シュナと休日特訓に勤しむ。
微かな視界。赤いもやがかかってる。そして、大きな光。目を開けられないほどの。次に、突風が吹く。俺は、体を吹っ飛ばされる。待って。待ってくれ。誰かがいるんだ、光の先に。苦しい。俺は何もできない。俺は、勇者じゃないから。
「おい、なにうなされてんだ」
声?誰だ。眩しい。そうだ。この光の先に、俺の探していた誰かが。
無我夢中で手を伸ばす。ぱちくりと目を開ける。
「ようやく俺を女だと認識し始めたか?」
ポックがいた。俺の伸ばした手が、ポックの胸を触っている。
「ば、お前を女なんて、こんな小さい」
「小さくて悪かったな!」
とポックに頬を叩かれた。
目覚めの悪い朝である。
ーーーーー
朝食を簡単に済ませ、寮を出る。柔らかな陽光が気持ちいい。いつもよりも静かな通学路を歩くのは、また気分が違う。人気のない校舎を過ぎると、室内闘技場が見えた。解放された扉から、音が聞こえる。がらんどうの闘技場で、紫の髪を束ねた戦士が一人、剣を振っている。
「ああ、カイ、おはよう」
シュナは手を止め、言った。汗がほとばしっている。いつからいるんだ。
「おはよう。今日は休みだぞ」
「カイこそ、休みの闘技場で何をするの?」
「いや、まあそうなんだが」
俺はわざとらしく頭を掻いた。
体をほぐし、型でもしよう。
自主訓練は剣さえ振ってればいいと思っていた俺だが、シュナの特訓風景を見ていて考えを変える。演習で習った基礎魔法力を上げる訓練やチャクラムの操作訓練も行っている。俺がそのことについて問うと
「剣だけじゃなくて、魔法に頼ることが多いと思うから、やっぱり魔法の訓練はしときたいかなって」
と答えた。そりゃそうだな。
「そうだ、身体強化の魔法なんだが、なんかいいこつみたいなのはあるか?」
アルテほどヒールに特化しているわけでもない俺は、やはり身体強化にもよせたい。器用貧乏感あるが。
「うーん、わかりやすいのは握力かな。リュウドウくんが演習のとき隣でやってたんだけどね」
とシュナが闘技場の端っこへ向かったので、俺もついていく。
これこれ、とシュナが指差す。握りこぶし大の石が、いくつも置いてある。
「これを魔法なしで握っても、なにも起きない。でも、身体強化させると」
とシュナが石を握る。石にヒビが入る。
「最大魔力を使えば粉々になってしまう。それをあえてヒビが入る程度の最小限の力で魔力をとどめていくつもひび割れを作るように、って。手や足先の強化が結構難しくて、これが一番練習になるらしいよ」
魔力全部使っても粉々になるとは思えんのだが、まあリュウドウやシュナみたいな天才と俺を比べても仕方がない。
「とりあえず、ヒビが割れるように練習してみるよ」
石を握る。手に力を込める。これに、魔力を乗せる。が、なにも起きない。
わからん。ヒールのときは、手をかざし、魔力を込めてその修復を助けるイメージ。それを応用して。
いや、わからん。
「うーん、ヒールと根本は同じだと思うんだけど」
とうんともすんとも言わない俺の手の中の石に、シュナも悩ましげ。
根本は同じ。ヒーラーは、身体強化魔法に分類されている。細胞の活性化なども行うからだ。ただし、普通の身体強化と違うのは、聖なる魔法力があるとのこと。魔法の色が他と違うとかなんとか。その活性化部分の魔法をこの手に込めればいい。他者を回復させることとはまた違う。自己の強化なので、自己の回復と近い。回復魔法の場合、他者にかけるよりも自己に魔法をかけるほうが難しかったりするのだが。
そうか。
「根本が同じ、そうだ、サンキューシュナ」
俺は走りだした。魔法演習のときのように。アルテはいないが。
一人だと張り合いがないというか、やっぱりだれる。競争相手もいないランは本当に孤独な戦いである。しんどい。昔母親が唄っていた曲が延々とリピートされる。長い。ようで、走りきってしまえば短い。
荒い息を整えながら、自己にヒールをかける。全身の体力が回復していく。その意識を、魔力を右手に集める。そして、石を思いっきり掴む。おお、石が、ひび割れ、そうで割れない。
「カイ、私の腕を強く握ってみて。今みたいに魔力を込めて」
「いいのか?」
「うん」
言われた通りに、シュナの腕を強く握る。
やばいかな。にしても鍛えているだけあって筋肉質だ。
「だ、大丈夫か?」
「はあああ、回復した!」
「ダメじゃん」
と元気そうなシュナを見て、俺は落胆する。いや、元気な方がいいんだけども、複雑な。
「ごめんごめん、私が間違えてた。カイの魔力は聖なる力を宿しているわけだから、魔法を込めた自分の手で何かを壊すことはできないんだよ。手の強化で魔力を集中させても、それが漏れでて修復にいっちゃう」
「無機質の石にもそうなるのか」
そばに置いてあったひび割れた石にヒールをかけてみる。
変わらない。
「ダメか」
「いや、ほら、ここ」
ひび割れ部分の、ほんの少しであるが、修復されている。しかし、人や動物を回復させるのとは全く大変さが違う。
「有機物の方が回復が早いな」
「聖なる魔力は、負の力に対して正の力をもって癒しを与えることができる。そして、万物には、土にも、石にも、全てに何らかの力がある、と考えられている。それを神と考え、万物に神が宿る、という人もいる。だから、無機物に対しても全く効果がないとはいえない。この世界を作ったといわれる神様は、聖なる魔力を持っていた、とも言われているよ」
「シュナ、お前、ただの剣馬鹿じゃなかったんだな」
意外にも博識である。というか、ヒーラーの俺が知っとかなければならないことか。
「失礼な!とにかく、壊すこと、それが負の力だとするなら、カイが魔法を使って直接何かを壊すことはできない」
「ど、どうすればいいんだ!」
八方ふさがりである。
「ヒーラーの条件は、聖なる魔力と、それと、身体強化魔法。つまり細胞の活性化。だから、剣を持てばいいの。直接魔法で壊さなければいい。細胞の活性化を回復ではなく、筋強化に繋げる。剣を早くふる、力強く振る、とかならできる」
「その通りだ、シュナ」
背後からゆっくりと現れたのは、グラス先生である。
「先生!」
「おお、休日に、おはようございます」
「今日は休みだ、そんなに畏まらなくてもいいぞ、カイ。ヒーラーは聖なる魔法力によって癒しの力を与え、かつ細胞の活性化も行う。が、なぜかその回復の応用で筋強化をする、ということが苦手なものばかりだ。しかしカイ、お前の適性を見るにどちらもバランスよくできるのではないかと考えている。そこで、ほれ、これを使え」
グラス先生が取り出したのは、大剣である。大剣のなかでも、一番大きいんじゃないかこれ。
「重いですね」
片手でこの大きさは扱えない。
「盾を使う片手剣スタイルだったな。この大剣は魔力なしなら片手で振るのは難しいだろう。筋強化の訓練として、それを振ってみろ。まずは、魔力なしで持ち上げてみろ」
言われた通り、大剣を片手で持ち上げてみる。
重い。
「どこの筋肉を使うか、なんとなくわかるだろう」
確かに。腕だけではない。背筋、腹筋、なんなら下半身の筋肉も使う。
「その重点的に使う部分を魔力で強化すれば、なんなく持ち上げられる」
なるほど。腕と背中かな。その辺に魔力を込め、持ち上げる。
「ん?なんか、変だな」
なんか固い。体が。さっきよりも簡単に持ち上がるには上がったが、素早く触れる感じがない。
「まあすぐには難しい。体のどの部位を強化すればいいのか、何度も振って直接覚え込ませた方がいい。流れるような魔力コントロールにも繋がる。あと、休むのも大切だから、今日は午前だけで終わりにしろ」
「ありがとうございます、先生」
「まあ、頑張れ。シュナもな」
「はい!」
グラス先生は、去っていった。
わざわざ大剣をもってきてくれたということは、随分前から覗いていたのか。
魔力を込め、大剣を振る。回復とはまた違う難しさがある。体の動きに応じて魔力をスムーズに移動させるのがなかなかうまくいかない。細かいコントロールが本当に、なんだろう、いらいらする。しかし、20分、30分と続けていると、その苛立がちょっとずつ快感になってきてたりする。mの素養があるな、うん。にしても、魔力消費が激しい。集中力も半端なく使う。回復よりも慣れてない分そうなるのだろうか。まだまだ魔力コントロールが下手なのだろう。
「いつものやつ、振ってみる?」
疲れて座っていると、シュナが剣を持って来た。大剣でなく、いつもの片手剣用の方である。
左手に盾、右手に剣を持つ。軽い。魔力を込めて見ると、さらに軽く感じる。いつもの型を行う。早い。魔力を込めると、こんなにも違うのか。
「身体強化のいいところは、魔力消費を調節できるところ。魔力を大きく消費して一時的に強くすることも出来る。逆に、一定にしぼって魔力消費を抑えて、長時間強化することもできる」
なるほどね。そういえば、シュナには身体強化と、もう一つ特殊魔法があったな。
「シュナの特殊魔法は一気に魔力消費してるのか?あの息を大きく吸い込むやつ」
「あれは、身体強化ではあるんだけど、魔力消費だけでなく、体もかなり負担になる。その分瞬間的に力がでるんだけど、頼りすぎると後が大変だったり」
「いざというときの切り札だな」
「そうだね。えっと、いけたらでいいんだけど、最後に軽く打込みとか、どうかな?」
「いいよ、まだ魔力もちょっと残ってるし、訓練になる」
「ほんと!?やった!」
とシュナは、爛々で倉庫に向かい、魔造刀を持って来た。ふふふ、愛いやつよ。
「いくよ!」
「おう!」
まあ、勝てないんだけどね。
ーーーーー
手を止めると、闘技場内は驚くほど静かだった。俺とシュナの荒い息づかいのみが残る。変な意味ではない。
ふと疑問に思ったことを訊ねる。
「シュナは、なんでこんなにも頑張ってるんだ?」
「へ?」
「ああ、いや、もう一番強いのに」
「一番ってことないよ。リュウドウくんとか、カイとか、ロゼもだし、チョウライさんも」
チョウライってのは、隣のクラスの女生徒である。お団子頭で、不思議な棒を武器に使う。アルトと同じ、その特殊武器に魔法を込めて戦う。剣技演習の初日に体調不良で早退した子だ。
「いや、俺はないが。まあ、なんだ、なんで頑張るって訊くのも変な話だけど、なんでかなあと」
質問しといてなんだが、なんで頑張ってんのって質問は変か。
「うーん。なんか、私のいたオークター地方って山手でさ、本当、ゆっくりと時間が流れてたというか。人も少なくて。こっちにきて、すごい人と会って、あっという間に時間が過ぎて。そう、あっという間。時間って過ぎるんだなって思ったとき、焦りみたいなのが生まれて。頑張って、もっと頑張らないとって。でも、本当に、そうだな、なんで頑張ってるんだろう」
「あ、いやあ、すまん、軽く訊くことでもなかったか」
「カイは?カイはなんで頑張ってるの?」
「へ?」
とシュナと同じ反応をしてしまう。この間のポックの気持ちがわかった。
「何、馬鹿にしてんの?」
「してないよ、してない。俺は、あれだ、あれ」
「せこい!私はまじめに答えたのに!」
「そうだな。俺は、ほら、勇者だ勇者だと言われてるけど、本当は勇者じゃないんだ。魔王の復活が阻止されたある場所にいたのはたしかなんだが、その以前の記憶はないし、その時の記憶も曖昧だ」
「みんながカイを勇者だっていってるのは」
「まあ、なんだ、当時ヒーローが欲しかったんだろうな、世間的に。祀り上げられたんだな。それでいいこともあったし、大変なこともあった。でも、俺は、微かに残る記憶で覚えてるんだ。光の先に、誰かがいたことを。俺は、勇者じゃないし、その誰かを探したい。もし魔王がまた復活するなら、その誰か、つまり真の勇者を探さなければいけないと思ってる。だから、俺は勇者ライセンスを取って世界を廻りたいんだ」
「カイ」
「なんだ?」
シュナが俺の手を握る。
「すごい、本当に感動した。しっかりとした目的があって頑張ってるんだね。私は何も知らずに、のうのうと」
「いや、そりゃ知らないだろう。今話したばっかだし」
「頑張ろう!一緒に。私も、よくわかんないけど、頑張る!」
「おお!」
なんか俺も頑張ろう!
闘技場を出ようと、立ち上がる。疲れで足がもつれる。
「わ、す、すまん」
前を歩いていたシュナに覆い被さる形で、倒れる。顔が近い。やばい、早くどかないと。
「ううん、だいじょ」
そのとき、シュナの声をかき消さんばかりに、闘技場の出口から大きな声が響いた。
「か、カイが、シュナをおおおおおお!」
赤い髪の毛が舞っている。五月蝿いやつに見られた。
「違う、違うって、今こけたんだ、馬鹿!」
「あんたねえ、異性不純交流よ!室長として見逃せないわ!」
「違うの、ロゼ、たまたま」
「なんだなんだ、カイとロゼが何かあったのか?」
ポックが現れた。
「カイが?珍しいな」
とリュウドウが相変わらずの朴訥とした声とともに顔を出す。
「カイくん、そんなことを」
「ロロまで!違うって、もう、ていうかなんでこんなにいるんだ!」
俺の問いに、ポックが答える。
「ああ、お前迎えにいこうと思ったらばったりロゼと会ってよ。飯行こうぜ、飯!街に繰り出すぜ!」
そうだ。今日は休みか。
俺の隣で、お腹が鳴った。いつもならリュウドウなんだが、今回はすぐ隣から聞こえた。
シュナが顔を赤らめる。
「はあ、あんたは本当に、なんというか」
ロゼが飽きれる。
「シュナも腹減るだろそりゃ。なあシュナ?」
ポックのことばに、シュナは「へへへ」と頭を掻いた。
一陣の風が吹いた。強く、心地よい風である。日は天辺にあった。




