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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ルイ・オルソン15 日常の意味的変化

 ルイの中で、外の景色が少しづつ変わりつつあった。職場の同僚も、上司も、街行く婦人も、彼らに人生があることを改めて意識した。嬉しいことや悲しいこと、悩み事があったり、それを乗り越えたり、ただ耐えたり、時間は巡りながらも人と関わりながら生きていた。みんな、強いなと思った。

 ルイはその変わらない毎日を、人と関わる人生を、時に耐えながら、時に傷つきながら、時に苛立ちながら、時に笑いながら、生きた。それは時に苦痛であり、時に喜びであった。

 夏の終わりが近くなっていた。仕事帰り、家のポストから何かがはみ出ているのが見えた。手にとり差出人を見る。


ーーーアリナ・ファロン


 見たことのある字だった。まさしくルイの知る、アリナの文字だった。どくんと鼓動がした。その場で手紙を開き、読んだ。


『オルソンさん、お久しぶりです。お元気ですか?』そんな至って普通の書き出しであったが、その見慣れた文字と、アリナの笑顔を思い出すと、ルイの表情は綻んだ。あれから3年が経っていた。文章は、その三年間の生活のことや、あと半年で学校が卒業であると書かれていた。ルイは、日々の忙しない生活の中で、アリナのことを思い出すことがあった。ルイが元気のないときに頭にふとアリナの笑顔が浮かんでくるのであった。手紙には、アリナの母であるファロン夫人のことは書かれていなかった。ルイの中で、やはりファロン夫人のことも時折頭に浮かんだ。それは特に通勤の時が多かった。大抵が、夫人がその後男に振られ、一人寂しく老け老いるという妄想出会った。もしくは、夫人がルイをご飯に誘い、ルイが苦笑いで断るという妄想であった。それはルイ自身からどうしても消えないどす黒い執念や恨みのようなものであった。妄想するたびに、ルイは頭を振ってかき消そうとした。しかしその妄想も、時間と共に減っていった。完全に折り合いがついたとも言えないが、心の中で収まる程度には消化し切れていた。

 アリナからの手紙は、忙しなく変わらない日常に抑揚を持たせた。そこから、文通が始まった。手紙が来ると、やっぱり嬉しかった。あの頃、アリナに勉強を教えていた頃よりもさらに、アリナへの思いが募った。


「ルイ・オルソン。いるか?」


 季節は秋になっていた。ルイは聞き覚えのある声にベッドから起きた。玄関のドアを開く。よくできた幼馴染が笑顔で立っていた。


「シュウ、久しぶりだな」


「なんだ、アルテとアルトはいないのか」


「幼児学校だよ」


 とルイは、シュウを家へ誘った。

 シュウは、軍の仕事が忙しく以前よりは回数は減ったが、ふらっと現れてはルイとおしゃべりした。

 シュウは出されたコーヒーを啜り、ルイに問う。


「どうだ、仕事は」


「ぼちぼちだな。日雇いじゃなくなったのが進歩かな」


 今日は休みだが、ルイは普段親方のもとで建築の仕事をしていた。親方との関係も良好で、仕事があるかぎり呼ばれるのでもはや日雇いではなくなっている。


 シュウは、ルイの様子、表情を、何か観察するように見て「それはよかった」心底そう思ったように言った。


「なんだ、気持ち悪いな」


「まあ気にするな。ところで」と今度は一転、シュウの表情が真剣になる。


「アルテとアルトは元気か?」


「いや、そんな真剣に聞かれてもだな。元気だよ。この間4歳になった。幼児学校でもみんなと仲良く、でもないか」


「みんなと仲良く、でもないのか」


「アルテがマイペースだからな。周り気にせずひょこひょこ興味のある方へ行くんだと。アルトは慎重というか、一人になりたくないもんだからアルテに恐る恐るもついていくんだが、だから二人で行動してることが多いんだと」


「まあ双子ってのはそんなもんだろ」


「お前双子じゃないだろ」


 ルイが突っ込むと、シュウはケタケタと笑った。


「そういえば、アルテとアルトは魔法検査は受けたのか?幼児学校に入ると受けさせられるだろう」


「ああ、受けたよ」


「どうだった?」


「アルテとアルトの魔法検査か?まあ平凡だったけど」


「平凡?」


 とシュウは眉根を寄せた。


「平凡だよ。なんで気になるんだよ」


「いや、なんでもないよ。ノエルが魔力がなかっただろう。それで小さい頃いじめられたりもしたから、平凡でも魔力はあるに越したことはないな」


 シュウの従者である大柄の女ノエルは、魔力がなかった。それは子供達の中においていじめられる要素となった。


「まあな」 


 とルイはノエルのことを思い出した。寡黙で、ルイがシュウと無茶な遊びをしようとするといつも決まってルイはノエルに睨まれた。ノエルは魔法は使えないが、剣術に優れており、しかも威圧感があり苦手だった。


「アルテのやつが、時々どっか行くんだよ。それだけは困ってるな」


「どっかって、どこだ?」


「ふらっとだよ。アルトがついて行ったりするんだが、アルテは怖いものなしだから」


「おいルイ」シュウは、凄むようにずいっとルイに顔を近づける。


「な、なんだよシュウ」


「ちゃんとアルテとアルトを見ておけよ。ルナさんに託されたんだろう。それに、昔から言われてるだろう」


「子供攫いに気をつけろってか?俺らの同級生にもいたな、一人。ほら、初等学校に入る前に行方不明になったやつが。ピーターなんちゃらだっけ」


「ピーター・オルドリッチ。いいやつだったよ」


「シュウ、そんな仲よかったっけ」


「とにかく気をつけろよ」


 シュウが念を押すように言った。

 澄み切ったように晴れていた空が、今は轟々と音を立て雲で覆れている。


「降り出す前に帰る。頑張れよ、ルイ」


「ああ、お前もな、シュウ」


 シュウはオルソン家を出た。

 しばらくして、雨がぽつぽつと降ってきた。

 ルイは、窓の外の空を見ながら


ーーーあいつ、家に帰れたかな。傘、渡せばよかったな


 とシュウを思い、思った。


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