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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ルイ・オルソン⑩

 ルイがキャトルへ戻って半月が過ぎた。ルイは日雇いではあるが、時々仕事にでるようになった。お金のため、それはやはり、いつかキャトルへ戻った時にファロン夫人と仲良くするため。だから耐えられた。だから仕事に出るというルイにとってはとてつもなく重たいその一歩を踏み出せた。仕事場での人との関わり合いは、その日の仕事のための、最低限のコミュニケーションで済ませた。他者への無関心は、ルイに強さを与えた。頭にはやはりずっと、ファロン夫人との行為があった。

 母テレーザは、そんなルイの変化に心配もしたが、やはり引きこもらずに働きに出ていく息子に喜びを持った。姉のルナのお腹は今にもはち切れそうなほど膨らんでいる。性格は変わらず口うるさく、ルイにあれこれと言ってくるが、ルナもまた働き出したルイに「頑張りなさいよ」と弟の変化を快く受け取った。

 働き始めると、夕食が美味しく感じた。たまの休みがうれしく感じた。それは今までにないことだった。ファロン夫人への情欲は変わらずあった。キャトルへの通行証を得るにはまたシュウを頼らなければならない。が、ファロン夫人との一夜があって以降、シュウとは会っていない。もちろんシュウにファロン夫人と情事があったことは告げていないが、なんとなく会いにくくなった。シュウといるときの自然体な自分を忘れてしまっていた。

 ルイがトワイトに戻ってきてひと月が過ぎた頃、とうとうルナが出産した。ルイが仕事から帰ると、あっけなくというか、すでに生まれていた。男と女の双子の赤ちゃんだった。ルナは赤ちゃんに、ルイが今まで見たことのない優しい眼差しを向けていた。その態度は出産後にもかかわらず落ち着いたもので、あの姉がこんなに老成していることにルイはなんとなく寂しさを覚えたりした。


「女の子ならアルテ、男の子ならアルトよ」


 出産前から、なぜか自信満々にそう告げていたルナは、男女の双子にそのまま名前をつけた。

 双子の赤ちゃんは、可愛かった。眺めていて飽きない。延々と見ていられた。思ったより泣いたりもしない。だがルイにはそれ以上の感情はなかった。寝る前にはいつもファロン夫人との妄想に耽った。いろんな夜の営みを妄想しては、欲情のままに眠った。時にその妄想は、ルイがキャトルへ行き、都合よくうまく仕事が見つかり、ファロン夫人と結婚し二人が幸せになるものもあった。

 そうしてまた2ヶ月が過ぎる。赤ちゃんが泣き出すことが増えた。姉のルナは、決して苛立つことなく赤子の世話をしていた。ルイはそんな姉を見て、本当にお母さんになったんだなと思った。ルイ自身は、赤ちゃんが泣き出すとすぐに自室へ戻った。めんどくさくなれば、姉や母がみればいい。ルイはベッドに寝そべる。天井は変わらずあった。


ーーーこの家を、この部屋を早く出ないと


 定期的に思うことだった。だが、結局ルイは大きな行動をせずに日々を過ごしていた。仕事へ行き、赤ちゃんを眺め、ファロン夫人との妄想で1日を終える。


「ルイ、あんた宛よ」


 ルナがルイに一通の手紙を渡した。テレーザは仕事でおらず、アルテとアルトは並んで眠っている。


「おう」


 と冷静を装い手紙を受け取る。本当は高揚していた。すぐに部屋に戻り手紙を読んだ。手紙はルイが期待した通り、夫人からだった。夫人が書いた文だと思うと、それだけで興奮があった。内容は、アリナがまた勉強に悩んでいる、オルソンさんに来て欲しいと言っている、とのことだった。ルイはすぐさま立ち上がり、役所へと向かった。高揚のままに、キャトルへの通行証を得る方法を役所で訊ねた。役所では以前の通行履歴が調べられ、「3ヶ月前に通行歴がありますね。ああ、オーツさんのご友人なのですね」と言われた。前回の通行証を得たときの保証人がシュウ・オーツとなっており、シュウは役所に置いて信頼度の高い人間であった。5日後には通行証が発行できると言われ、なんだそんなに簡単に貰えるものだったのかとルイは拍子抜けしたりした。すぐさまファロン家へ、キャトルへ向かう旨返信を書いた。今回は、数ヶ月とはいえ日雇いで稼いだお金が溜まっていた。興奮のままに3日が過ぎた。テレーザの言葉もルナの言葉も耳に入らなかった。シュウに知らせることもなく、ルイは再びキャトルへと向かった。秋の空が高くあった。


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