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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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アーズ渦中 ダンとアーズ

 薄暗い部屋だった。


「アーズ」


 とダンは部屋の隅にいるアーズに声をかけた。アーズのそばには棺があり、大事そうに手を添えている。


「また説教か、ダン。ガルイーガに人を食わせるのはやめたぞ」


 やや物憂げに、アーズは答えた。


「いや、な」


 とダンは言葉を止め、目ぶかに被ったハットの影からアーズを見た。

 窓から漏れる月明かりが薄く伸び、アーズを照らしている。人型モンスター。数多の人を魅了し、慈悲なく操り、殺め、支配してきた。その行いに対する善悪をダンは持ち合わせていないはずであった。むしろ自身も自身の知的欲求のためにその片棒を担いできた。だが、歳を取り、衰えを感じ死が近いことを悟り思うこともある。俺はアーズとは違うんだなと。原種のモンスターに老いはない。いや、明確にないかははっきりとしていないが、それは普通の生き物と比べた時遥かに老いが遠いのかもしれない。だが、原種のモンスターにも死はある。それは南で放った海ねっぽう然り、勇者学校の北にある森で放ったマラキマノー然り。ただし、同じ原種でも人型モンスターには死がないと言われている。アーズ曰く、それは呪いだという。大穴に封印される前の、憎しみや苦しみを利用した呪い。なぜ当時の人はアーズたちに不死の呪いをかけたのか。死んでも償いきれない罪にか、それとも当時の信仰から、邪悪な魂を封印するために死を取り去ったのか。その理由は定かではないが、人型モンスターは死ねない呪いをかけられ、そしてあの大穴に封印されたという。そして数百年の封印の後、いわゆる魔王によって解放された。老いがなく、死がない。ダンは、若かりし頃の自分を思った。俺もモンスターのようなものだった。なんでもできて、死ぬはずがないと思い、誰よりも優れているし、老いを考えたことがなかった。老いも死も感じることのないアーズは、若かりしころの自分に近く、今の俺とは違うんだとダンは思っていた。特にキリオスが死んでから、ダンの言葉がアーズに届かなくなることが多くなった。ついにダンがアーズに対して恐れを抱いた。だから一度アーズから離れようと思った。だが、戻ってきた。歳による情か。アーズを本当のモンスターにしたくないのか、ただその成り行きを見届けたいのか。ダン自身わからなかった。だが、戻ってきて、アーズを見ていて思った。アーズの憂いを。悲しみを。自身が出ていき、戻ってきたことに対する言動、表情、機微。それは、人のように感じた。


「なんだ、聞きたいことというのは」


 アーズがなかなか話出さないダンに尋ねた。


「捕まえたヒーラーから奴らの集合地点を聞きだしている。なにか吐きそうではある」


「そう。分かり次第兵を。ヤシャとミューリを向かわせて」


 ヤシャとミューリは、南の国ハマナスで拾った子供である。アーズとダンが到着した時からすでにハマナスは荒れており、その時の孤児で才覚あるものを拾い連れてきた。今や20近くの歳になっている。アーズには人の魔法を強化、時に暴走させる力があった。ヤシャはアーズの魔法により黒炎を操る。相性がよかったのか、もしくはヤシャのずば抜けた魔法コントロールのおかげか、暴発することなくアーズの魔法をうまく取り込んでいた。ミューリもまた南の孤児で、武器に振動を付与できる。女だが体格が良い。二人ともアーズに忠実であった。


「二人だけで大丈夫か」


 ダンが尋ねた。向こうで待っているのは勇者である。ヤシャとミューリも腕は立つが、まだあどけなさが残る。


「ヨークも連れて行くとよい。ルルは残せ」


 ヨークは南の国プリランテの兵士であった。国を裏切りこちらの仲間になった。腕が立つし、何より統率力と冷静な判断力がある。ルルはダンと同じ一族の召喚士である。異端とされていた天才児で、一族を抜けダンに付き従っている。


「わかった。分かり次第すぐに行けるよう手配しよう」


 言いながらに、ダンは部屋を出なかった。聞きたいことがあった。言い淀んでいる。何を言い淀む。アーズが怖い?違うな。アーズを知るのが怖いのか。知らない、理解できないことに恐怖を抱いたことはあったが、知ることに怖さを抱くのは初めてかもしれない。対象が人だからか。まあアーズはモンスターなんだが。思えば自分も、人と深く関わることがない人生だった。興味を持たず、接点を持たず生きてきた。その点ではやはり俺もモンスターだったんだろう。深く人に踏み込む。これは未知だな。心の中で自嘲しながら、なんだか気恥ずかしくもなった。


「なんだ、ダン。お前らしくない」


 と最近のアーズにしては珍しいくらい素っ頓狂というか、ぽかんとなってダンに尋ねた。それほどダンの何かもどかしいような静止がダンらしくなかったのだろう。


「アーズ。赤い瘴気の地を作り、何をする気だ?」


 ダンは、流れのままに尋ねた。考えるのがもどかしくもじもじするのが面倒になったのだ。

 赤い瘴気の地。ある特殊な土地は、魔力を蓄積することができる。その土地の周辺には、なぜかオータムグラスが植生している。そしてその土地に膨大な魔力を蓄積させると、その土地からは赤い瘴気が発せられる。何十人の勇者を捕え、割り出したその特殊な土地に魔力を注がせる。理論上これで赤い瘴気の土地が完成する。赤い瘴気の土地は、魔力の源となる。それを利用し大魔法を使うことができうる。都の支配のために大きな魔法を使おうとしている、と漠然と思っていたが、いまだに明確にアーズから何をしようとしているのかを聞いてはいない。

 アーズは黙っている。棺に手を触れている。

 棺の中には、キリオスがいた。死体となったキリオスが。アーズの魔法により腐敗を防いでいる。キリオス。ダンにとっても大きな存在であった。人らしく、しかし人を越えた力を持った男。豪快で人間臭い。キリオスの死が、アーズを変えた。そしてこの俺をも。ダンは回顧を止めるために小さく首を振る。


「勇者学校を攻めたな。あれも、流星群が狙いか?本当は、学校の裏奥深くにあると言われている赤い瘴気の森が狙いだったんじゃないのか?」


 ダンは、最初は興味がなかった。学校を攻めることにも、アーズが何をしたいのかも。ただ漠然と都を攻めたいのだろう、もしくは流星群と呼ばれる世代の子供たちが魔王を倒すという予言を知り、魔王のために流星群を消そうとしたのかと、そんなことを思っていた。今思うとそうではないように思える。ここにきてようやくアーズに興味を持ったダンは、今までのアーズの行動を分析した。何も答えないアーズに、ダンは思った。こいつはもう、モンスターじゃない。都市の侵略?人の支配?一時の感情からそう思ったことはあったかもしれない。だが、今のアーズを見ているとそんなことをするだろうかと疑問が湧いた。赤い瘴気の地だ。勇者学校を攻めたのもそれが狙いだろう。学校の裏手の森深くには赤い瘴気の森があると言われている。だから攻めたに違いない。しかし叶わず、自ら赤い瘴気の土地を作り出そうとしている。魔力を蓄積し、何をしようとしている?ダンが言う。


「大いなる光について調べさせたな」


 アーズがダンに大いなる光について調べさせていたのである。11年前にあった世界を包んだ大いなる光、そして勇者学校の森で起きた、小さくはあるが似たような光が発せられたとあった。


「あの光を作り出すには膨大な魔力と、そしてもう一つ条件があると言ったな。まさか、アーズ」


 ダンが言葉をつづけようとしたその時、月明かりよりも大きな光が窓辺から差し込んだ。それは一瞬に、儚く、しかしとてつもなく美しく。その光はまさに、あの大いなる光と同種のものであった。

 アーズははっと立ち上がった。


「調べるぞ、ダン」


 と二人は部屋を出た。


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