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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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グラスの苦悩②

 中央庁での話を終え、グラスは勇者学校の一室で生徒たちの進路希望調査書を確認していた。実践に投入する目ぼしい生徒はすでに頭にあった。だが確定するには3つの段階を踏む必要があると考えていた。進路希望がプロ勇者であること、本人の了承を得ること、最後に保護者の了承を得ることだ。生徒たちの進路を確認しながらも、グラスにはやはり煮え切らない思いがあった。


ーーーこの段階で、生徒を実戦に


 アーズ、グリムヒルデとの戦いでプロ勇者にも結構な被害が出た。人が足りないのは明らかだった。グラスにも生徒たちの力が必要だとわかっていた。だが。自身のこの10年を思う。不備だらけだったプロ勇者ライセンスの制度を整備し直し、レイやタケミたちと共に教育プログラムを作り上げ、そして初めての王立勇者学校としてヴェリデュール勇者学校を創立した。その一期生となる彼らを、万全の準備をもって未来へと送り出したかった。段階的に成長できる環境を与えてやりたかった。自身への不甲斐なさも強くあった。多忙のあまり生徒に関わる時間が持てなかった。レイがいなくなり、先生たちの負担も増えている。教育プログラムも大きな修正がなされ、当初敷いていたレールはすでに大きくずれている。処理しきれない感情がグラスの中に渦巻いていた。拠り所を失った心は、歪に膨張し続けた。

 進路希望調査を確認し終え、生徒のリストアップは完了した。ここから本人たちの意思確認をしなくてはならない。窓の外を見る。夕日が落ちかけている。明日はグリムヒルデ戦線の戦略会議があり、学校に来られないかもしれない。


ーーーまだ校舎にいるだろうか


 グラスは、暗い表情のまま廊下へと出た。

 放課後の二年生の教室、黒板も机も整頓されている。途中廊下で一年生と何人かすれ違ったが、二年生は見かけない。


「おろ、グラスか。どうした」


 とヤングが現れた。放課後の見回りの時間であった。


「ヤング先生。二年生が誰か残っていないかと」


「屋内闘技場に行ってみるといい」


 ヤングに言われ、心の中で自嘲する。放課後生徒たちがいるなら教室ではなく屋内闘技場だろう。


「ああ、あとな、グラス」


 とヤングは口を大きく開けたり窄めたりした。


「えっと」


 グラスが反応に困っていると


「表情筋をほぐした方がいい」とヤングはニタリと笑った。


「ああ、すみません」


「しゃーない。忙しかろう」


「いえ、ヤング先生の方が大変なのに」


「私のは魔力を消費するだけだ。お前の方が頑張っとるよ」


 とヤングはスタスタと去っていった。いつも浮世離れしたようなヤングにしては珍しい言葉がけであった。

 グラスはヤングがしたように口を動かした。強張っていた表情が柔らかくなる。今から生徒たちに会うんだ。私は大人で、彼らは子供なんだ。

 屋内闘技場に行くと、多くの生徒たちが残っていることにグラスは驚きを覚えた。

 グラスの姿を見て、生徒たちは手を止め「グラス先生!」と声を上げた。プロ勇者志望以外のものもいた。あのサボり魔だったアルテやユキも剣を持ち、額に汗を浮かべている。一年生の姿もあった。


「どうされたんですか、先生」


 ロゼが代表して訊ねた。


「あ、ああ、進路希望に関して、何人かの二年生に話があってな。できれば今日中に。このリストにあるメンバーは終わるまで残っていてくれないか。順番に呼ぶので来るように」


 ロゼはグラスからリストを受け取ると、「わかりました」と何人かの生徒に帰らないよう告げる。

 グラスは屋内闘技場の武具が置いてある一室に向かい「アルテとアルト、ロロ、きてくれ」と名前を呼んだ。

 武具がかためて置かれている。窓はなく、やや埃っぽい一室だった。グラスは3人と向かい合った。


「もうすぐ三年生になる。よく頑張ってここまでついてきてくれた。このまま夏の本試験に向けて授業を行っていくと進路説明でも話したんだが、いや、まずは読んでもらった方が早いな」


 と話を止め、3人にプリントを配った。それは副首相のゲルドから渡された、彼らの任務に関するものであった。

 それぞれが読み終わったのを見て、グラスは言う。


「まずはこうなってしまったことを謝りたい。三年間の学校生活を経て万全のもと次のステップへと送り出したかったが、現在の情勢から3人には学校生活を一時中断してもらわなければならなくなった。他にも任務に参加する生徒はいると思うが、彼らについては任意となる。だが君たち3人の場合は違って、なんというか、つまり、任務につけという指令になる」


 言い訳がましくなってしまった自分に嫌悪感を募らせる。

 アルトが「グラス先生」と切り出すと、続ける。


「謝る必要はありません。先生方にはとてもお世話になりました。しっかりと任務をこなしてみせます」


 アルトに続き、ロロも力強く言う。


「先生、大丈夫です。がんばります」


 アルテはいつもと変わらず気怠げな様子であったが「ま、仕方ないね」とこともなげに言った。

 3人は、それぞれの言葉で答えた。その言葉に、繊細な迷いなど微塵もなかった。グラスの予想していた様子とは、答えとは違っていた。彼らに驚いている様子はなく、悲嘆することもなく、任務の内容に臆してもおらず、グラスに気を使って本心を隠しているような素振りもなかった。まだずっと、グラスの心のどこかでは、入学当初の幼さと弱さの残る彼らだと思っていた。


ーーーこんなにも、強くなっている。


「ありがとう」


 グラスの口から言葉がこぼれた。


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