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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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アルテとアルト、久しぶりに二人の時間

 部屋を出てすぐ、アルトの気分が高揚した。絶世の美女が現れたわけでもなく、大絶景がそこにあったわけでもない。ただ、昨日より明らかに暖かいと感じただけであった。数ヶ月の冬の間、この暖かみをずっと望んでいたのである。たかが暖かくなっただけで、とはアルト自身も少し思ったが、その原初的な喜びに故郷のそばの森に生息する動物たちを思った。アルトの故郷はルート王国の北東に位置するキエロ連邦であり、特にフィニス山脈の麓は冬が厳しいことで有名であった。彼らも、ひいてはあらゆる動植物が、冬眠明けはこんな喜びを感じているに違いない。高揚は喜びに、そして感動に至る。一方で寮には人がおらず、シンと静まりかえっている。今は学期末であり、ほとんどの生徒は学校で授業を受けている。アルトは国から任務を受けたので、10日間の特別休暇をもらっていた。アルト以外にも国から任務を受けた生徒はいるが、彼らはこの10日間を利用して帰省している。


ーーーそうだ


 アルトは寮を出ると、陽気の下を意気揚々と歩いた。

 女子寮に着くと、思案する。すでに昼に近い時間帯であるがまだ寝ているに違いない、と目標のいる2階の部屋の窓に向けて小石を投げた。入学する前に引っ越しの手伝いをしたので部屋を覚えていた。少し待つが、部屋からは何の反応もない。もう一度小石を投げてみる。しばらくしてガチャリと窓が空いた。


「何」


 寝癖のまま、寝ぼけ眼でアルテが顔を出した。


「姉さん、散歩しよう」


 アルトの言葉に、アルテは頭を掻きながら宙を見た。そして何も言わず気怠げに窓を閉めた。

 アルトは、日向にある木製のベンチに座った。太ももやお尻、背中がじんわりと暖かい。風の音や鳥の鳴き声が耳にとまる。学校の方からは時々人の音が聞こえる。街路樹がさら、さわっと音を立てた。風が一様の芝草を風の方向に撫でている。アルトは目を瞑り、静かにゆっくりと呼吸を重ねた。


「アルト」


 と女子寮の方からアルテが現れた。櫛をしたようではあるが、強い寝癖部分は収めきれずに跳ねている。


「早かったね、姉さん」


「ん」


 と二人は歩き出した。

 特に行き先もなく、自然にいつも学校へ行くように歩いていた。


「みんな座学中だね」


 アルトは音のしない闘技場の方を見て言った。校舎からは人の声が時々聞こえてくる。


「自然公園の方に行こうか、姉さん」


 と二人は学校をぐるりと回るように歩き出した。

 ヴェリュデュール勇者学校の裏には森が広がっている。森の奥地は生徒も入ることのできない立入禁止区域になっている。森の街側に面した一部は一般公開されており、誰でも入ることができる。

 公園沿いの道に露天がいくつか出ていた。休日よりは閑散としているが、老夫婦が歩いていたり、子供を連れたお母さんが何組かいた。


「座ろう」


 とアルテは公園のベンチに、森の方を向いて座った。

 アルトも隣に座る。

 空が大きい。霞みに陽光が反射し、大気は淡くきららかに黄色い。

 風が打ち立てると、森が轟々と唸り始める。

 二人はぼうっとそれを眺めていた。木々が揺れているのを。森が揺れているのを。色んな緑が一塊の緑を形成している森を、故郷の森を思い出しながらぼうっと。

 そばで子供の声がした。歳の近い姉弟だった。


「待ってよレイラ!」


 男の子が前を行く女の子に言った。


「早くきなさい!」とレイラと呼ばれた女の子は、男の子を顧みることなく走っていく。はしゃぎ声を上げながら、二人はお母さんの方へと走り去っていく。

 子供たちを見ながら、アルトは幼少期を思い出す。まだキエロ連邦にいた頃は、アルテのことを「姉さん」などと呼んでいなかった。「アルテ」と呼び捨てにしていた。小さい頃、飄々と競争心のない姉と、その様子を褒める大人たちに煮え切らない思いを持っていた。


「そろそろ行こう」


 とアルテが立ち上がった。アルトも続く。


「露天で何か買っていくかい?」


 アルトの問いに、アルテは首を横に振り「寮で何か作ってあげる」と答えた。

 公園を出る。川沿いに上へと歩いていく。小舟がゆらりと進んでいる。小さな橋が見えた。橋の先はリーフ市内へと繋がっている。二人は橋を渡らず左に折れ、学校の方へと戻っていく。

 生徒の声が聞こえてくる。


「ロゼたちも帰省したのかい?」


 アルトの問いに、アルテはこくりと頷く。

 二人に実家はない。二人の両親は幼くして亡くなった。5歳になるかならないかのときに、二人は祖母とともにキエロ連邦からルート王国へ亡命してきた。その祖母も6年前の夏に亡くなった。ルート王国に来てからは、アルテは祖母とアルト以外の人に心を開かなくなった。


ーーーここにくるまでは


 二人にとって、学校は帰る場所であり、そこでの生活はずっと春であった。

 学校を過ぎると、生徒たちの声も背中に遠くなる。


「婆ばの日には戻れるよね」


 アルテがボソッと言った。毎年祖母の命日に、二人でルート王国内にある祖母のお墓参りに行っている。


「キエロは遠いけど、半年あれば間に合うさ、姉さん」


 アルトは、朗らかに答えた。

 


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