表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
176/259

アーズ渦中 ダン、気色悪く笑う。

 窓の外は朧げに白んでいた。窓からその拙い光が部屋に薄く伸びる。それでも部屋は薄暗い。


「アーズ」


 ダンの声が虚空に錆びると、妙な余韻が湿った空気に残った。アーズはダンの呼びかけに返事せず、部屋の片隅で棺に蹲っていた。キリオスが眠るその棺に。

 ダンはルルから、アーズが部屋に籠もっている大体の事情を聞いた。勇者たちと戦闘があった。敵にエルフの勇者レイがおり、最期の力により敵の命を断つこともできなかった。トーリが現れ、何やら言葉を発するとアーズが取り乱し、そのまま村に戻るとこの部屋に篭った。大体の成り行きはこんなものであった。ダンは赤い瘴気の土地ができつつあることに興奮のままに、高揚のままにきたが、ルルの話を聞いて落ち着きを取り戻した。アーズの機嫌をさらに損ねると面倒だ。だが、アーズにとって赤い瘴気の土地の完成が見えたのは朗報だろう。


「アーズ、前にも聞いたな。赤い瘴気の地、大いなる光。お前はそれをどうするつもりだ?」


「一人にしろ」


 アーズの言葉はどんよりと重い。


「赤い瘴気の土地ができつつある」


 アーズが顔を上げる。大きな瞳が薄い光にきらりと光る。ダンを睨んでいる。


「ふん。すぐにそれを言え、ダン」


 アーズはよろりと立ち上がった。声色には明るさを感じる。


「行くぞ、ダン」


 とアーズがダンのそばを通り過ぎる。アーズのその口角が上がっているように見えた。が、いまだ暗さの残る部屋に、ダンはその表情が明確に確認できなかった。少女のような、邪悪な、どんな笑みを、どんな表情を浮かべていたのか。すでに扉を開いたアーズの背中を見て、ダンにはもう確認の仕様がなかった。

 外に出ると、雨はすっかり上がっていた。空も随分と白んでおり、鳥の鳴き声がどこからか聞こえた。


「アーズ、首に何か刺さっているぞ」 


「忌々しいエルフ族め」


 とアーズは首に刺さった簪を抜き取った。

 ダンは何かモヤモヤとアーズを見ては、改めて思った。アーズは本当にモンスターなのだと。自分とは遥かに違う、老いのない、死のない、モンスター。人に大いなる恨みを持ち、平然と人を殺すモンスター。そんなモンスターが、奇跡を起こす大いなる光を使って何を望む。ダンはふとリーフ市の方を見た。一抹の不安が募る。街の崩壊か、人の死か。ダンはそこでようやく、近々の自己矛盾に気づく。赤い瘴気の土地を作るのに何人もの勇者が死んだことを思い出した。いや、と小さな言葉の違和感に自ら訂正する。赤い瘴気の土地のために、俺が彼らを「殺した」んだ、と。その死にやはりダンは感慨を持てなかった。果たしてリーフ市の人々が死んだところで、俺は何か思うことはあるか?自身の老いと、結局は身近なものの死と、そこにしか何らかの思いを持つことができないだろう。いや、とどの果て、俺は自身の老い以外に興味を持てるか?他者の命に。ならなぜアーズがこれから街を、人を殺すかもしれないということに嫌な感情を抱く。まだアーズの方が人に、キリオスに執着している。キリオスがいないことに「寂しさ」を感じているようだ。その執着は、その寂しさは、なんだ。それをつまり愛と考えるのか。

 「愛」か、とダンはそこまで行き着くと、ようやくつきものが取れたようにストンと肩の強張りが落ちた。腹の底から笑いが込み上げるのを感じた。


「何を笑っておる、ダン」


「いや、な。アーズ」


 とダンはさらに笑った。

 つまり、愛の「ある」「なし」の話だ。アーズがモンスターだとか、人の気持ちが残っているだとか、老いのあるなしも不死であることもまた関係がない。笑いがさらに込み上がってくる。これは自身への嘲笑だ。一時の感慨から老いを感じた自身への自己肯定に必死になり、アーズもまた自分と同じであって欲しいと気色の悪い同調を欲し、しかしそれが叶わないと思えばその不安を解消するためにモンスターだの人だの、老いだの不死だのなんだのといろんなレッテルをつけて、自己欺瞞の虚構を作り上げていただけだ。愛のあるなし、そうだ、俺が生まれてこの方はなから興味が持てず、理解できなかった他者に対する「愛」のあるなしの話なんだ。それを俺があの手この手で否定したかったってだけのことだ。


「なんだ、本当に気持ち悪いぞダン」


「いや、いいんだ。さあ、行こう」


 ダンはあゆみを早めた。赤い瘴気の地へ向かって。そこにアーズへの複雑な気持ちはなくなっていた。そこに自身への複雑な気持ちはなくなっていた。「大いなる光」をアーズが何に使うのか、その解への不安はなくなり、ただその解への興味のみが残った。それはやっとダンらしくなったと言うべきであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ