アーズ 渦中 レイ、思い切った決断をする
レイとポック、アルテとユキは、静かに、しかし足早に森を抜けた。レイが気を失っているサントラを抱えながら、ポックがくたびれた様子のトーリを引きずりながら。ようやくCポイント、カズとアルテ、チョウがいる場所が見えた。
「レイさん」
カズの言葉には珍しく緊張感が漂っていた。それほどレイ一行に緊迫した空気があった。
「カズ、サントラを頼む」
レイは、背負っていたサントラをカズに預けた。
「指名手配犯のトーリ大先生、だよっと」
とポックがトーリの腕を引っ張り上げ、前に放り投げた。
「先生、お久しぶりですね」
とアルトは呑気に言った。
「やあ、アルトくん」
とトーリが先生モードで答えた。
「アルト、そんな優しくする必要ないネ。どのツラ下げて私たちの前に現れたネ!あんたのせいで学校めちゃくちゃ、ロロも悲しんでたネ!」
とチョウが特殊武器ののんちゃんでトーリの頬を突く。
「ひ、、これはチョウさん。お元気なようで」
とトーリはチョウを苛立たせるように言葉遣い丁寧に言った。
レイがカズに手早く状況を説明する。
「サントラを抱えたトーリが我々のいたB地点までやってきた。敵兵士数名とガルイーガが襲ってきたがなんとか撒いた。だがすぐに追手がくるだろう。カリュたちも危ないかもしれない。今から私はカリュたちのいるA地点へ向かう。カズ、お前たちはサントラとトーリを連れてトンド市まで戻ってくれ。ポックがしんがりを務めろ。追手がくるはずだ。背後を警戒しろ。私もカリュたちと合流次第トンドへ戻る」
「こいつは、敵なんで?」
とカズがトーリを顎で指した。
「わからん。が、サントラを助け出してくれたのは事実だ。何か情報を握っているようだ。逃げ出せるような気力も残っていまいが、警戒しながらトンドの勇者組合に届けてくれ」
「了解」
カズが言うと、レイはカリュたちのいるA地点へ向かうべく森の方を向く。
「大丈夫?サンちゃん」
アルテの声に、レイは立ち止まった。
「う、、、う」
サントラが頭を抑えながら目を覚まし、なんとか言葉を紡ぐ。
「レ、レイさん」
「サントラ、大丈夫だ、よくやった」
レイは、優しい眼差しでサントラを見た。
サントラは、頭を抑えながらも
「アーズが、村にいます。潜入していたもう一人の勇者の方が捕まりました。そ、それと、彼らは、捕まえた勇者の魔力を使って、赤い瘴気の地を作っています」
とはあはあと息は荒くも、サントラはしっかりと言葉を発した。
アーズが村にいる。潜入していたもう一人の勇者が捕まった。赤い瘴気の地を作っている。三つの情報から、レイは即座に考えを巡らす。アーズが村にいるということは最悪のケースとして想像していた。捕まった勇者が合流場所のA地点について敵側に漏らしている可能性は高い。アーズはただでさえ人を操ることができるからだ。やはりすぐさまA地点へ。
「ありがとうサントラ。細かい情報はカズに」
とレイが走り出そうとしたその時、足元が重い。トーリがレイの足を持っている。
「トーリ、ふざけるな!」
「レイ、俺も連れて行け」
「お前に何ができる!」
「アーズと対峙するかもしれないんだろう。あいつに隙を作ることはできる」
トーリの言葉遣いは荒く、先生モードはとうに消え失せ、にこりとも笑わずその目は鋭い。
「何言ってんだこいつ。逃げるつもりじゃねえだろうな!」
ポックがトーリの頭をポカリと叩いた。
「やめなさい、ポックくん」
とトーリの急な先生モードに、「二重人格かこいつ」とポックはやや怖気付く。
レイは、ここにきて冷静に考える。サントラの情報から、アーズが村にいるのは確実だ。人型モンスターの魔力は凄まじく、そして不死である。もし対峙したら勝ち目はない。トーリのその目を、言葉を、信じるか。嘘を言っているとは思えない。トーリもまた、アーズに恨みがあるのは見て取れる。何かアーズの弱みを握っているのか。その握っている弱みを吐かせるほどの時間もなく、トーリが自ら吐くだろうとも思えない。アーズの魔法に対抗するにはヒールが必要だ。向こうにはカイがいる。だが、カイが戦闘不能になる可能性も考えられる。誰かが操られた時、ヒーラーはもう一人いたほうがいい。ここでカズも連れていくか?いや、生徒だけにするのはまずい。トンドへ戻るまでに襲われないとも言えない。何より情報を持っているサントラを襲ってくるはずだ。カズを連れていくと全てが全滅になるかもしれない。
「いいだろう、トーリ、ついてこい。ただし条件がある」
「マジか、レイ先生!」
驚くポックを尻目に、トーリはニタニタと笑いながら言う。
「さすがレイ先生、いい判断だ。で、条件とは?」
「お前の透明になるマント、それを貸せ」
「お安い御用で。自己保身ですかな?」
と嫌味ったらしく言うと、トーリは透明マントをレイに渡した。
レイは、受け取った透明マントをアルテに渡す。
「何、これ?」
とアルテはキョトンと言った。
「アルテ、ついてこい」
「へ?まじ?」
「マジだ」
「ええええええええ、なんで私いいい?!」
アルテは年に一度あるかないかのテンションで答えた。レイはアルテに説明する。
「今からA地点へ向かう。お前の仲間の危機だ。そのマントで身を隠しながら、私とトーリから7メートル距離をとりながらついてこい。何かあれば、お前がヒールで助けろ。それまでは身を隠し続けろ。どうしようもない状況だと判断したならば、その場を離れトンドへ応援を呼びに行け」
「俺は!?俺も連れて行け!」
「ポック、お前はカズたちのしんがりを務めろ。必ず追手がくる。背後の警戒はお前がするんだ」
「私はネ!?」
「ユ、ユキもです!」
「僕も、副室長としてカイたちの危機に馳せ参じたい思いがあります」
「皆の気持ちは嬉しいが、アーズの魔法に対抗するにはヒーラーが必要だ。時間がない、各々役割を持って頼む。行くぞ、アルテ、トーリ」
レイが先に走り出す。
「7メートルって、レイ先生細か」
アルテは諦めたようにマントを被った。
「使い方は向かいながら説明しますね、アルテさん。あ、あと道中ヒールしてもらっても?」
とにっこりとトーリは笑った。
「へいへい」
とアルテは答えながら、やはり走り出した。




