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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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アーズ渦中 ダン、視線を戻す

 アーズはダンから目線を切ると、地面に手をついた。一瞬の不安の払拭。その場でのダンの役割は終えたと言っても過言ではなかった。すでにアーズは未来を見ていた。前に進もうとしていた。変化する未来を。終わりのある未来を。アーズに魔力が、赤い瘴気が渦巻いていく。アーズの額に汗が滲む。はあはあと息が荒くなっている。すでにアーズの頭にダンのことはなかった。いや、無意識下にはあった。そのダンの存在は、安心感としてアーズの精神に滲み浸っていた。

 ダンはただ見守った。そぞろな気持ちがあった。そして一抹の寂しさがあった。それは少し前にトンド市を何十年ぶりかに歩いた時に感じた感覚と似ていた。ただ、それよりも強い感情があった。心配。心配?嬉しさのようなものもある。ダンにとって、人生で初めての感情であった。折り合いのつかないこの気持ちに、折り合いをつける必要はなかった。感情のままに、心のままに任せて、アーズのしたいことを支えようと、利他的な心をここにダンは初めて自覚した。

 赤い瘴気はさらに立ち込めた。あたりの霧を吹き飛ばすように。凄まじい魔力が充満していた。土地に溜め込まれた魔力と、そしてアーズの魔力が合わさる。アーズは目を瞑り地面に魔力をこめながら、一心不乱に何かを思っているようだった。それは、キリオスのことであろうことはダンにはわかっていた。

 白く、綺麗な光だった。光が辺りを、辺りの瞬間を支配した。やがて光は収縮すると、アーズがへたりと座り込んでいた。土地からはすでに赤い瘴気は生じていなかった。アーズからは、なおも薄くであるが赤い瘴気が生じている。


「ダ、ダン、手を貸さんか」


 何かが起きている様子はなかった。西の方角は相変わらず戦闘の喧騒がある。リーフ市の方角で何かが起こったとも思えない。ダンがアーズに手を貸すと、アーズは立ち上がりながら


「キリオスのところへ行こうぞ。おい、そこの兵士、お主もついてまいれ」


 と唯一辺りで残っていた兵士に言った。

 しかしアーズは歩きはじめるのにやや及び腰である。


「怖いのか」


「そ、そりゃ怖いだろう、笑うか」


「いんや、そんなものだ」


 とダンは言いながらに、アーズが大いなる光を使って何をしたのか、本人に聞かずとも確証に近いものを持った。その大いなる光の力を使って、人型モンスターがかけられている不死の呪いを解いたのだろう、と。

 ダンとアーズは、一人の兵士を連れて森を出た。

 霧があたりに立ち込めていた。村がぼうっと、その中にあった。

 兵士が辺りを警戒するが、戦闘はまだここまで及んでいない。3人は霧で視界の悪いなか、村へ向かう。


「あ、待て、ダン」


 とアーズが、ぬかるみにハマってこけた。服が泥だらけになる。肘を擦りむき、血が出ている。


「わらわは生きておるぞ、ダン!」


 不死の呪いは、アーズから血を奪っていた。アーズは何百年ぶりに自分の血を見たのである。


「一番長生きだろう、アーズ」


「それを言うな!ははは、だがこれで同じ人だ」


 アーズの様子を、ダンは小さく微笑んで見ていた。

 アーズは、自身から微弱ではあるが生じる赤い瘴気を払いながら言う。


「忌々しい、これは消えんな」


「それは呪いとは別だろう。しかし魔力の恩恵でもある。邪険に扱うな」


 と赤い瘴気を疑心化しながらダンは言った。


「さて、これから、どうするかの」


 アーズの声色は明るい。


「ルートへの恨みはいいのか」


「恨み、か。人間社会ってのは汚物のようなものだ。嘘、欺瞞、虚栄心、優越、同調、支配、激しく醜くおどろおどろしく気色の悪い吐き気のする欲望の塊じゃ。それを全て壊したかったんじゃがな」


「そんなものか」


「お前やキリオスのようなものにはわかるまい」


「ふむ」


「まあ、お前やキリオスのおかげで、どうでもよくなった。適当に住む場所を決めて、そばにキリオスの墓を作ってやろうかの、はっはっは」


 やはり霧で視界は悪かった。足元はいまだに悪い。しかし、ダンは悪い散歩ではないなと思った。自分の今後の生活か、とふと前を揚々と歩くアーズの背中を見て、


「それもいいかもしれんな」


 と答えた。安寧を求めてしまっては、自分の旅の終わりだなとダンは万感の思いがあった。ふと立ち止まり、西の方角が気になった。視線が前を歩くアーズから逸れる。ルルと国軍が戦っているはずだが、喧騒はない。

 一瞬のことであった。ダンが視線を戻すか戻さないかの時に、甲高い悲鳴が起きた。

 ダンがはっと視線を戻す。

 アーズが背中を斬られ、地面に膝をついていた。背後に兵士が、血に染まった剣を持って立っていた。兵士がアーズにトドメを刺そうとした時、アーズの赤い瘴気が兵士を覆った。兵士はブルブルと震えると、膝をついて倒れた。


「アーズ!」


「はあ、はあ、はあ、キリオスの、ところまで」


 傷が深かった。息も荒い。


「大丈夫だ、すぐに」


 その時、悲鳴を聞いたヤシャとミューリが駆けつけてきた。


「アーズ様!何が」


「ミューリ、ヤシャ、アーズをキリオスのところまで連れていくぞ」 


 ダンの指示で、ヤシャがアーズを抱える。

 ミューリは肩を怒らせ「こいつが、アーズ様を!」と倒れている兵士を見下げた。兵士はまだ息があるようだった。


「よ、よせ、もう良い」


「ですが、アーズ様!」


「たまったつけだ」


 と兵士のそばに落ちた、自身の血に染まる細身の剣を見ながらアーズは言った。


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