ルイ・オルソン14 変化
全てが演技めいていた。一挙手一投足、思考も含めて、偶像のルイ・オルソンを作り上げ、その演技をしていた。誰も興味のない、誰も見ていない虚構の中で。過去を餌に、それは身近な人の死すらも餌にし、演技に酔いしれた。他者の中にルイ・オルソンという偶像があると信じるまでもなく信じて、その偶像を守るために人に臆病になった。はなから自身を受け入れてくれる存在、つまり母やシュウ以外と向き合うことをしようとしなかった。しかし、ルイの中で少しづつ、ルナの死により役割ができたことで、心境の変化が現れ出した。
アルテとアルトがいた。ルナから託された、純粋無垢な赤子。少しづつ成長していく、気づけば歩き出し、言葉を喋り始めた。自分が、守らなければならない存在。アルテがこけて泣いている。何か悲しみが押し寄せる。痛いだろう。かわいそうに。アルトが熱を出して泣いている。しんどいだろう。かわいそうに。死なないで。助けてあげたい。ルナも、アルテとアルトの成長を見たかっただろう。悲しみ、痛み、喜び、全てを包み込んであげたかっただろう。突如として涙が出た。それはようやく出た、ルナの死に対する涙であった。
アルテとアルトは、3歳になっていた。
「ばあばはいつ帰ってくるの?」
ある朝のこと、アルトが不安げにルイを見て言った。
「大丈夫、昼には帰ってくるよアルト」
ルイは、あくびをしながら答えた。
テレーザは早朝勤務で、今日はルイが休みだった。アルテとアルトを見ないといけないのだが、アルトがわんわんと泣き出す。
「ばあばがいない、ばあばがいない。ばあばどこ?」
アルテは、そんなアルトを慰めるように頭を撫でている。
アルトは特におばあちゃん子で、テレーザが朝いないとよく泣いた。うるさいなという気持ちと、アルトの悲しみの気持ちもルイに流れてくる。ルイは、紙を取り出すと何かを書きなぐ流。
「アルト、これをみろ!」
「ひっく、なあに、これ?ルイ」
とアルトは紙を見た。紙は雑な地図で、最後のところに×が書かれている。
「この×の場所に、なんと」たっぷりと溜め、アルトとアルテの注目を集めてから言う。
「お宝が隠されています!」
「ルイ、オタカラってなに?」
「アルテ、お宝だ。とにかくすごいもんだ。今からそれを探しに行くぞ!」
アルテとアルトの目が輝く。
「さあ、隊長についてこい!」
ルイはお金をポケットに、二人を従え家を出た。
「さて、まずは腹ごしらえだな。マーケットに行くぞ」
「うん!」と二人は返事をすると、ルイの右手と左手をそれぞれ握った。
朝のマーケットは人が多かった。適当な雑貨露天が並んでいたり、精肉を取り扱う一角は匂いがキツく、皮の剥がれた鳥が吊るされていたり。野菜やフルーツを置いている露天が集まっている。フルーツジュースを買い、「分けるが良い」とルイは気取ったように言った。二人が喧嘩しながらも交互に飲んでいる。そういえばと思い出す。小さい頃たまにマーケットに連れて行ってもらったことを。父と行くことが多かった。露天の時々にお菓子やジュースを買ってもらって、歩きながらただ父について行っていた。それがとても楽しかったなと懐かしく思う。
「まだあるのか」
階段を3段登った露天の集まりの途中に、ヌードルのお店があった。
「あそこで食うか」
ボロい木のカウンター席に座り、「チキンパッチョイ3つ」とオーダーを済ませる。無邪気にも両脇に、アルテとアルトが座る。
「はいよ、3つね」
頼んですぐ、おばさんが麺の入った皿を持ってきた。
「ありがとう」とアルテとアルトは言った。
おばさんは、笑顔で次の客へと向かう。
ルイはチキンパッチョイを啜る。ガーリックの効いた鳥で出汁をとったスープに、白い細麺である。うまいな、と思った。繊細さや濃厚さがあるわけではないが、食欲がわくしあっさりなので朝からでも食べられる。アルテとアルトも、夢中で食べている。
朝飯を済ませ、マーケットをぐるりとまわり終え、トワイトの北にある森へと入っていく。木漏れ日は柔らかに、そして砕け、森の道をまだらに示している。よくシュウと散歩にくるところだが、二人をつれてくるのは初めてだった。アルトは何をするにも慎重で、ちょっとした段差にも時間をかける。アルテは先先行く方で、目に入るものをことごとく「ルイ、あれはなあに?」と質問した。
「おっと、ここから先は魔の森だ。恐ろしい魔女が住んでいると言われている」
怖がらせるように、ルイは言った。
その先に池があり、実際昔から、池の先には行ってはいけないと言われていた。
「ルイ、は、早く帰ろう」
と手を強く握るアルトに対して「なんで魔女がこんなとこにいるの?」とアルテは怖がる様子はなくルイに訊ねた。
「え?えっとだなあ、それは、なんだ、恐ろしいからだな。逃げるぞ!」ルイが走り出す素振りを見せると、流石にアルテも「ルイ、ルイ!」とルイの手をぎゅっと掴んだ。
町をぐるりと周り、今度は家を超えてトワイトの南にあるフィニス山脈の方へと向かう。というのも、まだお昼までもう少し時間があったため、ルイが遠回りの道を選んだためだ。トワイトやキャトルから遠くなるこっちの森は、全くと言っていいほど人が来ない。オルソン家はトワイトの最南端にあるが、ルイもまた、この森、さらに南のフィニス山脈の方へと行くことは全くと言っていいほどなかった。フィニス山脈の頂上は、分厚い雲で見えなかった。森にも影が覆い、3人は不気味な森を歩いた。
「あれ、なあに?」
アルテが指さした。木々の開けた場所に、1メートルほどの古い石碑があった。周りの草木に埋もれそうになっている。
ルイは昔の記憶を呼び起こす。幼き頃に父とこのあたりを歩いた記憶。
「お墓だよ。確かーーー」
父の言葉を思い出す。
「ルート王国の兵士が眠っているって」
お墓と聞いて、アルトはルイの後ろに隠れた。
アルテは気にせず訊ねる。
「ルートって、お山の向こうの?」
「そうだね。フィニス山脈の向こうにある大国さ」
「なんで、ここにルートのお墓があるの?」
「昔むかし、ずっごい昔に、ルート王国とキエロ連邦で、戦いがあったんだよ。だからかな」
曖昧な歴史を思い出しながら、多分そのお墓だろうとルイは言った。
その時、ルイのお腹がグーっとなった。
「帰るか」
3人は家へ帰っていった。太陽は頂点にあった。お宝のことなどとうに忘れていた。家に着くと、ちょうどテレーザが帰ってきたところだった。アルトが走ってテレーザの方へ向かう。
「あんたたち、どっか出かけてたの?ご飯は食べた?」
「まだ。腹へった」
とルイは子供のように言った。




