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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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シュウ・オーツ マリーとイザベルの秘密

 マリーの休みの前日の夜。

 シュウはいつもの退屈な勤めを終え、部屋に戻っていた。時間は夜の9時になろうとしていた。軽装になり、静かに部屋をでる。階段を上っていく。誰もいない。マリーの部屋の前にやってくる。音がしない。いないのか。今度は塔の上階にあるイザベルの部屋の前までやってくる。聞き耳を立てる。音がしない。もう寝ているのか、本を読んでいるのかも知れない。さらに数分、聞き耳を立てる。音がしない、いや、人の気配が感じられない。イザベルの部屋から隣接して洗面台とトイレがあり、部屋から直接行けるようになっている。イザベルが塔の下に行けば階段でシュウと鉢あっているはず。気配は感じられないが、本当に部屋にいないのか?しかし感覚的に、シュウはイザベルが部屋にいないと思った。音のなさ、気配のなさ、それを感じる感覚である。


ーーーいるか、いないか


 ここで部屋に入ることは、大きな賭けであった。だが、国の裏側を調査すると護衛兵にまでなったはいいが、この一月以上なんの進展もない。小さな焦りもあった。シュウは扉の鍵を取り出した。

 マリーが持つイザベルの部屋の鍵を、シュウは一時的に盗み、同じ形状の鍵を複製していた。シュウは元来器用であったが、それにしても鍵は単純な作りだった。複製した鍵でイザベルの部屋の扉を開ける。大胆に踏み出した一歩であったが、シュウに大きな緊張はなかった。それだけ部屋の中から人の気配がなかったのである。壁にかけられた古い丸時計がチッチッチと動いている。カタカタと風が窓を叩く。やはりイザベルは部屋にいなかった。ベッドは綺麗に整えられたままである。部屋にポツンとある窓辺の丸テーブルには、本が一冊閉じられて置いてある。


ーーー消えたのか

 シュウは部屋を見渡す。イザベルがそういった類の魔法を使えることは考えられる。消える魔法。空間移動、テレポートか。かなり珍しい魔法だ。短い距離なら目視で場所を指定し移動できるが、遠い距離となると術式やアイテムなどで移動場所の指定を行わなければならない。しかしこの部屋にそういった類のものはない。浮遊魔法で外にいったとも考えられる、とシュウはカーテンを開けて窓の外を見るが、それらしき跡はない。魔法で壁を抜けることは考えられるか。いや、そもそも魔法ではなくこの部屋から通じる隠し通路があるのかも知れない。シュウは部屋を壁ぞいに歩く。本棚の前までやってくると、立ち止まる。風の音がする。窓からの隙間風ではない。本棚の隙間からの風である。自分の身長ほどの大きさの本棚を横に押してみる。ぎっしりと本が詰まった棚は、見た目以上に簡単に横にスライドした。その裏には下へと続く階段があった。20段ほど下がったところに灯りがあり、扉が見えた。


ーーーあの扉の向こうにイザベルがいるに違いない


 が、シュウは階段を降りなかった。秘密の部屋があり、マリーの休日の前夜にイザベルがその部屋にいる。それを知れただけでも大きな収穫だと思った。シュウは本棚を元に戻し、イザベルの部屋を後にした。自室に戻る前に、イザベルの部屋の階下に向かう。その秘密の部屋があるべき場所には壁しかなかった。耳をそばだてるが、分厚い壁が遮音しているのかはたまた何らかの魔法で音漏れが防がれているのか、何も聞こえない。

 その日の調査は終わり、シュウは部屋に戻った。


 翌日、マリーが休みの日である。イザベルはマリーがいない日はずっと本を読んで過ごしている。何かに一心不乱に集中したいがために、貪るように本を読んでいる。マリーはとえいば、一日部屋から出てこない。昼食を部屋の前に届けるのはシュウの役目である。

 部屋を二度ノックし、


「マリー、昼食を置いておくよ」


 と声をかけ、シュウは速やかにその場を去る。いつもなら、1時間後に再びマリーの部屋の前に行く。マリーが食べ終えたお皿を予め部屋の前に出しているので、それを片付けにいくためだ。今日は30分早く行き、マリーの部屋のそばで待機した。

 まだお膳は部屋の外に出されていなかった。静かな廊下に変わりはない。5分ほど経って、扉がぎいっと音を立てて小さく開く。その隙間から、お膳が現れる。


「やあマリー、ちょうどよかった」


 シュウは、自然体を装い声をかけ、扉の方に近づいた。

 扉の隙間にマリーの姿があった。いつもより薄着で、ひらひらのネグリジェを着ている。顔は青白く、目にクマがあった。マリーはシュウの突然の出現に目を見開くと、急いで扉を閉めた。


「な、なんでシュウ、早すぎるわ」


 扉の向こうから、弱った声を精一杯振り絞ってマリーは言った。


「すまない、近くを通りかかったもので偶然」


 と空々しくも仰々しくシュウは言った。

 沈黙が辺りを包む。


「すまない、マリー」


 やはり仰々しく、シュウは言った。その言い方が、疑うことを知らないマリーに効くことをシュウはわかっていた。


「そ、そう。わかったわ。次からは、気をつけて」


 マリーはか弱い声で言った。

 お皿を下げながらに、シュウはマリーの姿を思い返していた。青白い顔色、目の下のくま、弱々しい声、明らかに異常だった。そして、シュウの目をもっとも見張ったもの。それはマリーの右肩にあった噛まれた跡があった。白いレース生地の向こうに、明らかに何かに噛まれた跡があった。イザベルが噛んだのか。なぜそんなことを。秘密の部屋にまで入り込むのはリスクが高すぎるし、イザベルを信望しているマリーにこれ以上何かを訊くのは無理だろう。

立て続けに不信感を募らせる行動をとると以降動きにくくなる。マリーやイザベルからではなく、


ーーーピーターならもしかしたら


 やはりピーターと会わなければいけない、とシュウは思った。

 


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