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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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グラスの仕事

 グラスは勇者組合本部の一室である男を待っていた。

 妙齢の事務員が部屋に入ってきて言う。


「グラスさん、お客様が来られました」


 事務員に連れられ、細身のハンサムな男が入ってくる。


「ご足労ありがとうございます、セバスさん」


 グラスが言うと、セバスは頬を緩め「久しぶりだな、グラス。一年ぶりぐらいか」と答えた。

 二人が会うのは昨年の授業参観以来であった。


「参観の時はあまり話せず、すみません。今回も来ていただいて」


「いや、いいんだ。今は輪をかけて忙しいだろう。それに私からも伝えたいことがあったし」とセバスは落ち着いて答えた。

 事務員が二人の元にお茶を持ってくる。


「ありがとう」


 セバスがにこりと言うと、事務員は頬を小さく染め部屋を後にする。

 グラスは、お茶を啜るセバスの頬が緩んでんでいるのに気づいた。


「事務の子が気に入りましたか?」


「違うよ。まだグラスの敬語に慣れなくてね。グラスも大人になったと思ってさ」


 グラスは赤面し、コップを口元へと運んだ。セバスと初めて会った11年前の自分を思い出す。勇者組合からプリランテに派遣された時のことだ。そこで若かりしグラスは、セバスに風魔法の勝負を挑んだのである。


「あの頃は、セバスさんに失礼なことをしました。本当に若かったですね」


「でも一番変わったのはグラスじゃなくてゲンさんだけどね」


 ゲンは、グラスと共にプリランテへ派遣された勇者の一人である。歴戦の厳つい勇者だが、今では化粧をして口調も完全な女になっている。名前もアリスと変えている。


「ゲンさんじゃなくてアリスと呼ばないと怒られますよ」


「ははは、そうだ。アリスさんだったな」とセバスは笑うと、「すまない、本題に入ろうか」と居住まいをただした。

「いえ」と言いながら、グラスは自身の表情が綻んでいることに気づいた。久方ぶりに明るい気持ちになっていたが、グラスもまた居住まいを正し「ロゼの保護者であるセバスさんに」とロゼの受けるであろう任務の詳細と任務を受けた場合の学業カリキュラムの措置について書かれた紙を渡した。今回保護者から生徒の任務就任の許可を得るにあたって、教師陣が直接保護者に会って説明を施すことにした。遠方に住む保護者に関してはやむなく手紙を送っている。セバスは遠方に住んでいたが、別件でリーフ市に来ているという情報を得て会う時間を作ってもらったのである。

 セバスが読み終わったのを見て、グラスは言う。


「急な事態が起こり申し訳ありません。ロゼは参加の意思を示していますが、強制ではございません」


「このご時世だからね。ここにサインすればいいんだね」


 とセバスは自前のペンを取り出す。


「いえ、そんなすぐにとは。5日間ほどしかありませんが、それまでにお返事をいただければ。書類は送付でも構いません」


「ロゼの意思を尊重するよ。それにロゼに怒られるのも嫌だしね」


 とセバスはサラサラと書類にサインした。

 グラスはセバスの名前が書かれたプリントを受け取った。保護者の欄には、セバスティアヌス・アレバロとあった。ロゼの名前の欄には、ロゼ・レバントと書かれている。

 セバスは表情を引き締めて言う。


「私からも、一個人として、南諸国の亡命者代表として。今回のアーズの打倒、本当にありがとう。勇者組合には感謝しかない。ダマスケナやハマナスの解放は君たちのおかげだ。戦闘での死者もいたと聞いた」


「いえ、むしろ仮免試験中に巻き込まれてしまい、ロゼの身にも危険が及んだこと、本当に申し訳なく思っています」


 答えながらに、グラスは何か煮え切らない複雑な心境を抱いていた。

 アーズとの戦いについては、謝罪文とともに事態の詳細が書かれた手紙を各生徒の保護者に送っていた。しかし少しの脚色があった。その脚色は、政府から国民に発表された情報にもなされていた。国防軍と勇者組合がアーズを追い詰め、死に至らしめることに成功した、と。これにより勇者組合の名声と人気は高まり、資金源となるスポンサーも増えた。しかし、内内で送られてくる戦いの調査資料を読めば読むほど、勇者組合も国防軍もアーズの死に貢献していない。資料には、アーズの死は内輪揉めが大きな要因であることが明らかだった。セバスや国民たちを騙してしまった罪悪感、そしてレイが無駄死にしたようなやるせなさがグラスに残った。

 セバスは続ける。


「それと、来月にも私は一度ダマスケナへ向かおうと思っている」


 セバスはもともとプリランテではなくダマスケナの出自である。


「ダマスケナにはセバスさんの力が必要でしょう」


「ルート王国の危機に、なんの力にもなれず申し訳ない」


 セバスの左足がすでに戦いに使えないことをグラスは知っていた。


「ダマスケナの復興はルートとしても悲願であり、後の利益にもつながるでしょう。プリランテについては、やはりまだ」


「もともとアーズ陣営もプリランテ国内に入れなくなっていたらしい」


「アーズたちですら追い出される、死者が歩く街、ですか」


「まだ実際に見たわけではないけど、プリランテのある人の魔法かもしれない。ダマスケナに戻ってからすぐにでも調査を始めようと思っている」と途端に頬を緩めセバスは訊ねる。「ロゼの最近の様子はどうだい?」


「はい、アーズの戦い以降も落ち込むことなく訓練に勤しんでいます。任務のことを伝えた時も自分を選んでくれてありがとうございます、と」


「アーズの戦いから少し経ってから、ロゼと話す機会があったんだ。その時に全て話したんだ。ロゼと私の関係も含めてね」


「え!?」


 セバスとロゼは、実は本当の親子である。セバスが赤子のロゼと共にダマスケナからプリランテに逃げ延びた時、ロゼには父であることを隠して自身を執事としたのであった。


「いつかは話さないといけないと思ってたんだ。私もダマスケナへ行くしね」


「ロゼは、どんな反応を?」


「薄々気づいていたのかもしれないね。変わらなかったよ。私の方が、執事というよりはちょっと砕けた喋り方にはなったけどね。でも、あの子の父親はディオールさん、ディオール・レバントなんだよ」


 とセバスは遠い目をして続ける。


「ロゼにはちゃんとディオールさんやサラの姿が心にある。ロゼは私よりもよっぽど強いよ」


「本当に、私もロゼの強さには驚かされます」


「時に、男の子はどうかな?ロゼの恋愛事情をだね。変な男が寄っていないかとか」


 セバスの今の様子に、プリランテで初めてあった時のクールな戦士姿を思い出しグラスは苦笑した。ロゼのこととなるとやたらとお喋りになる。


「大丈夫ですよ。みんな立派な生徒たちです」


「グラスから直に聞けて安心だね。やっぱり保護者としてはわからない部分が多いじゃない?勉強は大丈夫だとおもうんだけど。送られてくる成績表も学年トップクラスだし。剣術も魔法も結構すごいよね。室長としてはどうなんだろうか。他人にも厳しいところがあるからね」


「良い方向に作用していますよ。ロゼがまとめているし、みんなついていっています。意見も聞きますし、ワンマンでもない。教師陣も将来を期待しています」


「嬉しい言葉だね。そうなんだよ、ああ見えて意外と人の話を聞くんだよロゼは。たまに暴走するところもあるんだけど。ああ、すまない長くなって、君は時間がないのに」


「いえ、久方ぶりに楽しい時間でした。あと、ロゼも含め任務を受ける生徒には10日間ほど休みを設けました。5日後から休みになります」


「そうなのかい!?ダマスケナへの渡航手続きにもう数日リーフにいなくてはいけなくて。ロゼと一緒にハーブルへ帰ろうかな」


 ハーブルはルート王国の港町である。南諸国の亡命者が多く滞在しており、ロゼも勇者学校に入学する前はそこに住んでいた。


「ロゼも喜ぶと思いますよ」


 グラスはにこりと笑い答えた。


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