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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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シュウ・オーツ 側使マリー

 シュウは正式にイザベルの護衛兵に任命され、城内に住むことになった。門塔を左右に構えた城門を入る。真っ直ぐに石畳の道が伸びている。辺りは広々と庭になっており、花や木々がよく手入れされている。少し歩くと左右に古い棟がいくつか見えてくる。右側の棟には庭師や給仕の者たちなど、城を管理するものたちが住んでいる。左側の棟は門兵のための住居となっている。さらに進み、石造りの階段を幾らか上り切ると広場が現れる。軍の訓練の様子を王族の前で披露した場所だ。広場を越えるとまた石造りの階段がある。横に広く、段差の浅い階段を10段ほど登っていくと、パラスと呼ばれる本館に行き着く。古びた壁は白が剥がれ、灰色のざらざらが剥き出しになっている。パラスから左右に回廊が伸び、それぞれから塔が突き出している。それぞれ東塔と西塔と呼ばれている。ここまで歩いて、シュウは思う。城壁や門塔など、外観は城のようだが、シュウの知っている城とは少し違って見えた。トワイトにある古い城は、やや高所に作られ、堀があり、複雑に敵の侵入を防ぐための工夫があった。この城は、敵を想定されていないように見えた。豪勢な、象徴としての城のようであった。

 荷物は最小限にと伝えられていた。パラスの外で、小柄な女が待っていた。


「あなたがシュウくんね。マリーよ。よろしくね」


 甲高い早口で女、マリーは言った。くりっとした目で、屈託のない笑顔を浮かべている。ほうれい線が目立つ。目の下の弛みが大きい。その顔の皺とそぐわない幼い顔立ちであり、奇妙な印象を受ける。初等学校の生徒がそのままの顔立ちで年齢だけを重ねたような。すぐにピンとくる。あの訓練お披露目の時に目の端で捉えた、ピーターと同じような印象であった。


「本日よりイザベル様の護衛兵となります、シュウ・オーツです」


「よろしくね。こっちよこっち。ここが本館。パラスって呼んでるわ」


 複雑な装飾の施された扉を開く。がらんとした広間がある。光はあまり差し込んでおらず、不気味に薄暗い。ここだけ時間が止まっているような感覚を覚えた。人の声もなく、ひっそりとしている。


「イザベル様の住まいはこっちよ。西塔のほうね」


 とやはり早口でマリーは歩きながら、なおも喋り続ける。


「埃っぽいでしょ、なんだか薄暗いし。マリーはあんまり好きじゃないわパラス。そう思わない?」


「ええ」


 とシュウが返事をするとマリーはすぐに話し始める。


「緊張してるかしら?それは初日だしそうだものね。マリーはワクワクしてたわ。だって新しく人が来ることってないからね。よろしくね。イザベル様はとってもいい人よ。安心して。ちょっと大人しくて静かだけど、怒ったりする人じゃないから。イザベル様に比べてルイーズ様はちょっと怖そう」


 とマリーはわかりやすい顰めっ面をし、やはりさらに続ける。


「シュウは会ったことある?ルイーズ様に」


「ええ」


「怖そうでしょう?マリーも見かけるぐらいしかないけど、見た目がもう怖そう。とっても派手なかたよ。でもイザベル様はそんなことないわ。お淑やかで慎み深い人よ。マリー、大好きなの。ああ、ごめんなさい、こんなにしゃべってしまって。新しい人が来ることってないから、本当に興奮してしまってるわ」


 マリーは両のほっぺに手を当てて体をすくめて言った。そのオーバーな仕草は一見演技めいているが、マリーのそれは純粋にしているように見えるほど馴染んでいた。実際、こういう人なんだろうと思い「ふふ」と自然とシュウに笑いが溢れた。

 シュウの笑いには気づかなかったようで、マリーは「ここがあなたのお部屋よ。昨日掃除したの。長い間使ってなかったらしくてすごい埃っぽくて、大変だったのよ。日当たりが少し悪いけど、まあ悪くないわ。ベッドメイキングもマリーがしたのよ。ああそうだ、困ったわ。ベッドのサイズがギリギリかもしれない。シュウは大きいわね」

 とやはり早口で言った。


「いえ、これくらいあれば大丈夫です。窓もあるので全く日が当たらないこともないでしょう」


「そう、よかったわ」


 とマリーはシュウの反応に、両手を胸に置いてほっと息を吐いた。それもまた舞台演技のようなオーバーな仕草だったが、マリーなら普通に見えた。

 二人は部屋を出て、西塔を歩いた。なおもマリーは城内のことについて喋り続けた。イザベル以外の二人の王族はパラスの奥と東塔にそれぞれ住んでいること、マリーのような側使はそれぞれの王族に一人付いていること。


「でもね、最近亡くなってしまったの。ジョージ様の側使が」


 マリーは悲しげに言った。ジョージというのは男の王族で、パラスの奥に住んでいるらしい。


「マリー、とっても泣いたわ。喋ったこともなかったし、会ったのも一度だけだったけど」


「側使同士は合わないのですか?」


 マリーが前を歩き、西塔の階段を上がっていく。午後の陽光が等間隔の窓から差している。


「イザベル様はジョージ様とは会うことがないから、ジョージ様の側使ともほとんど会ったことはなかったわ。イザベル様はほとんど外に出られないし。でもルイーズ様は時々イザベル様を訪れてくるから、ピーターとはその時会うの」


「ピーター?」


 シュウの目つきが鋭くなった。前を歩くマリーはそれに気づかない。


「ええ。ルイーズ様の側使よ。ピーターと会うと、マリーはとってもおしゃべりになってしまうの。ピーターは優しくて笑顔が素敵なとっても賢い人なの」


 マリーは声をうわずらせて言った。ピーターへの特別な感情が読み取れた。


「さあ、もうすぐイザベル様のお部屋よ」


 とマリーはシュウの方を振り返り、シュウの両手を不意に握った。

 瞬間、魔力がぶわりと流れてくる。シュウの体がポカポカと暖かくなる。心が穏やかになる。


「すごいですね」


 シュウの驚きはマリーの潜在的魔力量にあった。その一瞬の魔法から、膨大な魔力量を感じたのだった。


「マリーの魔法なの。あまり使わないようにしてるんだけどね。シュウは素敵だから、今まで護衛兵を取らなかったイザベル様ならきっと気に入ってくれるわ」


 マリーはその大きな目で真っ直ぐに、少女のように純真にシュウを見た。目じわだけが異様に浮かんでいた。

 マリーが扉をノックした。部屋の中からか細い声がなんとか聞こえた。そしてマリーは、ぎいっと扉を開けた。扉は古く、軋むような音を立てた。


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