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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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キエロの暗ーーールイ・オルソン③

 姉のルナの帰宅と妊娠に、それまでの退屈な日常が変わることへの高揚を覚えたルイであったが、段々と共同生活への苛立ちが募った。姉の小言は多い。手伝い、お金のこと、仕事を探せ。正論ほどの暴力はない。ルイは散歩に行く時間が増えた。

 ルナが帰ってきてから3ヶ月が経った。ルナのお腹がぽっこりと大きくなると、ルイはさらに居場所がなくなる感覚を持った。

 蝉が鳴くある日の午前。ルナとテレーサは買い物に出かけており、家ではルイが布団でごろごろとしている。


「おいルイ、いるか?!?」


 3ヶ月ぶりにシュウの声がした。


「おう」と日差しに目を細めながらルイは窓から顔を出した。


「暇してるか?お前にぴったりの話がある。早くこい」


 シュウの言葉に、「今行くよ」と気だるそうに答えながらも、ルイは足早に外へと向かう。

 いつものコースを二人は歩く。木陰はかろうじて涼しい。


「で、なんだいい話って」


「乗り気だな早くも」


「焦らすな」


「内地で短期間だが、家庭教師とか、してみないか?探してる人がいるんだよ」


「家庭教師?」


 ルイの中でまたしても高揚があった。人に物を教えるのは嫌いではない。しかも内地で。内地には行ったことがなかった。自分の知らない、初めて行く土地。それはルイの中でぼんやりと黄金色に輝いていた。


「やってみるか?」


 シュウがニコニコと笑って言った。

 どうやら冗談ではなさそうだと思うと、今度はルイの中で不安が寄せた。内地の家庭教師など、レベルが高いに決まっている。


「いや、まずは詳細をだな。俺にできるかわからないし」


 ルイはひとまず冷静になって、シュウに訊ねた。シュウが説明する。

 教えるのは、シュウがお世話になった上官の子供で、11歳の女の子とのこと。その上官は、二年前に訓練中の事故で亡くなってしまい、以降奥さんが娘を一人で育てている。シュウが内地でたまたまその奥さんと会ったときにこの話を頼まれた。


「俺も娘さんには面識があってな。とってもいい子だ」


「お前は誰でもいい子だと言うだろう」


「ひねくれるなルイ。本当にいい子なんだ。いい子なんだが、勉強はからっきしなんだと。娘さんは来年の春に初等学校を卒業して中等学校へ行くんだが、それで奥さんが勉強の心配をしててな。奥さんも仕事で忙しくなかなか相手をしてやれないらしい。できれば家庭教師のような形で、この夏休みに集中的に勉強を教えてくれる人がいないかって。ちょうど時間の融通がきいて、教えるのも上手なやつって言ったらお前しかいないだろう」


 ルイは昔、短期間だが何人かの子供に勉強を教える仕事をしていた。確かに評判は悪くなかったし、自分でも向いているかもと思ったが、悪ガキの制御に辟易してやめてしまった。今回は一対一で教えるし、そんなに負担はないかもしれない。


「夏休みって、もう始まるじゃないか」


「そうだな。急だが、来れるなら早いうちに来て欲しいらしい。けど今すぐにってわけでもない。俺は明後日には内地に戻るが、夏休みは期間があるし、もし受けてくれるならひと月以内には来てくれれば」


「ひと月以内か・・・」


 と意味ありげにルイが言うと


「ルイ、別にお前、何も予定ないだろう」


 とシュウは半笑いで言った。


「ないわ!」


 ルイはキレ気味に肯定すると、シュウはゲラゲラ笑った。


「で、どうする?やってみるか?」


 シュウの問いに、ルイは悩むふりをしながらも、答えは決まっていた。家にいてもルナのせいでイライラするだけである。答えようとしたそのとき、町の方からルナとテレーサが歩いてくる。


「シュウちゃん、久しぶりね」


 お腹の大きなルナが、シュウに挨拶をする。


「ルナさん、お久しぶりです。戻ってきてたんですね。というか、お腹は、赤ちゃん?」


 シュウは戸惑ったように言った。


「赤ちゃんができたの。シュウちゃんは立派になったね。ルイはほんとなんもしてなくて」


「おいシュウ、行くぞ」


 とルイはルナの小言がめんどくさいと、さっさとシュウを引っ張っていく。

 ルナとテレーサと別れ、再び二人になる。


「ルナさん、帰ってきてたのか、びっくりした。お前、先に伝えろよ」


「すぐに家庭教師の話になっただろう。あいつ、妊娠したんだと。あれだけ母さんを心配させといて、厚顔にも帰ってきたよ」


「まあいいじゃないか。お前も叔父さんか」


「よくねえよ。ルナはなんでもかんでもうるさい。あんな自己中なやつ。家にいるとストレスだ」


「そうか?俺は昔からルナさんに悪いイメージはないけどな」


「シュウ、お前は鈍感なんだよ!それとお前みたいなできたやつにはみんないい顔しか見せないんだ!」


「ひねくれすぎだろう、ルイよ。そうだ、あの家庭教師の話、時期をずらした方がいいな」


「なんでだよ」


「だってあのお腹の大きさだと、もうすぐだろう。子供が生まれてからも大変だろうし、お前も家にいたほうがいいだろう」


「出産近くは母さんが仕事を休むって言っているし、大丈夫だ。今でも俺は家で除け者扱いなのに、子供が生まれたらなおのことだ。明後日内地に戻るんだろう?俺も一緒に行く」


「明後日出発でいいのか?別にもう少し後でもいいぞ。こんなに急だとおばさんも心配するだろう」


「うちのことはいいよ。明後日行くから、待ってろ」


「お前って時々突発的に行動するよな」


「褒めてるのか貶してるのか、どっちだ」


「事実を言っただけだ。どっちでもない」


 散歩の終わりに、いつものごとく大柄な女がシュウを待っていた。ノエルだ。

 シュウと別れると、ルイは意気揚々とうちへと向かった。明後日、家をでる。ルナもテレーサも驚くに違いない。ニタリと笑みが溢れた。


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