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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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アルト、叔父を思う。


 森を抜けた小高い丘の上、町の端に古びた屋敷があった。屋敷の上空には分厚い雲がのしかかり、ぽつりぽつりと雨が落ちている。


「結構でかいネ。あんたたちいいとこの子だったネ」


「昔はね。だけど祖父がお金を使いすぎて、嫁いできた祖母はお金のやりくりに苦労したってよく愚痴ってたよ」


 アルトは、厳しくもおおらかであった祖母を思い出して答えた。

 雑草が伸びるがままになっている。ぼんやりと記憶に残るその庭を進んでいく。父と母の記憶はない。この庭で泥遊びをしてくれたのは、ボール遊びをしてくれたのは、叔父だった。庭の手入れをしていたのは祖母で、そしていつも一緒にいたのはアルテだった。楕円形のカビだらけの扉、昔は大きく感じたけど、今は背丈より少し高いぐらいである。ギイと軋む音を立てるその扉を開け、家へ入ろうとしたその時、アルトはその気配に身構える。


「うわあああ!」


 とまだ幼さの残る甲高い、しかし逼迫した声とともに、棒を持った少年がアルトに襲いかかった。アルトは後ろへ下がる。と同時に、後ろにいたものも身構える。


「なんネ、子供ネ」


 チョウが拍子抜けしたように言った。

 少年は息荒く肩を強張らせていたが、アルトたちの姿を見るとホッと息を吐いた。


「大丈夫、何もしないよ」


 アルトが言うと、少年は膝をついた。


「お兄ちゃん!」


 少女が部屋の奥からかけてくると、少年に抱きついた。


「情報がいるのう」


 とレイフは無精髭を撫でた。


 大広間の奥にあるリビングへと向かう。雨音も強くなっている。朧げな記憶ながら、家の中も変わっていないなとアルトは思った。曽祖父が揃えたというテーブルと椅子は高級なもので、年季は入っているがまだ立派に残っていた。テーブルには森でとってきたであろう果物が少量ながらあった。少年はリアンといい、少女の名前はミーラと言った。この兄妹は、ひと月以上もこの屋敷に篭って生活していたらしい。頬はこけて、服も黒ずんでいる。残っていた乾パンを渡す。リアンはアルトたちを窺うように見上げる。「ありがとうございます」と小さく会釈して食べ始めた。ミーラはリアンが食べ始めると、むしゃむしゃと食べ始めた。


「村が、襲われたんだ」


 食べ終わると、リアンが言った。声色はいくらが明るくなり、警戒心は解けていた。


「誰にかはわかる?」とシュナが優しくとうた。


「わからない。死んだ人みたいな人間。肌の色がなくなっていって。お父さんもお母さんも襲われて、そいつらと同じになっちゃって」


「お前たちはなぜ無事であった?」


 レイフはスパリト、変わらぬ口調で訊ねた。


「そいつらは、僕と妹よりも他の人たちを先に襲ってたんだ。それでここまで逃げてきて」


「子供だから襲われなかったのかネ?」


「ううん、子供たちも襲われてた。僕らは、なんでだろう、わからない。あいつらは時々屋敷の周りを歩いてる。2階の窓から見えるんだ。今朝も近くを歩いているのが見えて、だからそいつらが屋敷に入ってきたかと思った」


 リアンの答えに、レイフが「ふむ」と言い、言葉を続ける。


「もしかしたら、灰色病かもしれんな」


「灰色病?」


 シュナが訊ねた。

 アルトが言う。


「聞いたことがあります。御伽噺レベルですが。昔キエロで流行ったという病気で、肌の色が灰色になり人を襲うようになると」


「わしも詳しくは知らんのだが、その可能性が高かろう。この子達が襲われなかった理由ももう少し調査したいところだが、どうするかの」


 レイフが言った。

 アルトは、憔悴しきっているリアンとミーラを見た。幼い兄妹が、二人でなんとか生き延びている。


「この子達の保護を優先すべき」


 アルテがスッと言葉を出した。

 窓の外は暗く、雨はさらに強くなっている。それを見ながら


「ふむ。明日を待ってルートへ戻るとするか」


 とレイフは言った。

 蝋燭の火が揺れていた。

 雨と風が窓を叩く。


「休んでもいいよ」


 アルテがリアンとミーアに言った。

 アルテとアルトが、二人を寝室へと連れて行く。

 その寝室は、そのベッドは、その昔、アルテとアルトが使っていたのものだった。そしてもっと前には、叔父さんの部屋でもあった

 リアンとミーアは、寝室のベッドに寝転んだ。アルテが二人の体に触れ、ヒールをかける。二人は赤ん坊のように眠った。アルトは、足元に落ちている何かに気づいた。拾い上げてその埃を払う。

 写真立てだった。姉と自分と、祖母と叔父さんが写っている。叔父の姿に、今までぼんやりとしていた輪郭がはっきりとした。顔は思っていたよりもかっこよくないけど、その笑顔は思っていたよりも自然で、屈託のないものだった。

 アルトは思う。

 10年前の、大人たちに振り回され、大人たちに守られていた自分。あの時の自分に、5歳の自分に何ができたとは思わなかった。後悔もなく、ただ辛かった過去として残っている。戻ってくるとは思っていなかった。任務としてここにきて、そして二人の子供に出会って。叔父は、ルイ叔父さんは僕らを守ってくれた。だから今の姉が、自分がいる。


ーーーまた、戻ってきたよルイ叔父さん


「姉さん」


 とアルトはアルテに写真を渡す。

 アルテは写真を見て言う。


「ルイ叔父さん、ブサイクだね」


 と叔父と同じ屈託のない笑顔で、アルテは言った。

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