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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ルイ・オルソン⑦

 勉強が始まって10日が経った。


「この前ママとお出かけした」


 アリナは問題を解きながら、言った。


「どこへ行ったんだい?」


「キャトルのお店。服買ってもらった」


 とアリナはペンを置いて後ろの棚をゴソゴソと漁り始め「これがオーバーオールで、あとこっちのシャツも買って

もらった」と服を広げ始めた。


「とても似合いそうだね」


「そうでしょ?オルソンさん」


 とアリナは小さなエクボを作り笑い、さらに服を広げようとする。

 その笑顔に癒されながらも、このままではいつものごとく脱線してしまうと思い、ルイは言う。


「待って、待って、勉強終わってから」


「はいはい」とそれでもアリナは表情を緩めたままペンを持った。


「その後ママとランチに行った」


 と先日はファロン夫人との1日を非常に楽しんだようで、アリナは勉強中ことあるごとにママとのお出かけのことを話した。ふとルイは自身の母親との関係性を思った。12、3歳の頃、母親と出かけるのは気恥ずかしさがあった。性別の違いか、いや、姉のルナはその頃から友達と遊んでばかりで家族で出かけることをすっぽかしていたりしたな、とルナの奔放さを思った。今の今まで、姉と母のことを忘れていたが、ルナの子供はどうなっただろうかと興味の徒然に思った。

 休憩時間になった。その時間、ルイが散歩に出かけることはなくなり、アリナと喋る時間になっていた。


「これ買ってもらったやつ。このパンツと合わせる」


 とアリナが嬉々として買ってもらった服の紹介をしているとき、ファロン夫人がドアをガチャリと開けた。開口一番、勉強のしている様子のないアリナに


「アリナ、何してるの」


 と言った。

 ルイは、ファロン夫人の姿にどきりとした。ゆるくパーマがかかった髪の毛、耳元の大きめのイヤリングは色っぽく、薄手のロングスカートはしなやかに艶かしかった。白い袖の短いシャツからはむっちりとした二の腕が覗き、胸が強調されたように膨らんでいる。まつ毛がくりんとカールしており、大きな目が一層大きくとろんと見える。近くに来ると、何か甘い香がした。ルイは上がる心拍をなんとか抑えながら、何か言い訳するように「すみません、今は休憩中でして」と言った。


「ママが昨日選んで買ってあげた服じゃない」


 ファロン夫人は、アリナが持っている服を見て嬉しそうに言った。


「オルソンさんに紹介してた」


 アリナは答えた。


「よく似合うでしょう?オルソンさん。この子、スタイルだけはいいから、それに合わせてみたの」


「ええ。とても合ってますね」


「ああ、それでですね、オルソンさん、今日は夕飯の予定はありますか?」


 ルイは弾む心を隠しながら


「いえ、特には」


 と冷静に答えた。


「夕飯作ったの。うちで食べて行ってくださらない?」


「えっと」


 とちらりとルイはアリナを見た。アリナはルイの方を見て答えを待っている。


「ぜひ、いただけるなら」


「ああよかった。私ちょっと出かける用事がありまして、アリナ、ちゃんと料理温めてお出しするのよ」


 ファロン夫人の言葉に、アリナはイジけたように「わかってる」と答えた。


ーーー出かける用事


 ルイの心が一瞬で凍る。その大きな目元が、厚みのある唇が、いつもより大きめのイヤリングが、丸みを帯びた肩が、むっちりとした二の腕が、白いシャツにぴたりと張り付いた胸が、薄手の長いスカートにできる陰が、にこりと笑ったファロン夫人が、より一層艶かしく、より一層麗しく、より一層エロティックに映った。そしてルイにどんよりととめどない、暗澹たる興奮が押し寄せた。それは、初めて体験する興奮と欲情であった。

 ファロン夫人が出かけると、ルイは、一種の放心状態からアリナの言葉にはっと覚めた。


「休憩、終わるよ。大丈夫?」


 アリナが上目遣いで、心配そうにルイを見ている。


「あ、ああ、すまない」


 頭を振って勉強に集中しようとするが、ルイの頭にどうしてもファロン夫人の姿が現れた。今どこで何をしていて、それはやはり男がいるのだろう。それは俺よりもカッコよくて、お金もあって、そしてあの身体に触れているのだろうと思うと、ルイにまた暗澹たる興奮が寄せるのであった。

 それは勉強が終わり、アリナとご飯を食べているときにもあった。アリナの話に相槌を打ちながらも、どうしてもファロン夫人のことが頭から消えなかった。


「お水、もっといる?」


 アリナがルイに言った。


「ああ、ありがとう。よく出かけるんだね、お母さんは」


「好きにしてって感じ」


 とアリナはわざと突き放したように答えた。ルイは苦笑いを作って、もらった水をごくりと飲んだ。

 アリナはモグモグと夜ご飯を食べている。13歳の女の子にしては恥じらいがなく、食べっぷりがいい。それだけ自分に心を開いていることに、少しルイは喜びを覚える。


 アリナが手を止め、ルイに訊ねる。


「オルソンさんは、いつも夕飯どうしてるの?」


 アリナの問いに、ルイはさらに喜びを覚えた。自分のことを質問してくれている。興味を持ってくれている。


「こっちでは適当に食べてるよ。友達と飯行ったり」


「キャトルでは?」


「実家に住んでるから、母親が作ってくれてる」


「キャトルで仕事は何してるの?」


 アリナは興味津々とルイを見て質問をする。


「今はね、向こうでは無職ですよ。ええ」


 と苦笑いでルイは答える。

 アリナは唖然と「だめじゃん」と言った。


「ええ、はい、ほんと、そうですよ」


 と切り口上でルイは答えた。

 アリナは「オルソンさんなら大丈夫、がんばれ」と言い、また大きな口を開けてモグモグと食べる。


「言葉が軽いね」


 ルイが言うと、アリナはブフッと笑い、口の中の食べ物を出さないよう口元を抑えた。何かツボに入ったようで、お腹を抑えて苦しそうに笑いを堪えている。


「楽しそうで何より」


 と言い、ルイも大口を開けてもぐりと食べた。

 アリナは、なんとかごくんと食べ物を飲み込んだ。そして声を出して笑い、「はははあは、はあ、はあ、笑わさないでよ」と水を含んだ。そうだ、と思い出したように言う。


「ベスちゃんがこの前家族でルーツの広場に行ったって。めっちゃ楽しかったって言ってた」


「ポトイ川沿いにできたっていう広場かい?」


「うん。そうだ、オルソンさん、今度の休みに連れてって!」


「ええ?俺が?」


「あ、俺って言った。いつも僕なのに」


「ああ、素が出たね。僕が行くとお母さんも心配だろう。おっさんと13歳の子が出かけるなんて。それこそお母さんと行けばいいんじゃないか?」


「ママは今週忙しいって言ってた。ね、オルソンさんならママも許してくれるって!」


 ルイは心では喜んでいながらも


「お母さんがいいって言うなら、いいけども」


 と気取ったように答えた。


「やった!絶対ね!」


 アリナは笑顔で言った。その邪気のない笑顔は、ルイにとって大きな癒しになった。先程まで暗然としていた心がじんわりと暖かくなるのを感じた。

 


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