはある程度自由に動くようになったが、城の中心となるパラスやその奥にあるジョージ王の居住スペース、そしてルイーズの住む東塔には、慎重に慎重を期していた。表面的な防備以外の何かがあるに違いないと思っていた。


「おはよう、シュウ!」


 あくる朝のことだった。マリーは両手にイザベルの朝食の乗ったお盆を持っている。


「やあマリー。どうもご機嫌に見えるね」


 シュウはトンカチを持つ右手を止めた。イザベルがルイーズに頼んで買ってきてもらったという棚を組み立てているのである。右手に剣ではなくトンカチを持つ自分を何とも不思議に思いながらも、棚作りに勤しんでいた。


「明日、とうとう新しいお付き人が到着するの!」


 マリーは嬉々として言った。ジョージ王のお付き人が最近亡くなったとかで、新たなお付き人を探していたのだ。


「へえ。じゃあ、僕の時みたいにマリーがお迎えするのかい?」


 シュウは、自分が城に来た初日のことを思い出していた。マリーが城の下にある階段まで出迎えに来てくれたのであった。


「ええ。ジョージ王のお付き人になる子だから、ジョージ王の護衛兵もいらっしゃると思うわ。あとはピーターも」


「ピーターも?」


「護衛兵だけだと怖がっちゃかもしれないから、マリーやピーターも行くのよ」


「僕の時みたいに、あの城の階段のところで迎えるのかい?」


「ええ。今回は小さな女の子だから、カゴに乗ってやってくるんじゃないかしら。マリーの時がそうだったから」


「何時ごろ来るんだい?」


「暗くなる前だそうだけど。シュウは別に明日こなくてもいいのよ!」


「ああ、そうだったね。僕にはあまり関係ないことか」


「また機会があればシュウも会うことがあるかもしれないわね。ああ、それにしても楽しみだわ!」


 とマリーの持つお盆の上に乗った牛乳が揺れている。


「こぼさないようにね、マリー」


「ええ、本当に」


 とマリーは足取りを戻し、牛乳に気を遣いながらイザベルの部屋へと向かった。

 翌日の午後、シュウは本棚をイザベルの部屋に設置した。マリーは朝から新たなお付き人の受け入れ準備があるらしく、いない。代わりに、シュウがイザベルの元へ午後のティーセットを運ぶ。


「ありがとう」


 本から視線を変えずに、消え入りそうな、か細い声でイザベルは言った。相変わらずシュウと目を合わせようとしない。

 ティーカップを持つイザベルの手が、小さく震えている。紺色のロングスカートに紅茶が溢れる。イザベルが小さな悲鳴をあげる。


「大丈夫ですか?」


 すぐさまシュウは駆けつけると、テーブルのハンカチをイザベルに渡す。


「大丈夫。大丈夫」


 自身に言い聞かせるように、イザベルは言った。

 イザベルの首にかけられたロケットペンダントが小さく揺れている。右腕のブレスレッドについた黒い宝石は、イザベルの装いの中で一つ歪に浮き出ている。

 シュウは部屋を出際、チラリとイザベルを見た。イザベルは、ロケットペンダントを何ものにも変えられないものを見るように見つめていた。

 イザベルの部屋を出ると、シュウは階段を早足に降りる。目的の階に到達すると、塔の端へ廊下を歩いた。ある出窓の前で立ち止まる。そこから外を覗く。シュウが初めの日にマリーと出会った、階段下の広場がよく見渡せた。人にバレず、広場を見るにはこの出窓が一番良かった。広場にはまだ誰もいない。到着は日の落ちる前だとマリーは言っていたので、もういつ着いてもおかしくない。10分ほどして、城の階段を降りる背中の影がいくつか現れた。シュウは窓際に体を細くして沿わせ、単眼鏡を取り出し右目から覗く。ジョージ王の護衛兵が3人。あの誓約書を書かされたときに並んでいた3人だ。そしてタキシードを着たジョージ王の執事もいる。白髪で右目にルーペをした、目つきの鋭い男だった。誓約書をシュウに持ってきたのはこいつだった。護衛兵よりも、この男がシュウは気になった。そして彼らの後ろから、頭ひとつ小さいマリーがいた。マリーの隣を並んで歩く影、あれは。シュウの心音が一つ高くなる。


ーーーピーターだ。


 ピーターの姿を見るのは、城内に来てからは初めてだった。

 広場の向こうから、ゆっくりと馬に引かれてカゴがやってくる。御者は城に住む高齢の男だ。兵士が2人ずつカゴの両側を歩いている。馬が広場の真ん中を抜けて階段の前で止まる。護衛兵が兵士たちに何やら言うと、兵士たちは足早に去っていく。兵士たちがいなくなったのを確認すると、護衛兵の一人がカゴの側面を開いた。少女がゆっくりと降りてくる。少女の金色の髪の毛が夕日に映えている。

 シュウの単眼鏡を通した目からは、少女は寝ぼけているように見えた。表情がややぼんやりとしていて、足取りもどこか気だるい。長旅だったのだろう。多分、トワイトから。


ーーールイのところの


 確信はなかった。会ったのも数度だけ、それに一番近いので一年前だ。だが、そう見えた。年齢も合う。

 シュウは単眼鏡をこれでもかと覗き込み、少女の顔をつぶさに観察する。


ーーーアルテだ


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