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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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シュウ・オーツ③ 城内へ

 その女は、ノエルほどではないが、女にしては大柄であった。女は、小洒落たコーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。ぷっくりと膨らんだ唇は男の性を刺激するそれであり、大きな目とその長いまつ毛に見つめられると大半の男が心を奪われるだろう魅力があった。そして一々の所作には優雅さがあり、まさしく王族の威風と気品が備わっていた。


ーーー奇妙なことになったな


 とシュウは思った。王族からの直接的な呼び出しであったが、せいぜい距離の離れた場所での問答があるのみだと思っていたが、まさか王族の女の一人と面を合わせてティータイムをご一緒するとは思わなかった。

 女は丁寧で気品のある口調で、シュウの魔法についていくつか質問した。シュウの魔法は、うっすらと光を放つ透明な壁を作ることができた。城内で行われた前日の訓練で弓を弾いたのは、その魔法であった。シュウはそれらを嘘なく説明した。女は、上品に相槌をうち、ニコニコと笑いながらも常にシュウを観察するようだった。

 話がひと段落すると、女はコーヒーカップを置き、それまでの所作から一転、口元をにやつかせ、シュウを覗くように上目遣いで見た。その表情には、先程までの品性もかけらもなくなっていた。

 普段人の機微や感情に鈍感だと言われがちなシュウだが、実際は人並みに洞察力があった。人の機微や変化に気づきながらも、それ以上の興味を抱かないので態度を変えないだけである。例えば他者から嫉妬心を感じたとして、例えば他者から恋心のようなものを感じたとして、それを向けられたとして、だから自分の行動を何か変えることもないし、わざわざ指摘することもなかった。その繰り返しが、友人や家族周りの、「シュウは人の機微に鈍感だ」という評価に繋がっていた。今もまたその人並みの洞察力で、女の背景を、その所作と表情の変化を感じ取っていた。先ほどまであった王族の気品と、それとは相反する城で生まれて育ったものには持ち得にくい下卑た表情が女にはあった。

 瞬間、シュウは女から魔力の波を感じた。


「お前、私に興味がないだろう」


 女は低く、くぐもらせるような声で、かつ高圧的に言った。その口調にはやはり品性のかけらもなかった。

 シュウは一瞬答えあぐねた。


ーーーお前、私に興味がないだろう


 つまり、女としてという意味か、人として、という意味か。すぐに答えに行き着く。女としても人としても興味はなかった。シュウの興味は、女が持つキエロ連邦についての隠された情報についてのみである。


「興味などと、私のような一介の兵士が、ルイーズ様にそのような感情を持つことは許されません」


 シュウは、淡々と淀みなく答えた。

 なおも女、ルイーズはシュウを覗き見ていた。見透かすように、ニヤリと笑いながら。そして高笑いに言う。


「ははははは、お前は無風だな。無色に近い。お前を呼んだのには理由がある。シュウ、とか言ったな」


「はい。シュウ・オーツと申します」


「イザベルの護衛兵となれ」


 イザベルとは、もう一人の王族の女のことである。シュウには拒否する権利もなければ、その理由もない。むしろ願ってもないことであった。護衛兵となれば、城内に住むことができる。ピーターとコンタクトが取れるかもしれない。


「承知しました」


 ルイーズにとってもシュウにとっても、後の時間は惰性であった。互いに互いの個人について興味がないのを察していた。二人とも淡々とコーヒーを飲み終え、ルイーズの「そろそろお開きにしよう」という言葉にどこからともなくメイドが現れた。

 シュウはルイーズに謝辞を伝え、メイドの誘導に従い部屋をでた。部屋の外には、わかりやすく筋骨隆々のルイーズ直属の護衛兵がいた。名前をブルドと言った。シュウよりも一回り大きく見える。ブルドはぎろりとシュウを睨んでいた。シュウはブルドから、嫉妬心を感じ取った。ブルドもまた、元は優秀な軍人だったはずである。ルイーズの近衛兵に選ばれ、城内に住まい、今のようなルイーズの飼い犬になってしまったのだろうと推察した。

 だから何と言うこともない。シュウにとっては、ただ嫉妬心が向けられただけであった。


「剣を、返していただけますか」


 いかに威圧されても、シュウの平静はブルドによっては乱れることはなかった。自身の預けていた剣をブルドから無言で受け取ると、シュウは何もボロを出さぬよう真っ直ぐに城を出た。

 城を出てようやく、シュウは自身の魔法を解いた。シュウの魔法ーーールイーズに説明した透明な壁は嘘ではない。ただ、その応用のようにして、シュウは自身の心を、気を透明な魔力で覆うことができた。極限にまで薄く魔法を伸ばし、相手に魔法を使っていることに気づかせないようにして。ルイーズに対してもその魔法は成功したようだった。彼女に会うにあたって、魔法を使って自身の心を、気を偽る必要があった。それは、5年前の上官、ファロンの死があったからだ。ファロンは、シュウが内地で唯一敬った兵士であった。ファロンは今思えば秘密裏に何かを探っていた。ある時ファロンが何かの任務で城内に行くことがあった。限られた人以外が城内に入ることすら珍しい。ファロンがどういう理由でどんな任務で城内に行くことになったのか、詳しくは当時まだ内地に来て日の浅かったシュウには知らされていたなかった。

 ファロンは半日を終え、城内から戻ってきた。そして青ざめた表情でぽつりとシュウに言った。


「観られた」


 その数日後、ファロンは死んだ。単独任務中の事故死だと伝えられた。

 シュウは先のティータイムで、ルイーズの口調が変わった瞬間、魔力の波を感じた。それは魔力感知にも優れるシュウだからこそ感じた波であった。


ーーーあの時、ルイーズは俺の気を、心を観るために魔法を使ったに違いない


 それは最後の判断をするためだったのだろうと思った。シュウをもう一人の王族の女、イザベルの護衛兵にするための最後の面談だったのだろう。


ーーーなぜ俺が、イザベルの護衛兵に


 前日の城内での訓練を思い出す。シュウの魔法はルイーズともう一人の男の王族には受けていたが、イザベルはつまらなさそうにそっぽを向いており、顔も見られなかった。まあいい、と思った。何はともあれ、護衛兵になることができた。ふと自身の手を見た。季節外れの汗が手中にあった。自分もまた人間なんだなとシュウは思った。

 城内に引っ越すのに、3日の準備をもらった。トワイトに久しぶりに帰ろうと思った。ルイの顔がシュウの頭に浮かんだ。


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