アーズ渦中 ダン、ようやく動く。
窓から差す日は強くなっていた。やはりダンは動けずにいた。外が俄に騒がしくなった。
扉が開いた時、ダンはホッとした。動くきっかけが欲しかったのだ。それが多分よろしくない訪問者であっても。ようやくダンは体を動かすと扉の方を向いた。
「ルル」
とその扉を開けた女に声をかけた。自身の姪である。ダンは20数年前、モンスターを召喚するという禁忌を犯し村を追放された。ダンが村を追放された時、ルルは3歳であった。ダンに妙に懐いてきたこの姪っ子を、ダンはあまり好きではなかった。というより赤子との接し方がわからなかったと言えようか。ダンは村を出て、アーズと行動を共にし、南の国を滅し、そしてまたルート王国へと戻ってきた。その時、ルルの方からダンに接触があった。ダンは自身の衰えも感じ始めた頃で、快く受け入れた。ルルはダンの目から見ても優秀だった。ただ、何か目的を隠していることは感じていた。トーリをヴェリュデュール勇者学校にスパイに送った時、ルルは、弟が生徒にいる、利用しよう、と作戦を提示した。トーリに陶酔している弟のロロを使おうと言うのである。ダンはその時初めてルルを観た。実の弟を利用した作戦に、恐ろしいなと思った。それはあくまで感想の域を越えることはなく、ダンはルルの作戦にやはり客観的主観的に賛同した。ルルには、昔の自分のように、いや、昔の自分以上に、情などというものはない。だからこそ、この場に現れたルルに、一縷の温かみなど感じなかった。救いなどではないことはダンには明白だった。駆け引きは面倒だった。ダンは訊ねる。
「目的はなんだ」
ルルはいつも微笑を浮かべていた。それは今も変わらなかった。
「国防軍は追い払いました」
ルルの答えに、面倒だな、とダンは思った。
「何か目的があるんだろう」
「冷たいですね、叔父さん」
どこか小馬鹿にしたようなルルの言い方だった。
ダンはどこか達観したように言う。
「よもや助けに来たとは言うまい」
ルルは一度もアーズを見ることはなかった。家を訪れる前からアーズが死んでいることははなから知っていたようだった。ルルにとってアーズが死んだという事実が必要で、アーズがここに死んでいることなどどうでもよく、ただダンに用があることはダンにはわかっていた。そしてその用がなんであるかも、なんとなくわかっていた。
「ガルイーガの原種ですよ」
ルルはやはり微笑のまま言った。
やはり、とダンは思った。ガルイーガの原種は、ダンのみが召喚できる。それを欲しいと言うのだ。
「一つ条件がある」
「なんでもどうぞ」
「アーズとキリオスをどこか静かな場所へと葬りたい」
「如何様にも」
とルルは静かに答えるとわざとらしく頭を下げた。ダンは、ふう、と立ち上がった。足が痺れていた。窓の外を見た。霧は晴れていた。南の空に大きな雲が轟々とあった。東の空に太陽がありありとあった。眩しいなと目を細める。黒い鳥が低空を飛んでいる。ルルの鳥である。
キリオスとアーズの死体を運び出し、ダンはようやく家を出た。その時には、南の空がすっかり綺麗な青になっていた。南の空にあった大きな雲は西へ移動し、形は変容しそして切れ切れになっていた。ダンは陽光に目を細めながら、その雲雲を見ていた。




