ルイ・オルソン12 帰郷
「合格したよ!」
アリナが満面の笑みで言った。先日受けていた高等学校への試験のことである。
「よかった。頑張ったね」
とルイは笑顔で返した。 あの日の後、そのままトワイトへ帰ろうかとも思った。だけど心に引っかかりがあった。アリナの試験がすぐだったからだ。このまま帰ったら、無責任なやつだと思われないだろうか。結局ルイにとって、相手の中にあるであろう自身の偶像を守ることが何よりも優先された。夫人とは最低限の会話に止めた。だから何かを強く言うわけでもなく、愛想良く挨拶はした。何度か勉強を教えにきて、そしてついに今日進級試験の合格がわかった。
「ありがとう」
ルイは、アリナに言った。
「何言ってんのオルソンさん。ありがとうは私が言わないと」
とアリナは笑った。
ルイは、アリナを何か女神を見るように見た。勉強を教えにくるのは、楽しかった。アリナはユニークで、その純粋な笑顔はルイに癒しを与えた。人として、彼女を尊んでいた。高等学校へいくことができれば、彼女もまた新たな出会いと共に成長していくだろう。ルイは寂しさを感じながらも、やはり自分の役割が終えたことにほっともした。
その日は、次の勉強の日を決めることなくファロン家をあとにした。キャトルで借りている部屋に戻った。荷物はすでにまとめてあった。と言っても、大きめのリュックが一つだ。窓の外は暗くなっている。少し寝て、夜の便でキャトルを出よう。ルイはベッドに寝そべった。母や姉、アルテやアルトの姿がルイの脳内にあった。ひどく懐かしく、とても温かい感覚があった。
ちょうど荷物を背負い、部屋を出ようとした時だった。扉をノックする音があった。高揚があった。それは性的なものではない。強い衝動だった。
扉を開けると、ルイの思い描いた通り、ファロン夫人だった。
「オルソンさん、どうしましたの?」
「すみません伝えられず。もうトワイトへ戻らなければいけなくなって」
「そんな急に」
「手紙で伝えようと思ったのですが。勉強も一区切り着きましたし、通行証の期限も近いですし」
「なら、またすぐ戻ってきてくださるの?」
懇願するように、ファロン夫人は言った。ルイは、やっぱりかわいいなと思った。その大きな目元、膨らんだ胸、媚びるような上目遣い。どうしても欲情してしまう自分がいた。それに嫌気がさしながら思う。
ーーーそうやって、他の男にも媚びてきたんだろう
自分もその他の男と同じことに、虚しさをも覚えた。
「いえ、とりあえずは戻れないかと。お金もないですしね」
とルイは自嘲と、蔑みをこめてヘラヘラと笑った。
ファロン夫人は、途端に目つきをかえ
「助けてくれるとおっしゃったのに。そうですか」
と冷たく言い放った。
ルイは、ファロン夫人を見下げるようにヘラヘラと笑いながら言う。
「大丈夫。あなたなら助けてくれる人がいるでしょう」
普段ファロン夫人に取り繕った言葉しか言わなかったルイが、強い衝動のまま、言葉がでた。
ーーー自分は傷ついていない。あなたを恨んでもいない。仕方がないことだった。
あの日の夜以来、そう言い聞かして、ファロン夫人とも愛想良く接していた。そう自己欺瞞的に取り繕うことで心を保っていた。しかし、衝動のまま言葉を発した瞬間に、ルイは何かを思いっきり殴りつけたかのような快感を得た。
ファロン夫人はルイの態度を見て、
「そうですか。さようなら」と背中を向けた。
ルイは、快感のままに、背中を向けた夫人の横をさっと通り過ぎた。
「本当に行ってしまうの!?ねえ!私が悪かったわ。本当よ。ダメな女よ。本当にごめんなさい。オルソンさんがいないと、私、、、」
夫人の言葉に嘘はなかった。本当に、心からそう言っていた。ルイにもそれはなんとなくわかった。弱い人なんだ。だから魅力的で、だから、ルイの心を今なお締め付けた。だけど、ルイ・オルソンという人間では、ファロン夫人を満たすことも、夫人に耐えることもできない。ルイは、
「僕ではない。耐えて、頑張っていれば、あなたならまたいい人が現れる。アリナさんを大切に、思ってあげてください」
とキザに自分に酔いしれるままに言い、その場を去った。
弱い人間と弱い人間の、一時の慰め合いだった。
トワイトへの帰り道、それでもルイは、自分は何か変わっただろうかと、少しの達観を感じながら揺られていた。




