ポック、観光す。
クノッテン市の外れにどでかい穴があった。底も見えないほど深い穴である。『ヴェイカントランド』と呼ばれるそれは、観光地として人気があった。
大穴の周囲には安全柵がぐるりと付けられている。その柵から身を乗り出すようにポックが穴の底を凝視している。
「おいポック、危ないぞ」カイが注意すると「わかっとるわ!」とポックは返した。
「なんか見えんのか?」
カイも穴を凝視してみる。
「見えねえけど、なんか底から漂ってる感じがあるな。もう少し下まで行けたらな」
とポックはチラリと下へと続く階段の方を見た。階段には厳重な扉が付いており、関係者以外立ち入り禁止となっている。
「いくなよ」
「いかねえよカイ。ガキじゃあるまいし。しかしなんだろうな、この大穴は」
周囲に説明書きはない。安全柵と、管理者用の階段があるだけである。その階段も、穴の途中までしかないようだった。
「さあな。俺も大きな穴ってぐらいしか知らないな」
地元クノッテンで育ったカイですら、この不思議な大穴ヴェイカントランドの情報を持ち合わせていないかった。
ポックはずっと穴の底を覗くように見ていたが、なんだか吸い込まれそうな感覚に陥ってようやく顔を上げた。
「そろそろ行くか、カイ」
「おう」
二人はヴェイカントランドを後にした。
クノッテン市へ戻る馬車を待つ。
ポックが訊ねる。
「親父さんは今日から駐屯地に行くって言ってたよな?」
「ああ。まだまだ現役だからな」
クノッテン市には、他の市とは違い独自の市営部隊が存在する。その部隊の所属は、勇者組合でもなくルート王国軍でもなく、クノッテン市に属する。カイの父親はその市営部隊の隊長をしており、母親は市営部隊訓練所の教官をしている。
「市営部隊の駐屯地は、あっちにあるんだよな?」
とポックはクノッテン市とは反対の方向を指差した。
「そうだな。ドーラス高原の方だ」とカイは答えた。
ちょうど駐屯地とクノッテン市で、ヴェイカントランドを挟むような位置関係にある。そして駐屯地のさらに向こう、ドーラス高原を超えた先に大国レヴェルがあった。
「レヴェルからヴェイカントランドを守るために、駐屯地をその場所に配置したのか?」
「配置的にはそうなるな。だけどクノッテンの市営部隊はレヴェルとも友好的だぜ。年に一回は共同訓練してるし」
「マジで!?」
「なんだ。地元民しか知らないもんだな。レヴェルはルート王国軍がドーラス高原に来るのは嫌がるけど、クノッテンの市営部隊なら別に大丈夫なんだよ」
「なんでだよ!なんでそんなめんどくさいことになってんだ!?」
「いや、知らねえけど。もともとルート王国は、リーフ市とクノッテン市の二大都市国家の同盟からできたようなもんだから、クノッテンは独自の体系が許されてるんじゃねえか。レヴェルも、クノッテンなら信用できますよ、的な」
「お前そんな賢い感じだったっけ」
とポックはカイを改めて見る。
「クノッテンに住んでたらそんぐらいわかるわ!」
馬車がやってきた。
ポックは最後尾の席に乗り込む。後ろの乗り込み口から景色が見られるのでお気に入りの位置だった。
「あいつらは市内でショッピングか」
ポックの言うあいつらとは、クノッテン市に一緒に来た他の生徒たちである。
「女子はクノッテン市場に行くって言ってたな」
「呑気なもんだぜ。明日から任務につくってのに」
「俺たちも大概だろ。本当に最後の休日だと思ってだな。でもアルトは武具屋に行くとか言ってたな」
「『モーリス』の修理か?あんな古い盾、よくずっと使ってるぜ、アルトのやつ」
「あれはアルトの特殊武器だ。切っても切れない存在なんだろう」
ごとごとと馬車が進んでいく。ポックは最後尾の席から、後ろの景色を眺めていた。ヴェイカントランドが遠のいていく。その向こうにはドーラス高原があり、さらに向こうには大国レヴェルがあった。ポックにとってここからは、未踏の地だった。馬車の振動が小刻みに波打つ。合わせてポックの胸も高鳴っていった。




