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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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ポック、機嫌を損ねる。

 誰もいない寮の部屋に、日が射している。

 ポックがいなくてほっとしたような、どうせなら早く会ってすっきりしたいような。もやもやとした気持ちで部屋のなかをうろうろするが答えがでない。落ちる西日に不安が増す。デメガマにドロリ蜜をもっていかなければならない。ドロリ蜜の入った瓶をポケットにいれ、部屋を出る。食堂で生徒に食事を振る舞うププ婆を横目に、さっと寮を出て、足早に学校へと向かう。学校はまだ開いており、ちらほらと生徒とすれ違う。校舎を抜け、中庭へ。花壇、木の周りに並んだベンチ、小さな池。そのどれもが静かで、昼間の生徒たちの喧噪が嘘のようである。中庭をさらに奥へ進むと、もうそこは森だ。道を思い出しながら、進んでいく。学習エリアは、一般公開されていない。危険だからだ。デメガマがいる洞穴は、学習エリアのなかでも奥の方にある。

 植物学で来た、見覚えのある場所を過ぎる。闇が森を覆う。魔力ライトをつける。勇者一行必須アイテム、少ない魔力を源にした小型ライト。これでこける心配は減ったが、それでも暗い。木々の間から時折除く月が、恐怖を緩和してくれる。

 小川が見えた。ここを過ぎれば、もうすぐ洞穴である。慎重に小川を渡る。そのとき、洞穴の方で、微かに音がした。ただの葉擦れかもしれない。デメガマがでてきたのかも。いや、しかしここは学習エリアの奥。さらに進めば、完全立ち入り禁止の危険エリアだ。モンスターではなくとも、危険な生き物がいるかもしれない。剣を持ってこればよかった。ポックのことが頭にちらついて、忘れてきた。とにかく慎重に、音を消しながら小川を超える。ライトをより下に伏せ、最低限こけない程度の足下だけを照らし、洞穴のほうへと向かう。木の陰までやってくると、洞穴辺りの様子を伺う。暗くてわからないが、多分誰もいない。さっと洞穴の前へいき、


「おーい、デメガマ」


 と小声で呼ぶ。

 木々がざわついた。風が体を抜けていく。寒いな。早く出てこいよあのがま口。


「おい、デメガマ!」

 

 とさっきより大きな声で、苛立を隠さずに言った。ライトで洞穴を照らす。大きな口と焦点のあっていない大きな眼をした珍妙な生き物がでてきた。両手をぷらんとさせ、二頭身のその大きな頭を少し傾けている。なんかだるそうに見えるな。こっちはせっかくもってきてやっているというのに。


「ほら、食え」


 とドロリ蜜の瓶の蓋を開け、渡す。が、デメガマは俺の方をきょとんと見ている、気がする。なぜ食わない?デメガマの舌にライトを照らす。なんかべったり付いている。ドロリ蜜だ。

 そうか、もうポックがきてあげたのか。


「もう食べたのか?」


 俺の問いに、デメガマは大きく頷いた。


「はあ」


 無駄足だったか。ため息をついたそのとき、足下でざくりとなにかが刺さった。矢だ。後ろを振りかえり、ライトを照らす。少年、じっさいは少女なんだが、が木陰から現れた。


「カイ、ニエの香してこなかったろ」


 ポックは早口で言った。


「お、おお、ポック」


 地面をよく見ると、矢の先に平たい体に無数の足の生えた生き物が刺さっている。体を波打たせもがいているが、矢からは抜け出せない。


「大百足だ。毒性も強い。刺されたらお前でも、いや、お前なら大丈夫かも」


 とポックのことばはなんだかはっきりしない。

 しかし、毒の怖さは前日しったばかりである。体調不良とは縁のなかったヒール体質の俺が、寝込むほどであった。親父とお袋も驚くだろう。


「いや、ありがたい。毒の怖さはこの間しったばかりだからな」


 言っといて、はっとする。俺は馬鹿か。


「い、いや、そういうわけじゃねえぞ。誤解するなよ」


「明日からはニエの香をつけていけよ」


「まて、ポック。違う、俺がいいたかったのは、その先にあるんだ!」


 ポックは俺のことばを待たず、森の闇へと帰っていった。

 しまった。

 俺は勇者じゃないんだ。


ーーーーーー

 

 廊下の窓から、爽やかな朝日が差している。すれ違う生徒たちの爽やかな話し声。俺の気持ちとは正反対だ。


「昨日はさぼったのか」


 聞き慣れた朴訥とした声が俺の歩を止めた。昨晩は、あれから部屋に戻ってもポックはいないし、気分が乗らず、素振りをさぼったのである。

 俺は肩を落とし、振り返る。


「おお、ロロ!」


 リュウドウのとなりに、頭一つ小さいロロがいた。思わずテンションが上がる。


「ごめんね、迷惑かけてるみたいで」


「体は大丈夫か?」


「うん、おかげさまで」


「リュウドウと同じクラスか。面識あったか?」


「さっき、リュウドウくんが体は治ったのかって声をかけてくれて。カイくんとポックくんと、もう一人ずいぶん大きな子が病院にきてたよってお医者さんが言ってたから、リュウドウくんだったんだね」


「そういえば、クルテたちとは大丈夫か?」


 リュウドウに剣技演習で破れてからというもの、見る限りおとなしくなったクルテだが、ロロが帰って来たとなるとどうなるだろう。


「よくわからん」


 とリュウドウが答えた。まあこいつには何もしてこないだろう。

 予鈴が鳴った。


「またな」


「カイ、ポックはどうなんだ」


 とリュウドウは俺を見た。

 俺は、リュウドウの顔をまじまじと見る。こいつ、意外とそういう人を心配する心みたなのを持っているんだな。


「まあ、なんとかなるだろう」


 空元気で答え、俺は教室に向かった。

 一限目は植物学。大きな瞳が子どものように輝く、残念美人のケイ先生が担当である。今日の植物学は前回と違い完全座学であった。そういえばこの先生は、ポックになにか知られている感じがあったな。ちなみにポックは授業に出ていない。

 色々と考えてしまってか、あまり授業の内容が頭に入ってこない。色々考えたといっても、堂々巡りを繰り返すだけで、何かいいアイデアが生まれたわけではない。長いようであっというまに、植物学の終わりをつげるチャイムが鳴った。後でシュナにノートを見せてもらおう。


「あの、ケイ先生」


 ケイ先生は、いつものつなぎ服を着ている。昼前にも関わらず髪の毛がピンと跳ねている。


「はーい、どうしたのカイくん」


「ポックについて、しっていることは」


 ポックという名前を聞いて、一歩後退するケイ先生。


「な、なにも知らないわよ、ほほほ、むしろ、知られているというか、ほほほ」


 と逃げるように教室を出ていった。

 入れ替わりで、爽やかな笑顔を浮かべたトーリ先生が入ってきた。

 モンスター学のノートと教科書を出す。

 長い午前である。


「、、、、そして、『ガルイーガー』は最も数が多いとされているモンスターである。写真にもある通り。黒い巨大な犬のような見た目である。まあサイズ的には牛に近いな。モンスターの特徴通り、もれなく赤い気を発し、目は充血している。牙が鋭く、パワーはあるが、横の動きに弱い。突進さえ気をつければ、1対1なら慣れた勇者なら大丈夫だろう。その発見は実はおよそ450年前と、太古の昔からいたというわけではない。そもそもモンスターの発生がこの500年内だと考えられており、それ以前にはいなかったと、おっと、もうこんな時間か」


 チャイムがなると、トーリ先生は話を止めた。

 モンスター学の範囲が広すぎる。テストが心配だ。

 昼休みが始まった。ロゼがポックについて聞いてきたが、なんとかぼかした。あまり話せる内容がない。


「大丈夫か、カイ」


 とリュウドウが現れた。ロロも一緒だ。購買のパンを持っている。ここのパンはとにかくでかい。し、安い。具沢山で、大量に作ってあるので売り切れの心配も少ない。午後の実技を考えれば、ある程度食べておきたい。が、食欲があまり沸かない。


「ああ、まあ」


「ポックくんどうしたの?」


「いや、まあちょっと休んでるだけさ」


 ロロにはぼかしておかないと。


「デメガマのドロ蜜は、僕がいくよ」


「いや、まだ退院明けだし、俺が行くよ」


「でも」


「いいんだ、今日は俺がいくよ。パン買ってくる」


 と俺は教室を出た。

 昼からの魔法演習は、前回と同じ基礎魔法力を上げるトレーニングに費やされた。アルテとともに延々ランと回復を繰り返す。

 心身ともに疲れた状態で、放課後である。デメガマに餌をやりにいかなければいけない。ぼーっと時間が進むのを部屋で待つ。ポックは帰ってこない。少し眠る。しかし、だるさはとれない。 西日が沈みかけている。

 重い腰を上げ、部屋をでると、リュウドウとロロがいた。


「なんだ、お前ら」


「デメガマは、僕が連れて来たし、やっぱり僕がいかないと」


「俺は、暇つぶしだ」


 二人の顔を見て、少しほっとしたのは事実である。なんやかんやで一人よりは気が楽だ。


「行くか!」


 ニエの香を体に振りかけ、三人でこそこそと寮を出た。

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