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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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キエロ連邦の暗ーールイ・オルソンの苛立ち

 シュウと別れてから数日後のことだった。

 母テレーサとルイ、二人だけで住むには広い屋敷に、二人のよく知っている女が戻ってきた。


「戻ったわよ、母さん」


「ルナ、あんたどうしてたの!?」


 テレーサの声が裏返る。

 昼前にもかかわらず、ベッドでゴロゴロしていたルイはテレーサの声に起き上がる。おずおずとリビングへ出ていくと、8年前より少し肥えた姉、ルナがリビングのソファーで昔の如く寛いでいる。ルナは言う。


「ルイ、あんた働きなさいよ。母さんが大変でしょ」


 昔と変わらぬ尊大な態度の姉に、ただルイは唖然としていた。姉がいる。そもそも嫌いかと言われればそうでもなく、好きかと言われればそうでもない、そんな姉弟の関係であった。久しぶりに会うと、幼少期の姉について遊んでいた思い出が美化されて舞い戻ってくる。いや、と首を振る。姉の10代はとにかくひどいもので、そちらは美化しきれない。


「姉さん、生きてたのか」


「勝手に殺すな!」


 とルナはケラケラと笑っている。


「今日からここに住むから。あと」


 とルナはお腹をさすりながら言う。


「赤ちゃんできたから。労りなさいよ私を」


「は?」


 ルイの開いた口が塞がらない。


 テレーサが、ルイのために作っていた朝食のサンドイッチを持ってくる。


「ありがとう、母さん」


 とルナはそれをむしゃりと食べた。

 自分の分が食べられたことへの苛立ちよりも、姉が「ありがとう」と言えるようになっていることにルイは驚いていた。


「ルイの分も持ってくるわね」


 テレーサが小走りでキッチンへと戻っていく。テレーサの声色に高揚があった。8年ぶりの娘の帰宅、そして初孫の知らせである。

 久しぶりに家族が3人揃い、ルナの話を聞く。

 8年前に家を出てビルシュへ向かい、酒場で働いていたという。妊娠が分かってからはつわりが酷く、実家のあるトワイトに戻ることもできなかった。その間は働いていた酒場の女店主にずいぶんお世話になっていたらしい。安定期を迎え実家に戻ってきた。


「で、あんた、子供のお父さんは」


 テレーサが訊ねた。テレーサの言葉に怒りや問いただすような感情はなく、高揚を伴った言い方であった。テレーサは昔から楽観的というか、深く悩むたちではない。


「旅の男よ。もういないわ。これも何かの縁ね」


 とルナはぽっこりとしたお腹を優しくさすっている。

 姉が知らぬ男の子供を授かってきた。厳格な祖父が生きていたら雷が落ちていただろう。しかしその祖父の子供が放蕩息子のルイの父である。父が生きていたら、どう言っただろう。ルイは20歳近くになって初めて父の金遣いが荒かったことを知ったが、その時はとても衝撃を受けた。父は仕事にも行っていたし、普段子供には穏やかだったからだ。大半のお金を酒とギャンブルに使っていたらしい。思い返せば酒癖が悪かったし、母とはよく喧嘩していた。父は祖父と違い、いい意味でも悪い意味でもてきとうなところがあった。子煩悩な人でもあったので、姉の帰宅を喜んで迎えたに違いない。孫ができることに喜んでいるだろう。つまるところ、うちの家族はそういう家族なのだろう、とルイは思った。ルイ自身にも、高揚があった。日常の中に現れた変化は、ただぼうっと受け身に何かを待っているルイにとっては、一つのイベントのような感覚があった。抑うつからの高揚は、ルイに大きな未来を期待させた。


 ルナが帰ってきて一週間が経った。


「ルイ、あんた少しの手伝いもしないの?母さんは仕事で忙しいんだから」


「やってたよ!洗濯物を取ったり」


「洗濯物を取るって、たったそれだけ?晩御飯は?家の掃除は?風呂掃除は?朝早く干すのは母さんがしてたんでしょ?ずっと家にいるのに何してんの」


 姉弟の言い合いは定期的に行われた。

 ルイが驚くことに、ルナはよく家のことを手伝った。掃除洗濯ご飯の支度。昔なら考えられないことだった。

 そんなルナに一番驚いていたのは、テレーサだった。ヒール魔法が使えるテレーサは町の診療所で働いている。ヒールを使えるものは珍しく、そのため給料もそこそこよかった。オルソン家が家の体を保てているのは、テレーサの働きぶりのおかげでもあった。テレーサが仕事から帰ると、今までにないほど家のことが出来上がっている。


「ありがとうね、ルナ」


「当然よ、母さん」とルナは家事を手伝うと、その後はソファーでどっかりと座り言う。


「ルイ、あんた家賃も入れてないでしょ。ちゃんと入れなさい」


「はあ?なんで姉さんに決められないといけないんだ」


「母さんに甘えすぎよ」


「まあルナ、家はお義父さんが建ててくれたものだし、お金かからないからいいのよ」


 とテレーサがフォローに回る。しかしルナの言葉は止まらない。


「なら食費はかかるわ。ルイ、食費ぐらい出しなさい。30近くの男が何をしてんだか」


 ルイは何も言い返せない。急に出て行ってあれだけ周りの人を心配させたくせに。苛立ちはあった。なんでお前にそんなこと言われなければいけないんだ。煮え切らない思いを持ちながらも、渋々お風呂掃除をしたりとルイは家のことを手伝うようになった。最初に持った未来への大きな期待は薄れ、今はただルナとの共同生活への苛立ちだけがあった。


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