アーズ渦中 レイの戦い
レイはなんとか単独で第二世代のガルイーガを倒した。運もあった。雨で足場が緩みガルイーガの突進が普段より弱かった。刹那の間に冷静に分析しながらも、召喚士の女ルルが気になった。明らかにこちらの様子を伺っている。レイの放った二本の棒手裏剣と一本の矢には、ある模様が施されていた。それはエルフに伝わる古い術式である。棒手裏剣はレイが回収したが、矢はルルに回収された。
後ろの森でペンダグルスが現れた。生徒たちが危ない。
「くそ」
レイはルルに背を向け、ペンダグルスへと矛先を変えた。
レイの矢がペンダグルスの頭を撃ち抜くと、ペンダグルスは倒れた。
ロゼは立っているのがやっとだった。男が倒れていた。ヨークだった。ロゼがやったに違いない。アルテが茂みから出てくるとシュナに直接ヒールをかける。森からカリュとカイが走ってくる。トーリの姿はないが、どこかで透明化して潜んでいるのだろう。レイはルルの方を振り返る。霧が深い。すでにルルの姿はなかった。安堵のもとにレイは視線を切り、とりあえず危機は乗り切ったとレイは
「よくやった、お前たち」
と生徒たちを、カリュを見て言った。
雨は小降りになっていた。
大きな危機を乗り越えたという束の間の安堵が彼らにあった。歴戦の勇者のレイですらそうであった。それほどまでに難局であったし、レイには生徒たちの戦闘をほぼ彼らの裁量に預けてしまった自責と、そして彼らがその危機をなんとか凌いでくれたという喜びもあった。一刻も早くその場を離れる必要があったにもかかわらず。
ぞわりとレイの背中が総毛立った。はっと振り返る。
レイの視界に赤い瘴気を発する兵士の一団があった。レイが怖れたのは彼らではない。その中にいる小柄な女であった。
「逃げろ!」
レイは叫んだ。叫びながらにすぐさま棒手裏剣を自身の左肩に突き刺し
『マボリタテマツラン』
と唱えた。
赤い瘴気はレイを超え、辺りを支配する。戦闘の疲弊、そして一つの死線を越えた安堵のなか現れたさらに大きな脅威。レイの背後にいるのは、戦闘経験の浅い若いものばかりだった。この瞬間、彼らは絶望に落ちた。アーズの魔法がかかる条件は整っていた。
カリュの、ロゼの首ががくりと落ちた。二人の体より赤い瘴気が生じる。シュナにヒールをかけ続けていたアルテも、ついには首をがくりと落とした。そしてやはり赤い瘴気がアルテより生じる。カイは息荒くもなんとか正気を保っていた。
「カイ、自身にヒールをかけ続けろ!」
レイは、肩から血を流しながら叫んだ。
「自分に結界を張るとは、器用だねえ」
小柄な女が歩いてくる。アーズだった。
レイは、残酷にも次の指示をカイに出した。
「カイ、シュナにヒールをかけろ」
レイの指示に、カイはすぐさま意図を理解した。覚悟を決めたように頷き、自分自身へかけていたヒールをシュナにかける。
赤い瘴気を放った兵士が襲いくる。レイは右手に短剣を持ち、片腕ながらなんとか応戦する。
「カ、、、カイ?」
シュナが気づいた。
「シュナ、逃げろ。助けを呼びにいくんだ」とカイは言った。
シュナに一瞬の躊躇があった。
「早く行け!」
レイは語気強く言った。シュナは目に涙をためながらも、立ち上がると背中を向けて走った。その背中が小さくなる。賢い子だ、すぐに状況を理解したのだろう、とレイは思った。
その間にも兵士たちは襲いくる。
シュナにヒールをかけたカイは、赤い瘴気に包まれそしてついにはその体から赤い瘴気を放つようになった。
「すまない、カイ」
他にヒールをかけながら自身にヒールをかけることは不可能に近い。シュナにヒールをかけた時点で、カイは操られることを覚悟していたようであった。
シュナが助けを呼びに行き、応援を待つ。そんな時間が稼げるとは思っていなかった。一縷ののぞみがあるならば。棒手裏剣の刺さった左肩からはどくどくと血が流れている。右手一本で戦っていたが、ついに右手が上がらなくなる。兵士たちは、レイに致命傷を与えることはなかった。ただ消耗させるためだけに戦っていた。アーズがゆっくりと歩いてくる。小雨はさらに小さくなっていた。レイはついに膝をついた。アーズが近づいてくる。瞬間、レイは髪をとめていた簪を抜くとアーズに投げた。簪はアーズの胸に突き刺さる。アーズが立ち止まる。しかし倒れはせず、簪を容易に抜き取った。そして
「ふん、こんなもので死ねたら苦労はしまい」
と不敵に笑った。
赤い瘴気がレイに集中する。しかしレイは操られることはなく
「解けないよ、この結界は。お前の魔法でもな」
とレイはアーズを睨んだ。
ふん、とアーズは踵を返すと兵士の一人に「殺せ」と言った。
兵士の剣が振り上がった。
雨粒が頬を流れた。




