シュウ・オーツ 進展
初めてシュウとイザベルの目があったのは、マリーが休みの日だった。マリーは10日に一度、必ず休みがあった。
イザベルが晩餐を終え、部屋に戻る廊下でのことである。マリーがいないので静かな夜だった。イザベルが何かにつまずき体勢を崩した。首にかけたロケットペンダントが小さく揺れる。イザベルの数メートル後ろを歩いていたシュウが、瞬時に距離を詰め彼女を支えた。廊下に等間隔に灯されているキャンドルの光が、舞台照明のように二人を照らしている。イザベルの染まった頬は、シュウの視界からはキャンドルの光で飛んでいた。
咄嗟のことに、イザベルはシュウの顔を近くで、はっきりと見てしまった。彼女はシュウを見て、はっと目を見開く。消えいるような声で「ありがとう」と言いながら体勢を整え、丸メガネが揺れ落ちるのではないかと思うほど勢いよく顔を背けた。そして無言を貫き、やや足早に部屋へ向かうと扉を開いた。
シュウはイザベルの様子に小さな驚きを覚えながらも、平静を保ち部屋へ入っていくイザベルの背中を見守った。パタンと扉が閉まる。まだ深い夜ではないが、やはりしんとした廊下だった。シュウは何ら感慨に耽ることはなく、歩き出した。これで今日の任務は終わりであった。護衛につき、なんの事件もなくひと月が過ぎた。
イザベルの日常は単調だった。そのほとんどの時間を読書か物思いに耽ることに使っている。マリーとの会話が唯一表情が変わる瞬間で、その時ばかりは何か解けたような、ほぐれた目つきになっている。
ーーーまるでペットを見るような目だな
とシュウは感じながら、王族であるイザベルに対してあそこまで無邪気に接するマリーは貴重な存在なのかもしれない、と解をつけた。
イザベルは外出もせず訪問客もない。唯一の予定といえば、時々ルイーズとランチを共にしている。イザベルはあまり気乗りしないような雰囲気を出しているが、それでもドレスを着て庭のテラスに向かう。
ーーーピーターと接触できるかもしれない
とシュウは期待したが、イザベルとルイーズのランチにピーターが現れることはなかった。ルイーズの付き添いは、明らかに敵意剥き出しの護衛兵のみであった。筋骨隆々の目つきの鋭い男、名をオロフと言い、彼の敵意は特にシュウに集中しており、ルイーズに対する感情は護衛兵以上のものが感じられた。男の嫉妬心がシュウを刺していた。
初めてシュウとイザベルの目があった夜から、イザベルの様子に変化が現れた。頑としてシュウの方を見ない。一瞥もなく、顔を背けるばかりである。ロケットペンダントを頻繁に開くようにもなった。中の写真を何か思い詰めるように見ているようであった。
ーーーロケットペンダント、三人の王族、そして黒い石
イザベルとジョージ王は黒い石を身につけていたが、ルイーズの装飾品にそれらしきものはなかった。だが、明らかにあの黒い石は何かあるとシュウは思った。
しかし何ら目ぼしい情報は得られず、悶々と日々が過ぎた。これといって危機はなく、ただイザベルが部屋を出るときに数歩後ろを歩き、マリーのおしゃべりを傾聴するだけがシュウの任務であった。
進展はマリーによってもたらされた。
午後のティータイムの後のことだった。いつにも増して陽気なマリーが、食器を片付けにパラスにあるキッチンへ戻っていく。廊下でマリーに尋ねる。
「マリー、何かいいことがあったのかい?」
「ふふ、わかる?シュウ。今度新しくお付き人が入るかもしれないの」
お付き人とは、マリーやピーターのような、王族の身の回りの世話をする人である。イザベルのお付き人はマリーしかいないが、ルイーズのお付き人はピーターの他にもう一人いるらしい。
「ジョージ王のお付き人が少し前に亡くなってしまったの。だから新しい人を連れてくるんだって」
ピーターやマリーのような人が増える。となると、新しくくるお付き人も、幼い頃にピーターが失踪したルートを辿ると言うことになるのだろうか。シュウは質問を続ける。
「それは、どうゆう流れで選ばれるんだい?」
「ルイーズ様が選んでくださるって聞いたわ。マリーもそう。最初はママとお別れするのは嫌だったけど、マリーの家は貧乏だったから、こんな綺麗なところに住めてこんな可愛い服が着られて、とても嬉しかったわ。今では感謝している。だから新しい子も、必ずそうなると思うの」
「マリーはいつここへ?」
「5歳か6歳だったと思う。幼稚学校に通っていたから。おうちが貧乏だったから、初等学校には行けなかったと思う。だから本当にここに来られて良かったって思う。多分ママも助かったと思う」
マリーの視線はどこか遠い。そこにはママへの追憶と儚さと、現在の自分への肯定とが入り混じっているようだった。
キエロ連邦では幼稚学校は義務であるが、7歳から通える初等学校は義務ではない。マリーが城に来た時とピーターが失踪した年齢がほぼ一致する。
「お付き人になるのは、あとはやっぱり、魔力が高い子ね」
「魔力が高い子?」
「あ、だめねマリー。ごめんなさい。誰にも言わないでね。何でもないわ。気にしないで。もうこんな時間、お夕食のお手伝いをしなきゃ。シェフに怒られるわ」
マリーは慌てて言うと、食器を持ってパラスへと向かった。
城内には二人のシェフがおり、シュウはよく知らないがお付き人たちがシェフの手伝いをしているらしい。
ーーー魔力が高い子
マリーの言葉に、シュウに幼少期の記憶が蘇る。あの時、森の中で感じたピーターの魔力。そして城内でマリーの魔法を感じた時の魔力の豊かさ。二人の魔力は明らかに普通のレベルを超えている。さらに、父の言葉を思い出す。ピーターが失踪する10日ほど前の言葉。
ーーー「いくら使ってもいい。リストからシュウは除外しろ。シュウは攫わせるな」
昨日のことのように、25年前の父の声がシュウにあった。
シュウは、自身の魔力量の多さも自覚している。
あるリストがあり、そこに俺とピーターがいた。そして俺は権力者である父によってリストから除外され、ピーターが選ばれた。そのリストには、多分魔力量の多い子供たちの名前が書かれているに違いない。幼稚学校に入ってすぐ、キエロ連邦では全ての子供達に魔力量検査を行う。それに基づいて魔力量の多い子供たちをリストにしているに違いない。
ここまでの推察で、シュウは立ち止まる。だが、なぜただの付き人に魔力量の高い子が必要なのか。マリーが魔法を使っているのを見たのは一度だけ、それもシュウが初日とあって緊張しているだろうと使ってくれた魔法だ。それ以外で使っているのは見たことがない。
休み明けのマリーはいつも疲れているように見えた。休みの前日に何か魔法を使っているのだろうか。マリーやピーターには、付き人以外の何か別の役割があるに違いない。イザベルの態度の変化も気になるが、それよりもマリーを調べる必要があるなとシュウは思った。




